『何かを削る』ではなく、公的な保障として『何を守るのか』と発想を転換すべきだ

皆保険守るための取捨 将来にツケ回さぬ
砂上の安心網 2030年への責任

病気やけがをしても実際の治療費の1~3割のお金を支払えば誰でも治療を受けられる。取材班も「当たり前」と思っていた国民皆保険制度は瀕死(ひんし)の状態に陥っている。
「3万円の高級スキンケアより効果あり!?」「最強の保湿剤が格安で手に入る」という情報がインターネットなどで流布している。「ヒルドイド」というアトピー性皮膚炎などの薬だが、ネットでは「医師に処方してもらえば300円程度で入手可能」と勧める。
最近の処方量を分析した健康保険組合連合会は「化粧品代わりに処方してもらうことが流行している可能性が高い」とみている。
湿布も大量に医療機関で処方されている。取材班が調べたところ、2014年度に53億枚以上が処方され、金額は約1300億円。原則1割負担で入手できる75歳以上への処方が半数を占めていた。
格安なのは健康保険から9~7割が支払われているから。「少し多めに処方してほしい」。薬局で買うより圧倒的に安いため、軽い気持ちでお願いした覚えはないだろうか。

そんな「当たり前」はもう通じない。
15年度に健康保険の対象となった医療費は年約42兆円。このうち患者の負担は1割強で済んでいるが、残りは主に働き手が負担する保険料と国や地方の税金で賄っている。年数千億~1兆円近く増え続けており、働き手の負担増や国などの税収増には限りがある。
1年間連載を続けた取材班は「国民皆保険は守るべきだ」という思いをさらに強くしている。「自分や家族が重い病気になる」と考えている人は少ない。予想外の事態を前に皆保険で救われた人を取材し、さらに記者本人や家族も安心して治療を受けられた経験があるからだ。
どうすればいいのか。厚生労働省は薬剤費の毎年改定で最大年2900億円の削減効果があると試算。それでも医療費の急増に対して薬剤費の価格を下げるだけでは焼け石に水だ。
診療報酬の配分を決める厚労省の審議会で公益委員を務めた慶応義塾大学の印南一路教授は「『何かを削る』ではなく、公的な保障として『何を守るのか』と発想を転換すべきだ」と説く。そして守るものとして生命と自由を挙げる。
印南教授らは現在の医療費から試算し、生命を守るため致命的な病気を治す「救命医療」は24.2兆円、自由を守るため重症化を防ぐなど「自立医療」は11.8兆円が必要とはじく。現状との差額の数兆円分については「湿布などを含め保険対象から外すことを議論すべきだ」とする。
これまでの「当たり前」はすでに将来世代への借金で支えられている。団塊の世代が80歳以上となる2030年でも皆保険を守るためには痛みを伴う選択肢しかない。将来にツケを回さないように国民皆保険の線引きを決めるのは今だ。

(日経新聞)
by kura0412 | 2017-12-05 12:00 | 医療政策全般

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