『おいしさは生命維持のために備わった快感』

「おいしい=快感」となる脳の仕組みは?
私たちの命を守る「おいしさ」のセンサー

梅雨も明けて、いよいよ夏本番。うだるような暑さの中では、冷たい食べ物やスパイスのきいた料理をおいしく感じる。
ところで、この「おいしい」という感覚は、体にとってどんな意味があるのだろうか。
「食べてよい」すなわち「おいしい」
おいしいと感じるともっと食べたくなる。たとえば、ダイエット中なのについ一口食べたらおいしくて止まらなくなり、後悔したという人もいることだろう。
おいしさは舌や口の中ではなく、脳で感じられる。私たちは、嗅覚、視覚、味覚、触覚、聴覚の五感を使って、食べ物のあらゆる情報を受け取っている。脳は食べ物の情報を受け取ると、それを食べてよいか悪いか判断し、食べてよいとなれば、おいしいと感じ、食欲をわかせて必要な栄養素を摂取しようとしているのだ。一口食べるともっと食べたくなるのはそのためだ。
おいしさを感じさせる要因には、味やにおいばかりでなく、食べ物の色や形、食べたときの食感や音など、さまざまなものが含まれる。さらに、このようなや食べ物の直接的な要因だけでなく、食べる人の体調や食べるときの環境、食文化などの間接的な要因にもおいしさは左右されている。そのために、「おいしい」とはよく使う言葉だが、実際はこの感覚はかなり複雑だ。
おいしさは、本能的に感じるものと経験的に感じるものに大別することができる。
疲れたときに甘いものがおいしく感じ、汗をかいたときに塩分を含むものが欲しくなるのが、本能的なおいしさだ。
一方、子供のときには苦手だった食べ物が、大人になったらおいしく感じる、また、好物はおいしく感じるなど、食経験を重ねることでもたらされるのが経験的なおいしさだ。
 経験的なおいしさは、人それぞれで基準が異なるが、本能的なおいしさは生まれながらに感じられる共通なものである。ただし、おいしさのメカニズムは複雑で不明な点が多い。おいしさを客観的に評価することも難しいのが現状だ。

味は必要・危険のシグナル
私たちは普通、甘いものをおいしく感じ、苦いものはおいしく感じない。甘い、苦いといった味覚は、食べ物に含まれている化学物質の刺激が脳に伝えられて、識別されるものである。
味覚は「甘味」「塩味」「旨味」「酸味」「苦味」で構成されている。このうち、甘味、塩味、旨味は、食経験のない赤ちゃんでもおいしく感じる。甘味はエネルギー源の糖、塩味は生体調節などに必要なミネラル、旨味はタンパク質のもとになるアミノ酸や核酸、それぞれに由来する。つまり、甘味、塩味、旨味は、人体に必要な栄養素の存在を知らせるシグナルとなっている。
一方、苦味や酸味ばかりを好む人はいないし、赤ちゃんも苦味や酸味は嫌がる。腐ったものは酸っぱくなり、毒のあるものは苦いものが多いため、酸味は腐敗を、苦味は毒素の存在を知らせる味だ。これらの味は危険のシグナルになり、おいしく感じない。ただし、食経験を積んで、安全な食べ物だと認識されれば、コーヒーやビール、梅干しなどのように苦味や酸味のある食べ物もおいしく感じる。これが経験的なおいしさだ。
つまり、味は食べてもよいのか、悪いのかを判断するためのシグナルになっている。同じように、においや色なども食べ物を判断するための重要な情報だ。人は本能的に人体に必要なものをおいしいと感じ、人体に害のあるものはおいしく感じないようになっている。おいしく感じれば、もっと食べようとするし、そうでなければ、食べるのをやめる。
人類の歴史をさかのぼれば、食べることは命がけの行為だった。せっかくの獲物でも、毒が含まれているものを食べたら、命を落とすかもしれない。食べ物を見分けるために人類はこの能力を身につけたのだろう。

おいしさは食欲を刺激する
私たちがどのようにおいしさを感じ、食欲をわかせているのかを、もう少し詳しくみてみよう。
五感によって受け取った、味や香り、色、形などの外観、温度、歯ごたえなどの食べ物の情報は、大脳皮質のそれぞれの感覚野(かんかくや:「感覚領」とも言う)に伝えられる。大脳皮質とは大脳の表面に広がる薄い神経細胞の層で、知覚や思考などの中枢になっている。感覚野は大脳皮質のうち、感覚に関与している部分だ。情報は感覚野に伝えられた後、大脳皮質連合野という部分に集まり、食べ物が安全かどうか、求める栄養素を含むかなどを判断する。
味覚などの五感から得た食べ物の情報と血糖値など生理的な状態の情報は、さらに扁桃体(へんとうたい)へと伝わる。偏桃体とは、大脳の内側にある大脳辺縁系の一部で、いい気持ちになったり、不愉快になったりする、「快・不快」の本能的な感情を生み出しているところだ。ここでは、記憶や体験など過去の情報と照合し、食べ慣れていて安心して食べられるなどの手がかりをもとに、好ましいかどうかを判断する。
扁桃体の情報は、さらに視床下部(ししょうかぶ)へと伝わる。視床下部は、偏桃体の近くにある食欲をコントロールする部分で、食べるように促す摂食中枢と、食べるのをストップさせる満腹中枢に分かれている。好ましい食べ物の場合は摂食中枢を刺激する。すると食欲が増し、おいしく味わって食べることができる。好ましくない場合は、食べることをやめる。
このように脳に集まったさまざまな情報が次々に伝達されることで、おいしさを感じ、私たちの食行動を決めているのだ。

おいしさは生命維持のために備わった快感
一言でいえば、おいしさは食べ物を食べたときの「快感」だ。快感は大脳皮質で理知的に判断されるのではなく、偏桃体で本能的に感じるものなのだ。先に述べたように、偏桃体で感じる「快・不快」の感情(情動という)は、動物の行動を理解するために使われる。動物は「快」をもたらす刺激には接近し、「不快」をもたらす刺激は遠ざける。
そこで、食べることに「快」をもたらすことで、食欲という生命維持に欠かせない欲望を生み出しているのだ。「食べたい」と思うのはどの動物でも共通なので、人類以外の動物にもおいしいという感覚はあるのだろう。
私たちは食べ続けなければ生きてゆけない。それなのに食べることが苦痛だったら、あっという間に、人類は滅びていたことだろう。そこで、生体は食べることに心地よさや喜び
を感じさせるようになっているのだ。おいしいという快感が、「もっと食べたい」という感覚を生じさせることで、私たちは生命を維持できるのである。
毎日おいしく食べられるのは、生きていることの証である。おいしく食べる工夫をして、暑い夏を乗り切りたい。

【JBpress・佐藤成美】
by kura0412 | 2016-09-13 08:46 | 嚥下摂食 | Comments(0)

コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412