国が見捨てた歯科医師の需給問題

本当に、医師過剰時代は来るのか?

4月1日付読売新聞に「2040年、日本の医師が3万4000人過剰になる」という、いささかショッキングなニュースが出ました。
以前から、日本もやがてフランスやイタリアみたいに、医者が食えなくなってタクシーの運転手を兼業する時代が来る、などとまことしやかに言われてきましたが、きちんとした試算(?)を示されると、いよいよそれは本当か、と思ってしまいます。
昔の教え子で、2000万円弱の年収を得ている44歳勤務医は、息子さんが小学校6年生で、お父さんのように将来医師になるんだと中学受験を目指して塾通いをさせているのですが、「子どもに聞かせたくないいやなニュースでしたね」と言います。私は「心配いらないよ。この手の試算は当たったためしがないからね」と答えました。
ネットでも早速“炎上”が始まりました。「これで医学部も終わったな」とか、「医者が儲かるどころか食えない時代が来るな」とかいったアンチ医者キャンペーンもあれば、「医者が余るって? 今医者が足りなくて勤務医がどんだけ忙しいかわかってんのか」とか「医者を増やしたくない開業医の陰謀じゃないのか」とかいった声も飛び交う有様です。

かつて、「2000年頃には大学全入時代が始まる」、「塾、予備校はほとんど潰れる」、と言われたことがありました。その時も、大学の募集人数と、大学を目指す高校生の数が同じになる、という単純な試算が前面に押し出され、私たち塾屋、予備校屋たちは戦々恐々としたものですが、2000年になっても、ほとんどの塾、予備校は潰れずに残っていました。それまでに潰れた塾、予備校と言えば、バブル期におかしな不動産に手を出したために、というところばかりでした。
一安心した頃、河合塾の経営トップの一人と、私たち講師とのシンポジウム&懇親会のようなものが開かれ、いろいろ意見交換したことがあります。その経営トップは、「机上の試算ではとっくに無くなっているはずの河合塾がいまだ存続しているのは、ひとえに不景気のせいじゃないか」と言いました。不景気のために採用人数を減らした企業は数少ない新人募集で大学差別をする(できる)ようになったので、高校生が、とにかく大学と名の付くところならどこでもいいというのではなく、浪人してでもいい大学に入らなければならないと思うようになったからだ、と解説しました。私は、不景気だけのせいというより、誇りを持てる大学、ブランド力を持った大学を目指したいとする、高校生側の人間らしい欲得を含めた考え方、親の見栄や周囲の目を意識した考え方によるものが大きいのでは、と答えたことを覚えています。その根拠は、中学生向けの高校受験塾が、それこそ単純試算で言えばすでに全入状態となっていることを受けてとっくに潰れていいはずなのに、生徒たちは、よりいい学校を目指してしのぎを削るべく塾通いを止めない、という現象でした。
往々にして、統計とか試算というものは、人の心を無視しがちです。そして、国民の心や世界情勢を読んで動く国の施策の存在を無視しがちです。

先日、解剖学者である養老孟司氏の講演を聴く機会がありました。彼は、「今、日本で『家』というものが崩壊しないで残っているのは、医者の家系だけです。国によって守られているからです」と述べました。そう言えば、かつて裕福な「家」の象徴であった「造り酒屋」が、国から保護されなくなって消えていきました。
医者の世界も、保険医療の国である日本では、完全に国によってコントロールされており、「3万4000人余る」ことを国が良しとするなら、国はそのように放置するでしょうし、それではまずい、と国が判断するなら、医系大学の定員を減らすなり、医師国家試験の合格者数を減らすなりしてくるでしょう。歯科医に関してはすでに後者の方針を取っており、歯学部は入りやすくなっているものの、なかなか歯科医師国家試験に合格できない仕組みになっています。すでに歯科医は余ってきているので、国の施策は時すでに遅しの感はありますが。
国が盤石な計算のもとに、周到に施策を行うかどうかは保証の限りではありません。歯科医院はコンビニの数よりも多い、と言われるほど増えていますし、司法試験合格者も、法科大学院の設置や新司法試験によって格段に増え、弁護士の平均年収がひところに比べて減少したと言われるようになっています。これなどは明らかに国の施策の誤りと言えるでしょう。

私の知り合いの、150名ほどの弁護士をかかえる著名な法律事務所の代表弁護士が、今年、43歳にして北里大学医学部の編入試験に合格しました。このことは、「医者は余らない」と考える理由の一つになるかと思います。彼が医学部に自ら入学し、医療産業の担い手たる医師になろうとした動機は、法曹ビジネスは所詮は8800億円程度に留まるだろう、医療産業は今の32兆円からさらに拡大して、59兆円になる、と試算したことによります。宣伝費に月あたり5億円以上を使い、経常利益年間22億円を叩きだす法曹界の風雲児が、あっさりと医療産業に転身するわけですから、どこかに、医療産業の“輝かしい”未来を嗅ぎ付けたに相違ありません。彼は、進学塾ビッグバンの100人規模を誇る名うての医学部学生講師(数年後には確実に有為な医師になる)たちに目をつけていることからも、病院の全国展開を考えているのではないでしょうか。まだまだ医師の数は足りないはずです。
例えば彼もよすがの一つとする「『病院』がトヨタを超える日」(講談社プラスアルファ新書)は、保険医療が破たんするであろう近未来においても、医療ツーリズムを基幹産業にすることによって、「日本の医療を外国人に買わせる」輸出産業とする道筋を説いています。
こうしたチャンスを民間がものにしようとしている時、国が指をくわえてみているだけ、ということはないと思います。
仮に、かつての造り酒屋や歯科医や弁護士のように、結果として国が“見捨てる”ことにでもなれば、いよいよ日本の産業自体が衰退の急坂を転げ落ちることになるだろうことは、目に見えています。

【日経メディカル:松原好之】




医師の先生からみても歯科医師の需給問題は国の責任を問うているようです。私もそう思います。然るに、その感覚は歯科界には少ないのが現状です。
by kura0412 | 2016-04-26 10:39 | 歯科医療政策 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


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ミラーを片手に歯科医師の本音

回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。

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