日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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どう乗り切るかー盟友甘利大臣辞任

アベノミクス「盟友カルテット」が崩れた日

首相の安倍晋三にとり、甘利明の経済財政・再生相辞任は政権の「存立危機」並みの衝撃だ。
甘利はアベノミクスの推進に加え、現政権の権力構造そのものの要石でもあったからだ。内閣中枢を成す「盟友カルテット」のバランサー役。成長戦略を練る経産官僚グループの司令塔。しかも環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉責任者。想定外の退場で政権の変質は避けがたい。

■権力構造を安定させた「緩衝役」の退場
「アベノミクスをやって、本当に良かったじゃないか」
2015年12月23日夜。東京・赤坂の中華料理店で、互いをねぎらうこんな声が上がった。16年度予算編成が実質的に決着し、安倍を副総理・財務相の麻生太郎、官房長官の菅義偉、そして甘利が囲んだ会合。12年12月に安倍が首相に再登板して以来、この内閣中枢カルテットは3年以上も不動だった。この4人のほかにずっと閣僚を務めてきたのは、外相の岸田文雄だけだ。
4人の出身派閥はバラバラ。安倍が最初に首相の座に就く過程で、派閥の垣根を超えて盟友関係を築いた。第1次安倍内閣でも麻生は外相や自民党幹事長、菅は総務相や党選挙対策総局長、甘利は経産相を務めた。その後の麻生内閣や野党時代の終盤に安倍が党総裁に返り咲いた際も、菅と甘利は閣僚や党執行部の要職で支え、絆を深めた。
黒田東彦の日銀総裁任命。消費税率8%への引き上げ。10%実施の見送り。法人税の実効税率引き下げ――。現政権で、アベノミクスを軸とする内政面での重要な意思決定は、大抵はこの盟友カルテットの密室協議でケリがついてきた。安倍は党政調会長には高市早苗、次に稲田朋美と安倍シンパながら経済財政政策に経験の浅い議員を使い、内閣主導体制を鮮明にした。

安倍は再登板した当初の「経済再生と財政健全化の両立」(骨太方針2013)から、「経済再生なくして財政健全化なし」(骨太方針2015)へと経済成長重視への傾斜を強めてきた。菅は一貫して安倍に寄り添い、麻生が財務省流の財政規律を主張する。そのはざまで経済財政政策の調整役だった甘利はバランスを測るように、安倍に合わせて成長重視路線に軸足を移した。
菅と麻生の間に甘利が入り、2対1の構図を創り出す。それにより、首相官邸と財務省が正面衝突して安倍が乗り出す前に、綱引きを決着させた場面も多い。カルテット内の暗黙の序列で「第4の男」を自任した甘利はこんな緩衝材役も演じ、権力構造の安定を下支えしてきた。
人間関係が重層的なアヤを織り成す4人だったから、盟友関係が崩れにくかったとも言える。甘利がほとんど介在しなかった消費税の軽減税率問題では、菅と麻生がぎくしゃくした。2人のすきま風もささやかれ始めた矢先。新経済再生相の石原伸晃にバランサー役は荷が重い。
マクロ政策をつかさどる経済財政諮問会議。成長戦略を練る産業競争力会議。設備投資の拡充を狙う「未来投資に向けた官民対話」。賃上げの旗を振る「経済の好循環実現に向けた政労使会議」――。安倍が次々に林立させたこれらアベノミクス関連の官邸政策会議の切り盛りも、甘利が一手に引き受けてきた。その知恵袋は、官邸周辺に進出した経産官僚のグループだ。

■「経産省内閣」の支柱折れ、霞が関の力学に波及も
「日本経済再生本部を司令塔に『失われた国民所得50兆円奪還プロジェクト』を展開し、『縮小均衡の分配政策』から『成長による富の創出』への転換を図る」
これは安倍が首相再登板を果たした12年衆院選の自民党の政権公約の一節だ。まとめたのは政調会長だった甘利。経済再生相に就くや、全閣僚でつくる「日本経済再生本部」を新設し、内閣官房に総合事務局も置いた。13年5月、ここを仕切る事務局長代理に、経産相時代から旧知で、経産省製造産業局長だった菅原郁郎(1981年入省)を兼務で据えた。自らの政務秘書官にも、経産官僚を抜てきした。
安倍も首席首相秘書官に元資源エネルギー庁次長の今井尚哉(82年)、首相補佐官に元中小企業庁長官の長谷川栄一(76年)と経産省出身者を側近スタッフに重用。慶大教授の竹中平蔵は「経産官僚内閣」と呼んだ。「経産省内閣」と言わなかったのは、政治家に一本釣りを受けた官僚たちの個人プレーの色彩が強いと踏んだからだが、3年後を見れば「経産省内閣」だ。
菅原は経産省の筆頭局長である経済産業政策局長を経て、15年7月に事務次官に昇格。その後も日本経済再生本部の事務局長代理の兼務を続ける異例の配置を取ってきた。それほど甘利―菅原ラインが太かったのだ。規制改革の旗を振る竹中の影響力も国家戦略特区諮問会議などに限られ、経産省は財務省の頭も抑えて官邸直結を享受してきた。そんな「経産省内閣」の支柱が折れた。霞が関の各省間力学にも波及せずには済まない。

「TPPの署名式については、直前の関係国の閣僚会合で重要な議題が話し合われる。これまで交渉に一貫して携わってきた甘利担当相でなければ、適切に対応することは難しい」
官房副長官の萩生田光一は27日午前の記者会見で、2月4日にニュージーランドで開くTPPの署名式には甘利の出席が望ましい、と強調していた。安倍は従来、外務、経産、農水、財務の4省が縦割りのまま進めてきた通商交渉体制を問題視し、内閣官房にTPP政府対策本部を新設。交渉権限も担当相の甘利に一元化し、首相直結のワンボイスで臨む仕組みに変えた。
甘利が米国で交渉現場の全権を握る通商代表部(USTR)代表のフロマンと丁々発止、渡り合えたのも、一元的な「日本版USTR」機能のなせる技といえる。半面、自動車の関税から農産物の例外扱いまで、分野横断的な交渉の経緯や機微に精通する閣僚も甘利だけだった。
TPPの批准とその実施に向けた国内対策関連法案の審議は通常国会後半の4~5月の最大の争点となる。唯一最強の答弁閣僚を失って矢面に立つ安倍。28日夜、記者団に「甘利氏には何とか耐えて、政策を進めて欲しいとお願いしてきた」と慰留しきれなかった無念さをにじませた。「築城三年、落城一日」。年頭所感でこう政権運営を自戒した時には、夢想だにしなかった危機に直面した。=敬称略

【日経新聞】



普通の大臣辞任とは全く異なり、安倍政権へのダメージは色々な点で大きいようです。順調に進んでいた第二次安倍政権での最大の問題となりそうです。
歯科界の複雑化した参議院選挙への対応にも微妙に影響してきそうです。
by kura0412 | 2016-01-29 08:53 | 政治 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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