『オプジーボに想定外の問題 適正使用を警告』

オプジーボに想定外の問題 適正使用を警告

小野薬品工業が日本で販売するがん免疫薬「オプジーボ」に想定外の問題が浮上してきた。海外から個人輸入したオプジーボを使い、他の免疫療法と併用した自由診療で死者が出てしまったのだ。自由診療は違法ではない。だが、安全性が確認されていない段階での無謀な使用は危険であるだけでなく、有望な新薬の将来性に影を落としかねない。

7月末、小野薬品が医療関係者向けに異例の警告文章を出した。タイトルは「オプジーボの適正使用」。オプジーボと他のがん免疫療法を併用したところ、重篤な副作用が発現し、患者が死亡に至ったとの報告だ。「オプジーボを使うのは緊急時に対応できる病院と熟練の医師、適切と判断できる場合に限定して欲しい」と注意を促した。
これに先立つ7月13日には全国の臨床医でつくる日本臨床腫瘍学会も患者に注意喚起していた。内容はもっと深刻だ。処方できる要件を満たさない医療機関が国内の製薬会社を通さずに個人輸入で使用し、患者の副作用に適切に対処できなかった問題が起きているという。
実は日本臨床腫瘍学会が事態を把握した経緯は偶然に近い。民間の病院で未承認の治療法を受けたがん患者に重篤な副作用が発生し、専門医がいる別の病院に駆け込んできた。対処した医師が気づいて学会に連絡したため、発覚した。
患者は男性で60歳代。オプジーボの投与から約3週間後に、自身から取り出した免疫細胞を活発にして体内に戻す免疫療法を自由診療で実施したとみられる。その後、多臓器不全となり心不全で死亡した。
オプジーボによって免疫のブレーキを外したところに、免疫のアクセルを踏んだ格好だ。免疫が暴走するのは当然の結果だった。日本臨床腫瘍学会の大江裕一郎理事長は「把握できているのはごくわずか。副作用、死者の事例も氷山の一角だろう」と話す。

個人輸入した医薬品を使い、保険適用外の自由診療で処方するクリニックは国内に数多く存在する。海外で販売されているが、日本では承認を受けていない未認可薬を使った治療を自由診療として施してもらいたいとする患者は多い。
胆管がん治療中の千葉県の75歳の男性も「どのみち事実上の余命宣告を受けている。効果がありそうなら(保険外でも)試したい」と話す。患者の助かりたいという望みを否定することはできない。学会や製薬会社も自由診療そのものを問題にはしていない。
ただ今回、製薬会社のほか、学会までもが異例の注意喚起をしたのには理由がある。「通常の自由診療」の範囲を超えているのだ。
世界でも安全性が確認されていない別の免疫療法との併用治療を専門外の医療機関で使ったことを危険視した。免疫療法には一部効果が認められる治療法もある。だが、「もともとは副作用の仕組みや制御、効果の判定が難しい。非常に危険だ」(大江理事長)。
実際、オプジーボのような免疫チェックポイント薬の扱いは難しい。使用できる医師や病院も制限され、誰でも使える薬ではない。国内にはクリニックや診療所を除き国や地方自治体、民間の病院が約7500カ所あるが、オプジーボが使用できる病院はおよそ800カ所にすぎない。学会の専門医が在籍し、緊急時の対応ができるなどの条件が必要だ。
使用できる医師もがん治療経験を持ち、複数の診療科との連携が可能かなど細かな要件も決められている。施設・医師と合わせ総計10項目の厳しい条件をクリアした病院しか使えない。

製薬会社も慎重だ。
小野薬品もオプジーボのメカニズムは従来の抗がん剤とは全く異なり、いつどんな副作用が起きるか現段階で不明のため、販売する病院に制限を設けている。オプジーボが「日本発の久々の夢の新薬」とされ売上高1000億円を超える「ブロックバスター」に育つ可能性があるだけにむやみな拡大路線はとっていない。

オプジーボには、専門家であっても分からない点も多い。
その最たるものが「やめ時」だ。オプジーボが国内で使用されるようになってまもなく2年が経過するが、臨床試験(治験)段階からオプジーボを使用してきた専門病院や専門医ですらその判断は難しい。愛知医科大学の上田龍三教授も「どの時点で使用をやめればいいのか、現時点では不明。現在研究のまっただ中だ」と話す。
オプジーボの投与でがん細胞が縮小する患者はおよそ3割。7割の患者への有効性は不明のままだ。だから「効き目なし」と見定めた段階で投与をストップしないと、やがては副作用を引き起こす。薬剤費が無意味にかさむ原因にもなる。国立がん研究センターなどは2017年末にも「やめどき」を探る治験を始める方針を打ち出しているが、現段階では確たる解は出ていない。
それだけ難しい治療薬を使用経験や副作用対策ができない医療機関で使うのは確かに危険だろう。現在、日本臨床腫瘍学会は適正使用を巡ってガイドラインの策定準備を進めている最中で、副作用の対策などを全国の病院と共有していくという。
皮肉なことに制限されればされるほど、オプジーボへの渇望が高まる。そのため、これまでの医療現場では常識外のトラブルも発生している。
「重要なのは効果や効能のある『本物』かどうか。海外輸入の医薬品の最大の問題点はニセ薬の可能性があることだ」(九州大学の中西洋一教授)。偽物ではないにしても、温度管理が重要な抗体医薬にしては保管環境が劣悪だったり、使用期限が切れていたりするなど「元の効能を維持できているかどうかも分からないものもある」(中西教授)。
医療現場にオプジーボが浸透するには、超えなければならないハードルがいくつもあることが見えてきた。だからといって、がん患者にもたらすインパクトが弱まるわけではない。とりわけ末期がん患者にとって漆黒の闇にともった新たな灯火(ともしび)であることは間違いない。
大切なのは、このハードルをどう超えるかだ。まず、臨床現場でのトラブルを最小限に抑えるため、学会や製薬会社、厚生労働省など関係機関が一体となり、適正な投与を徹底していくことが欠かせない。

【日経新聞】
by kura0412 | 2016-08-27 15:58 | 医療政策全般

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