あまりにもセンセーショナルの研究だっただけに

STAPとiPS細胞に生まれた不幸な誤解を解く

“夢の万能細胞”STAP細胞を巡る騒動もやっと終息に向かい始めた。
2014年3月5日、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市中央区)が、再現性が疑われていたSTAP細胞樹立に必要なコツをやっと公開(STAP細胞の研究成果について)、この混乱を収める第一歩を歩みだした。

今年1月30日、英科学誌ネイチャーの巻頭を飾ったSTAP細胞の論文は、わが国で科学者だけでなく一般市民にも大きな関心を呼んだ。一度分化成熟した細胞は、核移植や山中4因子の遺伝子導入などよっぽど劇的で人為的な操作をしない限り、後戻りして受精卵のような多能性を獲得(初期化)することはない、という細胞生物学の常識を覆したことが科学者を驚愕させた。
加えて一般市民を熱狂させたのは、この発見を報告した理研発生・再生科学総合研究センター・細胞リプログラミング研究ユニットの小保方晴子ユニットリーダーが30歳と若く、そしてTV受けする“女子力”豊かな研究員だったためである。発表と同時に数多のモーニングショーにまで取り上げられた。STAP細胞そっちのけに、彼女のファッション、ペットであるスッポン、カラフルでムーミンのシールがべたべたと貼ってある研究室、そして割烹着で実験する小保方さんの姿が衆目を釘付けした。元特許庁のトップが真顔で「小保方さんは何枚割烹着を持っているのだろうか?」と問い合わせてくるほどのフィーバーとなった。
しかし、メディアが人為的に合成した“国民的ヒロイン”の賞味期限は1カ月ももたなかった。相次ぐ論文の図の誤用や他の論文からのコピーペーストの痕跡など疑惑がウェブ上で指摘され、理研や科学誌ネイチャーまでが調査を開始した。さらには1週間で樹立できると喧伝されたはずの、STAP細胞の追試が現在に至るまで論文の関係者を除き成功したという報告がないという事態に至り、わが国のマスメディアは一転、一斉に疑惑を書き立てた。皮肉なことにメディアでは女性週刊誌だけが、小保方ユニットリーダー擁護に廻るという倒錯した状況となっている。

記者会見でだけ配られた1枚の補足資料が騒動の最大の原因
理研は箝口令は敷いていないというが、共同研究者である理研の研究者は貝となって口を閉ざし、唯一、理研から山梨大学生命環境学部に移籍した若山照彦教授だけがSTAP細胞の研究を擁護するために国内外のメディアの取材に応じて孤軍奮闘しているだけだ。このままでは、STAP細胞という多細胞生物システムの恒常性を維持するために必要な組織再生や修復という現象を解明できるかもしれない魅力的な科学的仮説と有能な女性研究者の前途が、理不尽に葬り去られる可能性すらある。
取材を進めると、こうしたマスメディアでの毀誉褒貶の原因は、理研の説明を鵜呑みにして無批判に報道したメディアの責任と、難しい科学より小保方さんの個性に着目する大衆の好奇心にも責任はあるが、STAP細胞の成果を発表した理研の記者会見とその後の対応にも大きな原因があった。
現在でも公にされていない記者会見でだけ配られた1枚の補足資料に、この騒動を引き起こした最大の原因があった。この補足資料は、小保方ユニットリーダーの共同研究者が作成・配布、理研の広報の事前チェックはなかった。
補足資料はSTAP細胞と多能性を持つiPS細胞との比較を図示したもの。口頭で説明を加えた。これによって、新聞やテレビなどの論調は大きく影響を受け、STAP細胞とiPS細胞に不幸な3つの誤解が生まれたのだ。iPS細胞と比べて、STAP細胞は安全で、簡単に誘導でき、効率も良いという何ら科学的検証も経ないイメージが垂れ流されてしまった。
こうした偏った知識を与えられた社会は、その後のSTAP細胞の図誤用疑惑、そして追試ができない疑惑によって、大きな反動と落胆をSTAP細胞と理研に対して抱かざるを得なかった。言わば今回のSTAP細胞騒動は一種の人災ともいえるだろう。いずれの誤解も時間の経過を無視して、8年前にiPS細胞が樹立された極めて初期的な段階とあえてSTAP細胞を比較した作為によって生まれた。理研が最新の研究成果と比較するというフェアな、科学研究では当たり前な説明の姿勢を取らなかったことが大きな禍根を生んだ。

再現性こそSTAP細胞のアキレス腱
第一の誤解は、iPS細胞よりSTAP細胞ががん化のリスクが低いという誤解。
まず、STAP細胞は樹立されたばかりで、まだ十分ながん化などのリスクの評価データがないのが事実。臨床研究目前のiPS細胞は安全性試験のデータを蓄積しており、比較の対象にすらならない。「弱酸性の溶液に漬けるだけで初期化するから、安全」というイメージを先行させてしまった。iPS細胞はゲノムを傷つけるから危険だという誤った思い込みを持つ記者の誘導に、理研が乗った形になってしまったのは、誠に残念である。
膨大な国費を投じ、iPS細胞を再生医療に応用するために安全性を確保し、工業的に品質を確保するための研究が進んでいる。現在では、iPS細胞はプラスミドベクターによって一過性に山中因子(しかも、c-Mycの代わりにより安全なL-Myc遺伝子使用)を発現し、iPS細胞を樹立するなどがん化を防ぐ手立てを打っている。
iPS細胞から分化誘導した細胞の中に混入した未熟細胞を除去する技術にも相当な進化がある。その証拠に、昨年、厚労省は幹細胞臨床研究倫理指針に基づき、iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の臨床研究を承認した。これは臨床研究ではあるが、GMP準拠で生産したiPS細胞由来の分化細胞の安全性がしっかりと認められたことに他ならない。しかも、STAP細胞の発見者である小保方ユニットリーダーが所属する理研発生・再生科学総合研究センターが進めている臨床研究である。これを理研が知らないというのは全くの不合理だ。
 
第二の誤解はiPS細胞の誘導効率が0.1%でSTAP細胞の誘導効率は30%、300倍もSTAP細胞の方が効率良く誘導できるという誤解だ。
iPS細胞が初めて樹立された、2006年には樹立効率は0.1%だった。しかし、2009年には20%まで上昇、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授らのグループが発表している。また、イスラエルのグループが2013年に7日間でiPS細胞に処理した細胞を100%誘導できたとも発表している。
しかも、STAP細胞はiPS細胞に比べて増殖性が極めて低く、そのままでは再生医療や医薬品のスクリーニングなどには利用できない。そのため小保方さんらはES細胞を培養する培地でSTAP細胞を培養し、増殖性を獲得したSTAP幹細胞へ転換する方法も開発している。この細胞はSTAP細胞のように胎盤へ分化する能を失っており、iPS細胞やES細胞にそっくりな細胞だ。小保方さんの論文では分化した細胞からSTAP細胞になる効率が約10%程度であるとし、STAP幹細胞への誘導効率は10~20%とすると、せいぜいSTAP幹細胞の樹立効率は1~2%に止まる。STAP幹細胞ですら再生医療への応用にはまだ道遠しという状態である。

第三の誤解はSTAP細胞の樹立がiPS細胞より簡単だという誤解だ。
これが論文発表後の追試ができないという疑惑に拍車を掛けた。弱酸性の液に漬けるだけというSTAP細胞誘導の手法は、iPS細胞に比べて簡単であることは間違いない。しかしSTAP細胞が本当に誰でも簡単にできる再現性が確保できているのか? それは今後の課題なのだ。
3月5日に理研が公開したSTAP細胞樹立のコツも、赤血球の混入は駄目、マウスの出生後10日以前の組織でないと効率が悪い、細胞が80%程度死滅する条件が良いなど、多数のノウハウがSTAP細胞の樹立には必要だ。小保方さんですら明確に認識していない条件もまだまだありそうで、とても一筋縄では樹立できるものではない。
これに対して、ES細胞に似た細胞を誘導しようと、ES細胞で発現の高い遺伝子群を研究、そこから山中4因子を選抜して誘導に成功したiPS細胞は、確かにSTAPより手法は面倒くさいが、世界中のES細胞を使って初期化を研究していた研究者にとっては、iPS細胞の樹立は極めて簡単な技術だった。iPS細胞では長い研究の歴史があるES細胞研究のノウハウ(培養法、評価法など)が全て利用できたためだ。こうしたiPS細胞とES細胞の互換性の結果、論文発表後、続々と世界中で追試が成功し、発見後たった6年の2012年にノーベル賞が与えられたのだ。
理研が手法は簡単と発表したSTAP細胞だが、温和な刺激で初期化するため、むしろ再現性が難しい。再現性こそSTAP細胞のアキレス腱だった。5日からコツを公開したが、これを読んでも、まだ誰でもSTAP細胞を樹立できるわけではない。より詳細に、そして広汎に論文に書いていないノウハウを公開したり、研究者を受け入れて技術を伝授したりする必要があるのだ。

幹細胞システムの謎を解く発見につながる可能性
理研は既に、STAP細胞の樹立法の詳細で、しかも体系的な説明を掲載した論文発表を準備中だ。
今回、STAP細胞発見に対して理研神戸研究所が成した最大の貢献は、増殖能力に乏しいSTAP細胞を増やす特殊な培地を理研の別の研究者が提供したことと、現在山梨大学に移った若山教授の職人芸で、STAP細胞を胚盤胞に移植し、キメラマウスを発生し、その多分化能に確証を与えたことだ。世界でも、この二つの先端技術をそろえているのは神戸の理研に他ならない。当初から他の研究機関では追試が困難な状況が予測されたのに、対策が後手後手に回ったのが何とも悔やまれる。
iPS細胞が発見されて8年、再生医療や医薬品のスクリーニングへの応用は急速に発展している。だが、細胞の初期化機構の謎はまだまだ解明が遅れている。STAP細胞は細胞初期化の分子メカニズムやひょっとしたら多細胞生物の組織修復や個体の維持を保証している幹細胞システムの謎を解く発見につながる可能性がある希望の星だ。山中教授らのグループも別の研究から今から考えるとSTAP細胞と共通点がある現象を見つけており、近く論文発表される可能性がある。
東北大学医学部の出澤真理教授が2010年に発表したMuse細胞や海外のグループが発表したMAPC細胞など、成人の組織に常に存在する微少な多能細胞群は今までなかなか研究が進展していなかったが、ひょっとしたらこれらの細胞はその細胞を分離するための操作により二次的に誘導されたSTAP細胞なのかもしれない。成人の組織の中に多能性細胞が存在するのか? それとも誘導されるのか? 根本的な細胞生物学の問いにも、STAP細胞の研究が解答を与える可能性がある。
理研はSTAP細胞のノウハウをどんどん公開して、この研究を世界に広める責務がある。iPS細胞に続いて、STAP細胞という大発見がわが国の研究者によって成された幸運を、わが国は最大限活かさなくてはならない。目前の再生医療よりも、もっと根源的な細胞の初期化研究に焦点が当てられるべきであろう。

ネイチャーへの論文掲載直前に、編集者から論文の内容の入れ替えに近い大幅な論文の手直しを要求されたことに同情の余地はあるが、同じ胎盤の図を誤用したり、材料と手技の章で他の論文からコピーして貼り付けた痕跡があるなど、STAP細胞の論文の杜撰なミスは是々非々で正さなくてはならない。理研の調査委員会などで、実験ノートと照らし合わせて、実験の信頼性を確認、速やかに訂正すべきだろう。加えて、慢性的なマスコミの勉強不足と、マスコミの報道が国からの研究予算確保に影響を与えるため、過大な期待を抱かせるような記者発表が横行しているわが国の大学や研究機関の広報に対する姿勢にも、共に猛省が必要である。
いくつかのボタンの掛け違いで、思わぬつまずきをSTAP細胞は経験した。信頼回復という重いハンデを背負ったが、今までも艱難を経てきた小保方ユニットリーダーは決して諦めはしないだろう。私たちも一過性ではなく、持続的な関心をSTAP細胞研究に注がなくてはならない。
STAP細胞の研究に関しては、日経バイオテクONLINEの「Wmの憂鬱」というコラムサイトで持続的に報道中だ。この他、先進医療やバイオテクノロジーなど医療を大きく変える技術突破を中心に記事を執筆中だ。是非とも下記のサイトとSTAP細胞関連記事もご一読願いたい。

【日経メディカル】



研究があまりにもセンセーショナルだっただけに、これ程の反響は関係者の想像以上だ会ったのかもしれません。
どうなんでしょうか、当面はやはりiPS細胞かなという印象です。
by kura0412 | 2014-03-10 10:54 | 思うこと | Comments(0)

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by kura0412