元厚労省官僚が、生活習慣病対策で「総医療費が減る」は嘘

生活習慣病対策で「総医療費が減る」は嘘

健康寿命が伸びれば、平均寿命も伸びる
「予防をすれば国は医療費を抑制でき、民間には新しいビジネスチャンスが生まれ、個人は健康でいられる」――最近こんな言説が出回っています。
本当ならこんないい話はありません。予防で医療費は減らせるのか? データと医療政策の歴史に基づいて検証してみましょう。

「高齢化(高齢者の増加)」とは一人一人の「寿命の伸長」の結果です。高齢社会で医療介護費が増大するのは、寿命が伸びれば生涯医療介護費(正確には医療介護ニーズ)は増大するからです。要医療(入院)・要介護者の割合は加齢とともに加速度的に上昇し、85歳を過ぎれば半数の人が要医療・要介護になります。「高齢者の高齢化」が進めば高齢者の数以上に費用も増大していきます。平均寿命が男女共80歳を超える日本では、男性の25%、女性の50%が90歳を超えて生きます。寿命が伸びればこの比率はさらに高くなりますから、医療介護費は増大していくことになるのです。
日本人の平均寿命がこれほど伸長した要因は、経済成長による生活水準・衛生水準の向上、そして医療サービスの普及とイノベーションです。皆保険ですべての国民が医療を受けられるようになった。治せなかった病気が治せるようになった。諦めていた患者の命が長らえるようになった。医療にくわえて公衆衛生・栄養水準を充実させ、国民に適切なサービスを提供してきたからこそ、寿命が伸びて高齢社会が実現できた、という歴史の事実を忘れてはいけません。
先進国にふさわしい医療・介護サービスを行う限り、長寿化=医療介護ニーズの増大に応じて医療介護費は増大していきます。これはいい悪いの問題ではなく、事実として議論の前提におくべき話です。
「予防で医療費・介護費を減らそう」「健康寿命を伸ばして医療費を減らそう」という議論はこれまでも何度もありました。要するに「ニーズを減らして医療費を減らそう」という発想です。

しかし残念ながら、医療経済学の世界では「予防で医療費が減らせることはない」というのが共通の知見であり、常識です。「健康寿命が伸びれば医療にかかる人が減って医療費が減るはず」と思うかもしれませんが、健康寿命と平均寿命はパラレルに伸長しています。「健康寿命を伸ばす」とは「老化のスピードを遅らせる(今の80歳は昔の65歳)」ということなので、長期で見れば「健康寿命の伸長→生涯医療費の削減」というわけにはいきません。
たとえば禁煙対策。多くの医療経済・公衆衛生研究では、禁煙は短期的には医療費を下げますが、長期的には余命延長により生涯医療費を増加させることが確認されています。

生活習慣病対策も同じです。
「健康は個人の責任であり、個人の努力で医療費を減らすべき」という主張がありますが、これは、多くの生活習慣病には社会環境など多くの外的要因が複雑に関係している、という医学的知見を無視ないし軽視した暴論です。
実際、短期的には成功しても、長期的に医療費を減らすことに成功した予防医療の例は世界を見渡しても見当たりません。大半の予防医療は長期的にはむしろ医療費や介護費を増大させる可能性のほうが高く、予防医療に投入されるコストを考えればトータルの社会的費用は確実に増大します。

終末期医療をコストで語るな
特に看過できないのは、最近の終末期医療の議論です。「余命いくばくもない患者に無駄に医療が提供されている」「死ぬ前の数日で膨大な医療費を使った」などと個別事例を引き合いに出した議論があります。しかし、終末期の定義や、そこで提供されている緩和医療・ホスピスのような医療の意味を理解して議論しているのかかなり怪しいですし、そもそも「すべての死亡前1カ月」の医療費を総計しても医療費全体の3%にしかすぎません。
終末期医療の問題は生命観・倫理観に関わる難問です。医療費抑制というコストのために人の命を秤にかけるような議論をするのは危険です。この議論の行き着く先に何があるか、80年前のドイツで現実に起こった凄惨な歴史を想起してほしいと思います。
当たり前の話ですが、人間、最後は死にます。これだけ医療の進歩したこの国では、事故で即死でもしない限り死ぬ前には必ず一定の、それも決して短くない「要医療・要介護期間」があります。21世紀を前に私たちが介護保険を作った理由は、高齢社会の介護が「看取りの介護」から「生活を支える介護」「誰もが直面する介護」になったからです。ピンピンコロリは個人にとっては理想でしょうが、個別のエピソードと政策立案の基礎となるマクロの社会的事実は大いに異なるのです。

そもそも予防や健康寿命の伸長とは、一人一人のQOL向上のための施策です。文字通りプライスレスな価値を創造する取り組み、コストをかけてでも推進すべき施策なのであって、目先の医療費削減や健康サービスの産業化で議論するのは大きな心得違いです。
長寿社会の医療介護費対策には、発想の転換が必要です。
「抑制」「削減」は無理でも「最適化」することはできます。ニーズを抑えるのではなく供給サイドの改革をする、限られた人的・物的資源で医療介護ニーズの変化に対応していく「提供体制改革」です。

医療・介護提供体制の「選択と集中」を
働き方改革論議で、医師や看護師の過重労働が問題になっています。誤解を恐れずに言えば、今の日本の医療介護提供体制は「戦力の逐次投入」と「有限資源の薄まき」、そして「ミスマッチ」状態です。現場の医療・介護従事者があれだけ働いているのに、全体としては効率的なサービス提供が実現できていない。このままでは増大する医療介護ニーズを支えることは難しい。限りある人的・物的資源の効率的利用という観点から思い切った「選択と集中」が必要です。
具体的には、疾病構造・患者像の変化に合わせた病院機能分化の徹底。
急性期病院では資源の集中投入で早期治療・入院期間短縮を目指し、退院後は地域医療・在宅介護で支える。治療から生活支援へ、施設から在宅へ、医療から介護へ、病院・施設から地域・在宅へと医療介護全体の人的・物的資源を大きくシフトし、「地域完結-ネットワーク型」の提供体制を構築する。

人的資源の効率活用も欠かせません。専門職の機能分担を見直して、専門職は専門職にしかできないことに集中してもらう。というのも、労働人口が減る中で、患者の増加に比例して医師や看護師などの専門職の数を増やすことは不可能なのですから。
医療・介護提供体制改革に取り組むのはとても地味でしんどい作業です。政治家にとっても「不人気で有権者にウケない、地味すぎる政策」に違いありません。そんな中で、自称「改革者」たちが唱える「予防で医療費は減らせる」「取り組みが進まないのは既得権益やしがらみを持つ者が抵抗するから」という主張は、心地よく響くことでしょう。
しかし実際には予防で医療費抑制などはできず、真の改革の機会は失われ、総医療費はかえって増大します。十分な給付ができなくなり、「医療格差」が生まれ、制度への信頼・社会の統合が失われる……。過去の経験はその可能性を示唆しています。

政策とは客観的事実と大局を見て組み立てるものであり、制度を担う者が負っているのは「しがらみ」ではなく「責任」、それも「結果責任」です。その重みを理解しないものが無責任な言説を展開して、物事がうまくいったためしはないのです。
霞が関の政策担当者は結果に責任を負っています。ぜひ、専門集団としての矜持と自覚、そして使命感をもって事に当たってほしいと思います。

※本稿は個人的見解を示したものであり、外務省ともアゼルバイジャン大使館とも一切関係ありません。
香取照幸(かとり・てるゆき)
元・内閣官房内閣審議官・駐アゼルバイジャン共和国大使
1956年、東京都生まれ。東京大学卒。厚生労働省で政策統括官、年金局長、雇用均等・児童家庭局長を歴任。内閣官房内閣審議官として「社会保障・税一体改革」を取りまとめた

(香取照幸:PRESIDENT Online)



突っ込めるところが満載の内容ですが、これが局長級トップクラスの元厚労官僚の考え方です。
by kura0412 | 2019-05-21 17:14 | 医療政策全般 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412

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ミラーを片手に歯科医師の本音

回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。

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