『介護を成長産業にする「混合介護」5つの疑問を解く』

介護を成長産業にする「混合介護」5つの疑問を解く

昨年末に本欄に「介護離職を減らすには介護サービス料金の自由化を」を寄稿したが、それ以降、これに関する公正取引委員会の報告書も出たこともあり「混合介護」という新しい用語が新聞等を賑わせている。これは旧くから規制改革の大きなテーマであった医療の「混合診療」の介護サービス版であり、政府の介護保険給付と自己負担による保険外サービスとを自由に組み合わせることである。

混合診療とは、例えば虫歯の治療の際に、歯科医から「保険だけにするか私費も使うか」と聞かれる場合がある。これは虫歯を抜いた後に、医療保険で提供される金属の被せ物の代わりに自然の歯と見分けのつかない良い材質を使えば、患者がその差額の費用を支払うことで選択肢が広がる仕組みである。
ただし、これは医療保険では例外的な扱いで、すべての費用を公的保険で賄うか、あるいはすべて自費かのいずれかしか認められない。これが混合診療禁止の原則である。

2000年に設立された介護保険では、もう少し柔軟な仕組みとなっており、例えば週3回認められたホームヘルパーを自費で週5回に増やしたり、自費で追加的なサービスを購入することができる。これをもって厚労省は「混合介護はすでに導入されている」としている。
しかし、同じ週3回のホームヘルパーの価格を、その質に応じて介護保険から支給される給付単価よりも高く設定することは容認されていない。介護保険の下では、利用者に対して「サービス量」の選択肢は認めるが、「サービスの質と価格」の選択肢については認めない統制価格の論理が残されているのである。
もっとも介護保険対象のサービスには、ホームヘルパー以外にも、個人の技量の差の大きなものがあり、例えばリハビリの指導はその典型例である。サービスの質に差が歴然とある以上、質の高いサービスを提供できる労働者にはそれに見合った報酬が必要であり、それが平均的な質を高めるインセンティブを促すことになる。そもそも、医療保険と異なり、介護保険は当初から企業の全面的な参入を認めてきたが、これは事業者間の多様な競争を通じて、介護サービスの量的拡大と同時に、質的向上を目的としたためである。
急速に進展する高齢化社会で、介護サービスが必要な後期高齢者は増える一方である。他方で、低成長の下で介護保険財政は厳しく、十分な数の介護労働者を確保するための介護報酬の大幅な引き上げは困難である。しかし、これを民間の視点で見れば、高齢者の増加で有望なシルバー市場が開けている。政府が基礎的な介護サービスを確実に保障するとともに、民間の創意工夫で多様な上乗せサービスが提供されれば、介護は成長産業となる可能性を秘めている。 

「混合介護」への疑問点
すでに「介護事業を飛躍的に伸ばす、公取委の画期的提言」で福祉ジャーナリストの浅川澄一氏が解説されたように、公正取引委員会が介護分野での競争を抑制する規制等についての研究会を行い、それに基づいた報告書を公表した。この研究会には筆者も参加したが、そこで鈴木亘・学習院大学教授と共同で、混合介護が実現した場合の問題点についても検討している。

第1に、介護サービス価格が自由化されれば、それが高止まりして低所得層は十分なサービスを購入できないのではないかという懸念である。また、多くの事業者が上乗せ料金を得られる高付加価値サービスに特化することで、利用者にとって本来の介護報酬で受けられるサービス供給が制限されるのではないかという疑問もある。
こうした疑問は、暗黙の内に「供給量が一定」という世界を前提としている。しかし、サービス価格を低い水準に統制することが、民間事業者の供給増を抑制し、利用者の長い待ち行列を引き起こす基本的な要因となる。市場経済の最大のメリットは、価格が上がることで供給が増えるメカニズムにある。介護サービス事業には参入規制はなく、小規模の事業者でも開業は容易である。多様な事業者間のすみ分けで、介護保険給付を前提とした通常の介護サービスを提供する事業者が不足するような状況は考え難い。
もっとも、過疎地や離島等で、十分な数の事業者がいない場合には、例外的に何らかの公的な介入が必要な場合もある。例えば、地域の介護サービス事業者に、売上高の一定比率を介護報酬だけで利用できるサービスの供給を義務付けることも考えられる。

第2に、介護保険の利用者の間でサービスの質に差が生じることは格差の拡大ではないかという批判がある。これは伝統的な低所得層を対象とした福祉の専門家の間で根強い考え方である。
しかし、高齢者層の所得格差は年齢層のうちでもっとも大きく、豊かな高齢者は、すでに市場価格で質の高い保険外サービスを利用可能である。混合介護のメリットを受けるのは中所得層であり、介護報酬との差額分だけを負担することで良質の介護サービスを購入できるようになる。また、混合介護の導入で介護サービス事業者の採算が改善すれば、より多くの事業者が参入し、競争が促進されることから、結果的に介護報酬のみでのサービスの利用者にとってもメリットとなる。

介護サービスの質を誰が判断するか
第3に、介護サービスの質を公的に定める基準を作ることは容易ではないという行政側の反対がある。また、現行制度でも、良質のサービスの事業所には行政が定めた改善加算制度があり、それで十分ではないかという。確かに、医療のように患者が医薬品等の効能を判断できない場合には一定の配慮が必要となる。
しかし、日常生活の延長である介護サービスについては、個々の利用者の主観的な判断に委ねればよいのではないか。行政が定めた事業者への報酬加算制度だけでなく、消費者が選択する多様なサービスの提供を促す仕組みが必要とされる。例えば、質の高いサービスを提供するホームヘルパーを利用者が指名して追加料金を支払えば、ヘルパーの受け取る所得が増えることで人材の確保が容易となる。また優れたヘルパーを多く抱える事業者が事業を拡大することで、業界の水準を引き上げることにも貢献する。こうした考え方は、現に介護保険設立時の厚生省の研究会でも議論されたにもかかわらず、中途で立ち消えになったのは残念である。

第4に、混合介護で保険外サービスが増えるのはともかく、それで介護保険への需要が誘発され、保険財政が悪化しないかという心配である。
これは混合診療への反対論と共通したものだが、費用が青天井の医療保険と比べて、介護保険では要介護認定にもとづき利用者が使える介護報酬に上限が定められていることが大きな違いである。介護保険財政が厳しくなるなかで、公的保険はより重度の要介護者に重点を置き、軽度の要介護者は市場サービスを活用する、公私の役割分担が求められよう。

最後に、認知症等で判断力に乏しい高齢者への対応である。
これについては、利用者保護のため、事業者からの上乗せ料金の額や利用の頻度についての情報開示の義務付けを事業者に求める必要がある。また、介護保険と組み合わされる保険外サービスについては、ケアマネージャーへの報告義務を課すことで、過大なサービス購入等のチェックは可能である。一部に判断能力の乏しい高齢者がいることを理由に、高齢者全体の消費行動を規制することは、行政の越権行為といえる。

介護保険本来の精神は市場の活用
2000年に設立された介護保険制度は利用者が介護サービスを購入できる独自の財源を確保し、それを供給面から支える福祉の基礎構造改革と合わせた大改革であった。それ以前の高齢者福祉は、現在の児童福祉と同様に行政が利用者の必要度を認定し、それに見合った供給を措置する行政処分の制度であった。これは高齢者介護が基本的に家族の責任であり、それから漏れた一部の高齢者に対して行政が責任をもつ福祉という考え方である。
しかし、急速に進む人口の高齢化に、介護を必要とする高齢者を家族や社会福祉法人だけで対応することはできない。このため民間企業を主体とした幅広い事業者が、市場競争のなかで多様なサービスを提供することで、活力ある高齢化社会を築くことが、本来の介護保険の精神であった。それが次第に形骸化し、細部における規制の強化が進んでいる。
例えば、すでに認められている介護保険と組み合わせる保険外サービスの際に、利用者に誤解を生じさせないようにホームヘルパーに違うエプロンをつけさせるというような瑣末な自治体のローカルルールは、介護事業者に余計な負担を課し、事業の抑制要因となる。

介護保険は、あくまでも利用者が基礎的な介護サービスを購入できる財源を保障するものである。そこで定められた介護報酬単価を、行政が介護サービス市場を統制する公定価格としている現状は、旧来の画一的な福祉の発想から抜け出せない政治や行政の体質にもとづいている。
高齢化先進国の日本が、それに対応した効率的な介護サービスのビジネスモデルを構築すれば、急速な高齢化が進む中国や他の東アジア諸国にも輸出可能である。混合介護の導入はそのための第一歩であり、市場の活力を活かした成長戦略であるアベノミクスの大きな柱となる規制改革のひとつといえる。

【DAIAMOND ONLINE:八代尚宏】
by kura0412 | 2016-10-20 08:49 | 介護 | Comments(0)

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