『口の中から見える格差と貧困』

この現実を見よ! 口の中から見える格差と貧困 子どもから老人まで広がる口腔崩壊って何だ!

「どうしてこんなになるまで放っておくのか」。子どもから老人まで、虫歯が10本以上あるなど「口腔崩壊」と呼ばれる状態が広がっている。経済的困窮から医療機関にかかることを諦め、歯は生命の危機に直結しないため軽視されがちなことなどが背景にある。

「口の中がぼろぼろだから、全部治してほしい」
42歳の男性が昨年11月、立川市の「相互歯科」に駆け込んだ。前歯が1本なく、奥歯のほとんどは歯根だけが残っている状態だった。
「20年ぶりの歯医者なんです。お金がなく、ずっと歯医者に行けなかった」
パチンコ店や引っ越し作業員などのアルバイトを続けてきたが、長く勤めても「正社員」の道は開けず、収入は不安定なまま。体調を崩したこともあり、1カ月前に仕事を辞めた。
自宅近くの「立川相互病院」に行ったところ、食生活の乱れのためか、糖尿病などを患っていることがわかった。
入院が必要だったが、費用の持ち合わせがない。同院のソーシャルワーカーの助言を受け、生活保護の受給申請を行った。
一人暮らしの男性は、長らく両親や弟たちとは疎遠なため、生活支援を頼れる人はいなかったという。
生活保護の受給を機に虫歯の治療もすることに。生活保護の受給者は、医療費は扶助が適用されるので、自己負担なしで診療を受けることができる。男性は立川相互病院と同じ医療法人が経営する相互歯科に向かった。
「にっこり笑えるようになれば相手に与える印象は良くなる。歯をしっかり治してから、就職活動を始めたい」
と、“ぼろぼろ”になった口の中を治療している。

治療費払えず受診控える
虫歯の治療に行けず、かみ合わせが悪くなったり、歯が抜け落ちたりする「口腔崩壊(こうくうほうかい)」が社会問題となっている。
「『なぜこんな状態になるまで来院しなかったのか』と思えるほど、歯の状態が悪い患者が多い」
そう話すのは、全国約1700の医療・福祉の事業所でつくる全日本民主医療機関連合会(民医連)歯科部長の江原雅博氏だ。
口腔崩壊の理由を、江原氏は、「近年の格差と貧困の問題が深刻さを増している。経済的な事情から歯医者に行けないからだ」と指摘する。
「そのような患者の多くは『保険証がない』『治療費が払えないため受診を控えてきた』といった問題を抱えています」(江原氏)

民医連歯科部は、全国の民医連加盟事業所から集めた口腔崩壊の事例をまとめた『歯科酷書(こくしよ)』を公表している。その一部を紹介する。
20代の男性は、ほぼ全部の歯が根っこだけ残っているような状態だ。
中学卒。建設業の作業中に背骨にひびが入り、勤務継続が困難となり仕事を辞めた。その時、労災申請はしていない。
仕事を求め20歳のとき上京。日雇い仕事をするが、仕事がなくなり、路上生活に。隣県の実家には両親と弟がいるが戻る気はない。
自立支援センターなどに入り、仕事を探すが、採用面接時に見た目が悪くて困ることから、治療を希望。同センターからの紹介を受け来院した。
40代男性は、14本の虫歯があり、奥歯でしっかりかめていない状態。歯周病もある。
歯が悪いことを自覚しており治療をしたいと思っていたが、朝6時に家を出て夜11時に帰宅する毎日で、歯医者に行けない。最近25年間勤めていた会社を突然リストラされて時間ができたことから治療することにした。
60代男性は、歯がないため、1日1回の食事はおかゆのみだったという。
個人事業主(エンジニア)で、月50万~60万円の収入があったが、取引先との契約が突然打ち切られ無収入に。国民健康保険料滞納による自治体の督促に耐えきれず夜逃げ。預貯金は差し押さえられた。
70代女性は、19本の残存歯のうち17本が虫歯。歯周病も重度に進行しているという。
内縁の夫の年金は月20万円あるものの、知り合いの借金の肩代わりをしているため手元に残るのは10万円のみ。女性本人は無年金だ。生活はぎりぎりの状況で、歯科への支払いは年金が入ったときにまとめて支払っている。経済的な事情から3年前に治療を中断している。

子どもに二極化、世代間連鎖も
子どもたちの口腔崩壊も少なくない。
4歳男児は、乳歯20本のうち14本が虫歯。右上乳歯に急性症状があり、頬をパンパンに膨らませて来院したという。
男児には障害を持った兄がいる。両親は離婚していて、生活保護を受給している母子家庭だ。母親は療育施設に通う長男につきっきりで、次男の歯磨きまでは手が回っていなかった。
過酷な状況が浮かぶが、一方、文部科学省の調査によると、12歳児の永久歯の虫歯の平均数は、1994年度の4・00本から昨年度は1・00本と改善。全体として子どもの歯の状況が良くなっている中、“口腔内格差”と言える二極化がうかがえる。
先の相互歯科の歯科医師・岩下明夫(はるお)氏は、子どもの口腔崩壊の背景を調べると、「親の経済的な事情」「ひとり親」「多数のきょうだい」「親の喫煙」といったキーワードが浮かび上がるという。
「『今月はお金がないので次の予約は来月に』と頼まれたりする。親が失業して途中で治療に来なくなった子もいます」(岩下氏)

前出の江原氏は、「子どもと親が置かれている生活環境の深刻さが増している」と指摘。長時間労働を余儀なくされているなど、親は子どもの口腔ケアにまで手が回らないことから、子どもは歯磨きの習慣がなかったり、菓子やジュースを口にしながら床に就いたりするという。
虫歯を放置する事態は深刻な結果を引き起こす。「虫歯を放置すると乳歯が抜け落ちた穴に膿(うみ)がたまり、生え変わる永久歯も虫歯になったり歯並びが悪くなったりするケースも少なくない」(岩下氏)。「乳歯は生え変わるから」という安易な認識は改めたほうがいいようだ。
そして、懸念されるのは、口腔崩壊の「世代間連鎖」だ。「親自身も口腔内のケアが不十分だと、子どもに歯磨きを習慣づけるなどのケアを定着させることは難しい」(岩下氏)。『歯科酷書』によれば、先述の4歳男児の母親もまた27本の歯のうち15本が治療が必要な状態だったという。
親の経済事情や生活状況などにより、口腔崩壊に陥る子どもだが、多くの自治体で小児・学童期の医療費自己負担の助成制度があり、医療費がかからないのに「面倒くさい」などと親が子を受診させない、育児放棄(ネグレクト)を疑わせる事例もみられるという。子どもの口腔崩壊はさまざまな理由が絡み合っている。

減免制度や無低診の活用も
各年代層に広がる口腔崩壊。このような事態をどうすればよいか。
江原氏は「医療費の自己負担の無料化もしくは免除が必要だ」と指摘する。だが、政府は財政健全化に向け医療費の抑制を進めている。また、「歯は命に関係ない」といった風潮も根強く、その実現性は容易(たやす)くなさそうだ。

では、今、生活に困ったときに歯科医療を受けるには、どうしたらいいのか。
「公的医療保険の減免制度を活用してもらいたい」と江原氏は言う。
国民健康保険法44条は「特別の理由がある被保険者」について減額・免除・猶予を認めている。
どういうケースに適用するかといった判断などの運用基準は保険者(市区町村)に委ねられている。
そのため、生活困窮者に対する減免制度の実施状況には「地域差がある」(江原氏)のが実情だ。民医連歯科部は各自治体に柔軟な運用を求めている。
同時に注意するべき点がある。
「減免制度は、自分から申請しないといけない。医療機関のソーシャルワーカーなどに相談するのもいいだろう」(同)
生活保護の受給申請を行うのも重要だ。生活保護による医療扶助を受ければ、医療費を自己負担する必要はない。だが、すべての人が生活保護を受給できる要件を満たすわけではない。そのようなときは、
「『無料低額診療』を実施している医療機関に相談してみてください」(同)
冒頭の42歳男性が頼った「立川相互病院」「相互歯科」の両院とも、経済的に困窮している人を対象に、診療費の無料・低額に応じる「無料低額診療」(無低診)を行っている。
診療希望者の申請を受けた医療機関(ソーシャルワーカー)が生活状況を聞き取り、収入などを審査した上で、医療費の減額・免除を決める。
厚労省社会・援護局によれば、どのくらいの収入の人が制度を利用できるのか、どのくらい減免されるのかなどは個々の医療施設に委ねられているという。
無低診は、社会福祉法などに基づく社会福祉制度で、社会福祉法人や財団法人の病院などが実施している。厚労省によれば、実施施設は15年3月時点で622。うち歯科診療を行っている施設数の統計は取っておらず、不明だという。
利用者の延べ人数は約740万人(昨年度)。約468万人が生活保護の受給者だったという。

口腔内を大切にすることが肺炎、動脈硬化、認知症まで予防する
「口の健康を保つことは人生の豊かさにつながる」
そう話すのは東北大学歯学研究科の村上任尚(たかひさ)助教(高齢者歯科学)だ。
「自身の歯が少なくなることで、食べることができるものに偏りが出る。摂取栄養素の不足に伴い、筋力や運動能力が低下することで活発な行動ができなくなると脳の活動が鈍ります」(村上助教)
特に前歯を失った場合は、外出や会話といった人との交流を避けたり、笑顔など感情を表情に出さなくなったりすることから、脳活動の低下につながりやすい。
「さらに、かんだり食いしばったりすることはストレスの軽減や発散にもつながります」(村上助教)
神奈川歯科大の山本龍生教授(社会歯科学)は、「高齢者特有の病気の防止にも役立ちます」という。

近年、口と全身との科学的解明が進み、歯周病菌と肺炎や動脈硬化などの関連が報告されている。特に、高齢者の直接死亡原因上位にある肺炎は、外部からの感染ではなく、口腔内で増殖した肺炎原因菌を肺に誤嚥(ごえん)することで発症することが少なくないという。
歯があれば、認知症を予防したり、進行を遅らせたりすることもある。
「かむことで脳が活動的になるからです。かむことができなければ、認知症を引き起こす可能性があります」(山本教授)
山本教授らは、厚労省の研究事業として、歯と認知症の関連を調べるため、愛知県内に住む65歳以上の高齢者4425人を対象に4年間追跡調査した。
その結果、歯がほとんど残っていない人(0~9本・義歯の使用なし)は、歯が20本以上残っている人に比べ、認知症の発症リスクが1・85倍も高かった。食べ物をあまりかめない人の発症リスクは、なんでもかめる人に比べ、1・25倍だった。
一方、歯がなくても義歯を使用している人の発症リスクは1・09倍と低く、義歯を使ってかむことが重要であることが分かった。
「歯を失うとかむことが少なくなり、脳への刺激が減り、脳の機能が低下して認知症になりやすくなるのでしょう」(山本教授)

では、すでに“歯を失っている”場合はどうしたらいいか。先述の東北大学の村上助教はこう話す。
「失った歯を放置せず、義歯やインプラント、ブリッジといった治療法を用いて、早期にきちんとかむことができる状態にすることが大事です」
治療法の選択には、年齢や持病、体調、費用などを考慮する必要があるが、
(1)残っている歯に負担がかかりにくいようにすること
(2)清潔さを保ちやすいこと
(3)痛みなくきちんと機能する(かめる)こと
 ――の3点が大事だという。
「違和感を嫌ってどんどん入れ歯を小さくしてしまうと、金具をかける歯に負担がかかってしまうことにつながる。接着して固定するブリッジは着脱の煩わしさはないが、外して洗える入れ歯のほうが清潔に使える場合もある。残っている歯が大事だとはいえ、歯周病でグラグラして痛みがある歯を無理に残してもモノがかめないし、入れ歯やブリッジを入れても不具合があり使えなければ意味がありません」(村上助教)
かかりつけの歯医者に通うことは、歯周病や虫歯の予防のほか、認知症などの早期発見につながることもあるという。定期的な受診をしたい。

【サンデー毎日】




医療の中で経済的理由で1番後回しにされるのが歯科です。
by kura0412 | 2016-03-28 18:33 | 歯科 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


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ミラーを片手に歯科医師の本音

回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。

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