『電子処方箋、解禁になったワケ』

電子処方箋、解禁になったワケ
大山 永昭氏 医療情報ネットワーク基盤検討会座長(東京工業大学 像情報工学研究所 教授)

2016年4月に解禁となった「電子処方箋」。医療制度面からも大きな変革といえる処方箋の電子化は一見、唐突に制度変更が発表されたようにも思える。
しかし、実際には長年にわたって医療情報ネットワーク基盤のあるべき姿を検討してきた背景がある。その中で、技術や制度運用面の環境が整ってきたから今だからこそ、解禁に至ったものだという。
この検討の主導役を担ってきたのが、2003年6月に厚生労働省が設置した「医療情報ネットワーク基盤検討会」だ。これまで29回開催された検討会の中で、最も多くの議論が重ねられたテーマの1つが処方箋の電子化である。検討会設置以来、13年にわたって座長を務めてきた東京工業大学 像情報工学研究所 教授の大山永昭氏に検討の経緯や課題などを聞いた。

――処方箋の電子化の議論は、医療情報ネットワーク基盤検討会(以下、基盤検討会)でも非常に多くの時間を割いて行われてきました。振り返って、今の率直な感想をお聞かせください。

当初、制度運用上の課題から処方箋自体を電子的に作成して運用することはできないと、2004年9月の報告書にまとめていました。それを踏まえてe-文書法および厚生労働省令の施行でも、処方箋は適用対象外とされてきました。
しかしながら、医療における情報の電子化は必須であり、処方箋の電子化も将来的な制度運用が可能な環境を見据え、検討してきたことです。ただ、紙媒体の処方箋運用の形態が電子化の足かせにもなり、非常にやりにくかったというのが事実です。そういう意味でも、運用ガイドラインの公表、制度改正まで、よくぞこぎ着けたといのうが率直な気持ちです。
検討会メンバーの方々の尽力は言うまでもありませんが、特に日本医師会が医療の情報化戦略の一環として、積極的に動いてくれたことが大きかったと思います。また、別府市医師会をはじめ各地で実証事業を行い、医師会、薬剤師会の協力の下に電子処方箋の技術面、運用面の検証ができました(関連記事)。これにより関係者の理解が進んだことも実現要因の1つであり、とても感謝しています。

――処方箋の電子化実現で難しかったのは、どのような点でしたか。実現できたポイントはどこにありましたか。

電子処方箋実現のメドが立ったのは、IPsec-VPNやオンデマンドVPN、地域医療連携ネットワークでの医療情報交換、HPKIの運用、JPKIの活用といった要素がそろったためです。
まず、多くの医療機関、薬局がネットワーク上で医療情報を送受することが前提ですから、インターネットを利用しつつセキュリティーが担保され、安全に医療情報をやり取りできる技術が必須でした。これはIPsec-VPNとIKE(インターネット鍵交換)によるオンデマンドVPNを用い、レセプトオンライン請求を実現しました。
そして、医療情報は相手に渡るまで、それがどこにあっても送付する側に責任があります。つまり、確実に相手に情報が渡ったことを、どうやって担保するのかという問題があります。(医療情報連携の場合は連携先医療機関・医師は特定できるものの)処方箋の場合は医薬分業、フリーアクセスの確保から、処方データを受け取る相手を特定して送付できません。さらに、医師法(歯科医師法)施行規則で処方箋に発行医師の記名押印または署名が必要だということが難しかった。 これらの課題は、検討会の提言によりHPKI認証局の整備・運用が開始されたことで解決されました。
最後に、JPKI(公的個人認証サービス)を利用する個人番号カードの運用が開始されることになったこともきっかけです。今後、個人番号カードを利用した患者の本人確認ができるようになれば、地域医療連携ネットワークをまたいで患者が薬局を利用する際の認証が担保されることになります。

――医療機関・薬局・患者それぞれに対する処方箋の電子化のメリットは、運用ガイドラインにも明記されています。一方で現場からは、調剤情報の電子化・一元化など、メリットが大きいと思われることから段階的にやるべきではないかという声もあります。

確かに、処方箋の電子化自体を優先する必要性があるのか、という意見を否定するものではありません。しかしながら、処方箋の電子化を実現するならば、部分最適に陥らないことを最大限に配慮すること、医療情報の電子化全体の整合性を踏まえて進めるべきという考えで検討してきました。文字通り、医療情報ネットワークの基盤がどうあるべきかという方向性を示すのが検討会の役割であり、中長期のビジョンを示す必要があります。
単一の目的のためのシステム検討では、次の段階で再投資が必要になる危険性があります。医療にかかわる文書の電子化や保存、PKIの医療分野への適用、インターネットを利用した安全な医療情報交換など、さまざまな技術要素や制度運用を検討してきた延長上に処方箋の電子化があるわけで、医療情報の電子化全体の重要なパーツの1つとして実現を目指してきたものです。別の言い方をすれば、ここまで環境が整わなければ電子処方箋を制度上スタートするといっても実効性がなかった。そのタイミングが今だったわけです。

――電子処方箋の伸展にはさまざまな課題がありそうです。当面、どのような課題を克服すべきと考えますか。

電子処方箋の運用に限ったことではありませんが、電子化された医療情報を安全・確実に送受するためにHPKIは必須であり、その普及が前提です。HPKIカード発行対象者は3医師会でざっと65万人ですが、発行数の現状は3000人に満たない。普及のためには、申請・発行にかかるコストダウンと手間の軽減が必要と考えます。
これまでHPKIカードの発行には、医師資格証による医籍確認と、住民票による自然人(個人)確認の両方を行っています。本来は、例えば私の場合なら東工大教員という属性と自然人の大山永昭が論理的にひも付けられれば良いわけです。(マイナンバー制度運用開始に伴い)民間でもJPKIの利用が可能になったので、自然人認証はJPKIを利用し、属性認証のみを行える仕組みを考えれば、厚生労働省自らが認証サービスを提供する必要はありません。こうした廉価で普及できる仕掛けを用意する必要があるだろうと思っています。
HPKIの普及は、電子化された診療情報提供書、あるいは診断書発行の際の電子署名付与にもつながり、地域医療連携ネットワークの利用促進などにも寄与するのではないでしょうか。
もう1点は、医薬分業、フリーアクセスを担保する地域医療連携ネットワークを超えた処方データ、調剤データの確実な連携ができる仕掛けを作っていけるかどうかです。医療圏を超えた地域医療連携ネットワークの相互接続は実際に行っているところもありますが、処方箋ASPサーバーの相互接続・運用の実際はこれから。これらが実現しないと、「電子処方せん引換証」という紙がいつまでも残ることになり、普及の足かせになる可能性もあります。

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