医科の分野でも嚥下、口腔ケアの重要性が常道化してきています

嚥下リハや口腔ケアはどこまで有効?

これまで2回にわたって、高齢者肺炎に対する抗菌薬治療のジレンマについて解説してきました。今回は、シリーズの締めくくりとして、高齢者肺炎に対する抗菌薬以外の治療・ケアについて考えます。

嚥下リハと口腔ケアはセットで実施を
高齢者肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎だと言われています。
誤嚥性肺炎の評価方法としては嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)がありますが、これらの検査はあくまでも嚥下機能評価法であって、誤嚥性肺炎のリスク評価法ではありません。たとえこれらの検査で異常を認めなくても、誤嚥は生じます1)。これらはあくまでも座位での検査であり、夜間の不顕性誤嚥のリスクは評価できません。脳梗塞やパーキンソン病といった基礎疾患、CT画像なども考慮して、総合的に誤嚥性肺炎を診断する必要があります。

治療を行うならば感染症という面では抗菌薬が手段となりますが、誤嚥性肺炎では抗菌薬以外の介入、とりわけ嚥下機能障害への対処が必要となります。そして、嚥下機能障害の鍵となる物質がサブスタンスPです。サブスタンスPは嚥下反射や咳反射において重要な物質ですが2)3)、加齢や脳血管障害、神経変性疾患では減少してしまい、誤嚥の要因となります。
サブスタンスPを増加させる方法として、薬剤では葉酸や降圧薬のアンギオテンシンII変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)が知られていますが、これだけでは不十分です(そのほかにも嚥下機能改善に有効な薬剤としてはシロスタゾール、アマンタジン、半夏厚朴湯などが知られています)。他の手段としては、食事の形態や摂取方法の変更、嚥下リハビリテーション(以下、嚥下リハ)、口腔ケアなどを行います。これらは肺炎が治癒してからではなく同時進行で進めていき、再誤嚥を防ぐ必要があります。

言うまでもなく重要なのが嚥下リハと口腔ケアです。
嚥下リハは嚥下状態に対する介入であり、誤嚥する菌量は減らしますが、当然ながら口腔内にいる菌の質は改善できません。一方、口腔ケアは口腔内の菌の質を改善しますが、毎日行ったとしても要介護高齢者では1日で元に戻ってしまい、菌量は減らせません。つまり、この2つの介入は相補的な関係にあって、両方とも必須です。
また、口腔ケアを歯ブラシで食後5分程度行うと嚥下反射が改善したという報告4)もあり、口腔ケアの刺激でサブスタンスPが放出されるからと考えられています。歯があることは菌が付着する要因ですが、歯のない患者への口腔ケアも無駄ではありません。歯のない人への口腔ケアは歯のある人と同等の肺炎予防効果をもたらしたと報告されており5)、サブスタンスPの放出促進がいかに重要であるかが分かります。
食事形態も患者に合わせて変えていく必要がありますが、盲点になりやすいのが食べ物の温度です。食事の際に食べ物が熱い/冷たいという刺激がサブスタンスP放出には必要であり、それにより嚥下反射は改善されます6)。食べ物が生ぬるい状態は避けるべきです。
患者の入院後、誤嚥性肺炎だからという理由でルーチンで絶食にされていることはないでしょうか?
大量の酸素投与が必要である、嘔吐を繰り返している、喀痰の量が多すぎる、といった場合は難しいですが、そうでないならば入院初日から積極的に経口摂取を行う方がいいと思います。絶食期間が少しでも続けば、嚥下機能の廃用がさらに進む恐れがあるからです。
嘔吐または呼吸不全などの患者を除外した上で、発症前に食事の経口摂取をしていた誤嚥性肺炎患者331人を対象とした研究7)によると、絶食管理では、入院早期から経口摂取を開始した患者と比較して、入院から1週間の毎日の栄養摂取量が不良で、治療期間が長くなり、治療経過において嚥下機能がより大きく低下していたとのことです。

高齢者肺炎の治療の意味とは…
私の勤務するのは急性期病院ということもあり、高齢肺炎患者が入院したら、挿管人工呼吸管理まで希望されるケースはほとんどありません。ただ、それ以外については積極的加療を行い、抗菌薬に加え、上記のようなケアを行っています。誤嚥性が強く疑われても可能な限り初日から経口摂取を開始し、嚥下困難例は早期から一時的に経鼻胃管を挿入して栄養管理しながら嚥下・運動リハビリテーションを行います。敗血症性ショック例も、ICUでなく一般病棟で治療する場合であっても、プロトコル導入により救命率が向上しました。
このように、急性期の救命という意味では当院の高齢者肺炎の治療成績は非常に良くなったのですが、果たして、それは意味があることでしょうか?仮に高齢者肺炎の平均死亡率よりも当院の死亡率が非常に低かったとしても、それはより良い医療を提供していることになるでしょうか?ひょっとしたら、QOLの下がった高齢者を増やしているだけなのかもしれません。

嚥下リハと口腔ケアを積極導入することで早期回復・退院を目指す医療介入を行っても嚥下困難となり、依然として日本では高齢肺炎患者の約4割で経口摂取以外の栄養経路が必要となってしまう現実があります8)。では、胃瘻にすればいいかというと、そう簡単には解決しません。こうした患者は嚥下機能を含む様々な機能低下をきたしており、その機能を戻すことはもはや困難です。とりわけ重症の高齢者肺炎の救命は、患者に侵襲を与え、身体機能・精神機能を大幅に低下させ、かつ元の状態にはもう戻せない患者を生み出しているという現状が、急性期病院の肺炎診療に当たる医療従事者に突き付けられています。加えて、リハビリテーションなどを行うことは診療報酬改定によりハードルが高くなり、受け皿となる長期療養型病床も減らす方向に国は動いているという情勢もあります。
しかしながら、在宅で最期を迎えるという選択を一般市民がすることは社会的にも経済的にも困難です。米国で導入されている「入院しない意思表示」(do-not-hospitalized order;DNH)という概念を日本で普及させるには、法整備と共に自宅や介護施設で看取りができる社会環境の整備がまず必要であり、加えて、国民にも「老衰」の認識を考えてもらう必要があります。とはいえ、日本は、風邪一つを取っても分かる通り、「病気になったら病院へ」「何はともあれ点滴を」の文化が定着しており、国民皆保険制度により安く医療を受けられる環境でもある以上、「入院しない意思表示」はなかなか根付かないと思われます。
高齢者肺炎で救急搬送されてくる患者の家族は、そのほとんどが患者の嚥下機能の衰えを認識しておらず、肺炎が治れば元通りになると考えている方が非常に多いです。そのため、肺炎は治療したが嚥下機能は廃絶していることを告げると、あたかも癌告知のようなショックを受ける家族もいます。誤嚥性肺炎を起こすことは、たとえそれが初めての誤嚥性肺炎であっても嚥下機能がギリギリの状態にまで衰退している場合も少なくはなく、癌の進行と似たようなものなのかもしれません。少なくとも、患者の機能が相当に衰えていること、人生の最期についてそろそろ考えるべき時期がきていることを十分な時間をかけて本人や家族に伝えるという意味で、入院・救命の意義はあるかもしれません。

【日経メディカルナーシング】
by kura0412 | 2016-02-08 15:04 | 嚥下摂食

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