2019年 10月 15日 ( 1 )

「現役」に迫る保険料30% 都合よい財布やめよ

清濁併せ呑(の)むタイプという人物評を聞くことが少なくなったように思う。
下村健(たけし)。通称シモケン。2006年に75歳で亡くなったこの昭和の厚生官僚は、みごとに清濁を併せ呑んだ。
1956年(昭和31年)に入省し、社会保険庁長官を最後に89年(平成元年)に退官した。健康保険組合連合会の副会長に天下ると、国民医療費を差配する中央社会保険医療協議会の支払い側委員として辣腕をふるった。
ところが、である。歯医者に有利な診療報酬が必要だという趣旨を中医協の席で述べる見返りに、日本歯科医師会の別動隊ともいえる日本歯科医師連盟から賄賂をもらったかどで、贈賄側などとともに東京地検に逮捕されたのが04年4月。本人は罪を認め、同年暮れ東京地裁で懲役2年6月、執行猶予5年、追徴金629万円の判決が確定した。
健康保険料を月々払っている国民と経済界、さらには患者の側を代表する立場なのに診療報酬をもらう側を利すべく動いた。「濁」の真骨頂であろう。この日歯連事件は、のちに中医協の役割を制限する法改正につながった。
「清」はどんなところに表れたのか。医療政策通のあいだに定着しているのは、99年に健保連が展開した老健拠出金の不払い運動はシモケンが旗をふったからこそ成就したという評価である。
企業の健保組合が高齢者の医療費として拠出する額が集めた保険料の4割を超え、全体の8割強の企業健保が赤字に陥っていた。異常事態に業を煮やした健保連は、全国の企業健保に拠出金を延滞するよう働きかける。共鳴して運動に参加した企業健保は全体の97%におよび、日経連と連合がこれを支持した。

高齢者の医療費が足りなければ現役世代に出させればいい――。政府にとって都合のよい財布とみられることがあった企業健保の反乱は、08年に導入された後期高齢者医療制度をはじめとする一連の医療改革につながった。
同年6月の参院決算委員会で福田康夫首相が答弁している。「これ(延納)は大変だということで(中略)翌年、老健制度は変えると参院委員会で決議した。何としても変えなきゃいけないということになった」。見ようによっては、これも「濁」の一面が出たといえるかもしれない。
それから11年がすぎた。いびつな老健制度を正したはずの後期医療制度だが、高齢者医療に充てるべき税財源が慢性的に不足する状況は、かえって深刻になった。そのツケを回された企業健保は、またもや政府に都合のよい財布と化している。
およそ1400の企業健保が18年度に高齢者医療に拠出した総額は、3兆4500億円。義務的経費の46%を占める巨費だ。個別にみると、この割合が50%以上の企業健保は397を数える。
戦後ベビーブーム期に生まれた団塊世代の1期生が後期高齢者になる22年度を境に、拠出額は急速に増大する。同年度は加入者と家族の医療費に充てる分が4兆円、拠出金総額は3兆9300億円と、ほとんど差がなくなるというのが健保連の見立てだ。
このとき、厚生年金と介護保険を含めた社会保障3本柱の平均保険料率は、労使合わせて30%を突破する。現役世代と経済界にとっては明らかに負担の限界である。
ただでさえ現役世代は狙われやすい。小泉進次郎環境相がかつて提唱したこども保険は、財源を現役世代と経済界に出させる構想だった。今回の消費増税分の一部を幼児保育・教育の無償化に充てるという首相裁断で、小泉構想は沙汰やみになったが、取る側からみれば社会保険料は今も魅力的な財源である。
それは、消費税と違って高齢者に負担がおよびにくいからだ。自民党のある1年生議員は地元の駅頭で辻立ちすると、消費税は金輪際上げてもらっては困るという高齢者の声をひしひしと感じる。官僚出身の彼は社会保障財源としての消費税の優位性を熟知しているが「10%より先の話など考えられない」という。
かたや社会保険料は健康保険にかぎらず引き上げがたやすい。04年に13%台だった厚生年金の保険料率を、厚労省は毎年律義に0.354%ずつ上げてきた。17年に18.3%に達したところで固定したが、年金の水準がこの先、政府公約を下回る事態になれば引き上げ論が再び俎上(そじょう)に載る可能性がある。
マクロ指標をみれば、平成年間はそれが積もり積もった時代だったことがわかる。国民所得に対する社会保険料の比率を示す社会保障負担率は10.2%から17.6%に上がり、租税負担率は27.7%から24.9%に縮んだ。

なすべきことは言い尽くされている。後期高齢者向け医療サービスへの規律を高めるために低年金者などに配慮しつつ窓口負担を原則20%に上げる▽花粉症薬など薬局でも売っている薬は患者負担を上げたり保険適用外にしたりする▽生活習慣病の薬は有効性・安全性の確保を前提に低コストの処方指針を取り入れる――などだ。
何より公費を充てるべき医療費には、現役世代の保険料や借金に頼らず裏付けある税財源をつぎ込む。都合のよい財布あつかいされていることに、経済界と労組団体はもっと声をあげてしかるべきだ。いくら言ってもわからなければ、時に「清」のシモケンに学ぶことも必要だ。

(日経新聞・大林尚)



この論説委員は先鋭的な医療費抑制論者ですが、15年前のあの事件を引っ張り出してきました。せっかく論説するならば、その後歯科がその後どんな経緯を経たかも述べてもらいたかったです。
by kura0412 | 2019-10-15 10:01 | 政治 | Comments(0)

コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412