岩見隆夫氏休載のまま

サンデー時評:年初、安倍・大江の「公開討論」を
◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

新年号から冴えない話と思われるかもしれないが、この国、実際にどこに漂流していくのか、深刻に気をもんでいる人が意外に多いのである。言論界の様子をみていると、
〈日本の崩壊〉
という言葉が頻繁に登場してくる。有識者や学者がそう予見しているからで、国が崩壊するとは具体的にどういうことなのだろうか。そんな空気に影響されてか、暮れの党首討論では、安倍晋三首相の口から、
「日本を取り戻そう!」
という言葉が出てきた。首相の潜在意識のなかに一種の欠落感があることが読み取れる。何からの欠落かが重要で、取り戻したいのが、かつての日本の〈よい部分〉を指しているなら、その〈よい〉のが何かを見極めるのがさらに重要だと思われる。一国のトップが、ただ、漠然と取り戻そうでは無責任で話にならない。
日本が簡単に崩壊するほど脆弱(ぜいじやく)な国家とは、私はまったく見ていない。たくましさを十分備えている。ただ、世間の思考動向もまことに千差万別で、心もとなく、危なっかしい。

さて、時代はめぐり、二十一世紀も七分の一を過ぎようとしているが、いよいよ本格的な転換期にさしかかったと言ってよい。どういう種類の転換かは、人により、立場により違ってくるが、一年あまり前、首相の座に就いた時、安倍晋三首相の立場は明快だった。憲法九条改正を安倍政治の中心に据えたからである。
それ以前の歴代自民党政権は、九条問題に関心がほとんどないに等しかった。あとの三代民主党政権は九条を忘れていたか、避けていたも同然だった。
しかし、安倍さんは明らかに違っていた。首相の適齢としては若い五十八歳の熟年指導者の心のなかで、何かがバシッとはじけたな、と私はそのとき直感的に思った。もしそうだとするなら、画期的なことである。

先の衆院選、首相就任前の演説でも次の決意を述べている。
「自民党が政権公約において、憲法の九条改正によって自衛隊を『国防軍』と位置付けるとしたのも、不毛な論争に決着をつけて、歴史の針を進めるために他なりません。
自国の民を守るために戦わない国民のために、代わりに戦ってくれる国は世界中のどこにもありません。
日本が抱える課題を列挙してみると、拉致問題のみならず、領土問題、日米関係、あるいはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)のような経済問題でさえ、その根っこはひとつのように思えます。すなわち、日本国民の生命、財産および日本の領土は、日本国に政府が自らの手で守るという明確な意思のないまま、問題を先送りにし、経済的豊かさを享受してきたツケではないでしょうか。まさに『戦後レジームからの脱却』が日本にとって最大のテーマであることは、私が前回総理を務めていた五年前と何も変わっていないのです」

◇燃えたぎる心の血が事態を先に進める
憲法九条改正は日本の最大のテーマ、の再確認である。
世間や、自民党内では中曽根康弘元首相ら九条改憲派の期待が一気にふくらみ、それに向けた法案整備などの動きにも拍車がかかった。しかし、この一年の安倍政権の足跡をたどってみると、日本最大のテーマとした九条改正論の推進力がトーンダウンした。安倍さんの心境に変化があったかどうかは判然としないが、
「政権の人気維持のために、一時的にアベノミクスに重点を移したのは仕方ない」
という見方が大勢だった。私もそれが間違っているというわけではない。だが、首相とは一体、何をするためにあるのだろうか。九条改正とアベノミクスの取り組みに優先順位をつけるために座っているのだろうか。違うと思う。アベノミクスは最緊急課題であり、九条改正は第一次安倍内閣の時からの日本最大テーマに変わりはない。しかし、世間は、

「憲法で飯は食えないぞ」
と悲鳴をあげる。これには反論しにくいが、日本最大のテーマをとりあえず横において各論から始めるのが政治の本道か。
いま、国民の憲法意識は、九条改正確信派二割、改正阻止派二割、煮つめて考えてこなかった派が六割と私は見ている。国民に「考えてもらう」のが先決だ。せめて「考えてもらう」比率を七割ぐらいまで広げないと話にならない。
このカギを握るのは、国民世論とのエネルギッシュな対話を通じ、議論を深めることしかない。
九条改正の動きに警鐘を鳴らし、改憲の企てを阻むため一人一人の努力を呼びかけた「九条の会」が民間にできたのは、およそ十年前の二〇〇四年六月である。日本を代表する九条護憲派の井上ひさし、梅原猛、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子と代表世話人のノーベル文学賞受賞の作家、大江健三郎の計九人が代表に名を連ねた。
「九条の会」は翌年七月、東京・有明コロシアムの大会場で講演会を開いた。トップの三木さんの、
「今年八十八歳のおばあさんでございまして……」
で始まる講演は短いものだったが、深い感動を残した。世界の平和とは何か、をトツトツと静かに語り印象的だった。一方で、
「これは何とかせねばならないと、燃えたぎる心の中の血を、それこそ文字どおり燃え立たせているわけでもございます」
と語り、演題にも「血を燃え立たせてやってきた」とあった。
以来十年近く、「燃えたぎる心の中の血」こそが、事態を先に進めると私は信じてきた。改憲推進派がそれを備えているだろうか。擁護派はこの十年に三木、加藤、小田、井上を亡くしている。全国で三〇〇〇を超える支部が立ち上がっているが、「たぎる血」がどれほど燃え立っているか。
二〇一四年初頭、安倍首相は「九条の会」の大江健三郎代表世話人と是が非でも公開討論会を開き、国民の目の前で、耳に聞こえるところで、「たぎる血」のほどを語り合うべきである。詳細は次号で。

<今週のひと言>
今年、ミカンがうまい。

【サンデー毎日2013年1月5-12日新春合併号】



サンデー時評:岩見隆夫氏死去 享年78歳
◇潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう=サンデー毎日編集長)

サンデー毎日連載「サンデー時評」の筆者で毎日新聞特別顧問の岩見隆夫さんが1月18日午前9時28分、入院先の慶應大学病院(東京都新宿区)で、肺炎のため亡くなりました。78歳でした。
1935年、旧満州大連生まれ。47年に山口県防府市に引き揚げ、中学・高校を卒業。58年に京都大学法学部を卒業後、毎日新聞社に入社。政治部副部長、サンデー毎日編集長、編集局次長などを経て2007年に退社。89年から2013年12月まで『毎日新聞』紙上に政治コラム「近聞遠見」、98年新春合併号から「サンデー時評」を連載。「政治報道に新生面を開いた」として、92年に日本記者クラブ賞を受賞した。
2013年6月16日号の「サンデー時評」で〈末期がんを宣告された日〉を記し、末期の肝臓がんであることを告白。以後も入退院を繰り返しながら病床で時評を書き続けたが、今年の新春合併号掲載の788回を最後に治療に専念し、休載していた。
主な著書に『陛下の御質問』『昭和の妖怪 岸信介』『総理の娘』など。昨年5月、近年のサンデー時評などをまとめた『安倍内閣の研究』(毎日新聞社)を上梓(じようし)。同7月『敗戦 満州追想』(原書房)が最後の出版となった。

編集長の大先輩である岩見さんは『サンデー毎日』をこよなく愛し、死を覚悟しながら「ペンをとれる限り、サンデー時評は書き続ける」と繰り返された。
体調厳しい週もあったが「大丈夫。読んでくださる読者がいる」と、時に震える文字で、手書き原稿を送られた。
昨年12月末に届いた最後の原稿には、手紙が添えられていた。死の淵(ふち)にあってなお、この国への希望と執筆の意欲を伝える内容。起き上がるのもきつい状況で、文末には「ご自愛を」と。
温かいまなざしと長年の執筆に心から感謝します。安らかにお眠りください。ありがとうございました。


◇最後の手紙
潟永さま
入院の小生を何かといたわっていただき感謝にたえません。余命はわかりませんが、身体の許す範囲で頑張る所存、これまで通りのご支援をお願いします。
年の瀬、ぼんやり病室から窓の外を眺めていると、この国まんざらでもないなと思えてくることが多いです。
最近の「秘密」「猪瀬」騒動だけを見ると、亡国の淵にあるような錯覚にとらわれますが、来年は別の視点も取り入れたい、などと思っています。いかがなものでしょう。
ともあれ、ご自愛を。

岩見

【サンデー毎日2014年2月2日号】



ガンで病院に入院しながらも連載を続けていた政治評論家の岩見隆夫氏が亡くなりました。
自身の体験や自論をぶつけるだけの多い昨今の政治評論家の中で、平らな視点で論評することが多く好きな評論家の一人だっただけに残念です。
この記事見る限り、最後の最後までその職を全うしたことが分かります。
評論家としての悔いは残っていないでしょうが、現在の政治には心配して亡くなったのかもしれません。
ご冥福をお祈り申し上げます。
by kura0412 | 2014-01-23 17:54 | 思うこと | Comments(0)

コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412