『地震発生直後に医系技官が現地入り』

医療行政の舞台裏◎専門性生かし情報収集と調整を担う
地震発生直後に医系技官が現地入り

4月14日の夜以降、熊本県を中心に最大震度7の強い地震が相次いだ。ひとたび大地震が起きれば、入院患者や介護が必要な入所者を抱える医療・福祉施設は厳しい状況に置かれる。それらを管轄しているのは厚生労働省だ。では、今回の地震発生を受けて、厚労省はどう動いたのか。

14日の21時26分に最初の震度7の地震が発生すると、厚労省は直ちに霞ヶ関の本省内に「災害情報連絡室」を立ち上げた。その後、政府が22時10分に非常災害対策本部を設置したのに伴い、同省も連絡室を災害対策本部に格上げした。
翌15日の午前には、東海地方に出張していた医系技官(医師免許を持つ官僚)を急きょ熊本に派遣し、被害が大きかった益城町の医療機関の状況確認や、必要な物資の入手ルート確保などに当たらせた。また、その日の夜には現地に後続部隊を送り込み、熊本労働局内に6人体制の現地対策本部を設置。以降、厚労省からは3~5日程度の交替制で官僚の派遣が続いている(4月25日現在)。
これまでに熊本入りした厚労官僚の多くは、医系技官で占められている。現地の医療関係者と話をして必要な医療ニーズを把握したり、その後の対策を立てたりする上で、専門的な知識が不可欠という判断からだ。そしてその仕事は、当初の情報収集業務から、時の経過とともに、調整業務主体の活動へと変化しつつある。例えばこんな具合だ。
今回の地震では、車中泊する避難者が多く、数日して肺塞栓症を発症するケースが相次いだ。そこで熊本県の依頼を受けた日本循環器学会の専門チームが、現地で弾性ストッキングの配布と肺塞栓の予防指導を開始することになった。弾性ストッキングは支援物資としても現地に届くため、県の保健師も避難所を回って配布や指導に当たっていたが、明らかに人手は不足している。そこで県と災害派遣医療チーム(DMAT)などの支援部隊をつないで、後者に弾性ストッキングを配布してもらうよう協力を取り付ける役回りを厚労官僚が担う。
また、地元選出の政治家などからは、時として実現が難しい要請が県に来ることもある。そんなときに両者の間に入って調整し、実際の施策をできる範囲のレベルにまで落とし込むことも、現地入りした厚労官僚の守備範囲だ。

このようにスピーディーな支援活動を厚労官僚がするようになったのは、実は最近のことだ。少なくとも1995年に発生した阪神・淡路大震災の時は、状況が全く違ったという。
その頃の省内事情を詳しく知るOBによると、未曾有の大地震発生を受けて厚生省(当時)では、必死になって本省で情報収集活動に当たっていた。だが、現地の行政機関は混乱・麻痺していて連絡がつかず、情報が全く入ってこなかった。
そんな状況にしびれを切らした1人の官僚が、慣例である出張許可も取らずに被災地へと飛び出していった。周囲はその行動を「何だ、あの鉄砲玉は」と批判的に受け止めたという。しかし、現地入りしたその官僚は、神戸にある国立病院を拠点に、ファクスなどを使って本省に詳細な情報を送り続けた。その結果、厚生省は被害の拡大防止などに有効な対策を打つことができたという。
この時の教訓が生かされ、2004年の新潟県中越地震や11年の東日本大震災、そして今回の熊本地震でも、厚労省は早期に官僚を現地に派遣し、情報収集や各種調整に当たらせるようになった。今回の地震で避難所生活での健康問題が早くからクローズアップされているのは、明らかに過去の震災の教訓からだ。同様に行政の災害支援活動に関しても、得られた教訓を次へとつなげていく必要がある。

【日経メディカル】



良い話です。
by kura0412 | 2016-05-10 16:21 | 地震 | Comments(0)

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