「アメリカは、東日本大地震をどう受け止めたのか」

求められる国際社会への情報開示・小池良次「シリコンバレー・イノベーション」

同地震は米国時間の深夜に発生したこともあり、多くの米国人は早朝のニュースで日本の惨状を知った。私の住むシリコンバレーでは、ローカル・テレビ局が地震や津波の映像を繰り返し流し、気象予報士は太平洋を渡って押し寄せる津波の状況を解説した。自宅から30分ほどの港町ハーフ・ムーンベイやサンフランシスコ湾口などには、約1メートルの津波が3月11日金曜日(米国時間)の昼頃に押し寄せ、ヨット・ハーバーや漁船に軽い被害がでた。

米メディアの報道合戦と人道支援の拡大
M9.0の激震と7mを越える津波のニュースは米国人を驚かせるとともに、ほぼすべてのマス・メディアで空前の報道合戦が開始された。大手メディアは急遽、日本に特派員を派遣し、現地からの報道体制が強化した。アメリカ市民がこれほど身近に"日本"を感じたのは、近年にないことだ。
テレビやラジオでは、派手な特派員報告や特別ニュース番組が組まれ、イラン・イラク戦争の開戦時を思い出させる。ニュースは当初、被災地の様子が中心で、継続的な余震と津波に関する分析や地震の原因、被災者の冷静な対応も話題となった。オバマ大統領を筆頭に、米国政府高官による「日本支援」のメッセージが次々と出された。
2日目あたりから死傷者や被害状況について詳しい状況が報道され、その死傷者と避難民の多さが一般市民の同情を呼んだ。私自身も多くの知人や友人からお見舞いのメールを受け取った。また、米国市民の間からは、日本向け募金などの支援活動が始まった。

一方、大地震のニュースを受け、米国の電話会社・CATV会社は一斉に日本への支援体制を引いた。まず、AT&T、ベライゾン・コミュニケーションズ、スプリント・ネクステル、Tモバイルの電話大手は、日本への通話およびテキストメールの無料化(4月上旬ぐらいまで)を実施した。また、コムキャスト(CATV最大手)やタイムワーナーケーブル(同2位)も電話サービス、メールサービスの無料化に踏み切った。
そのほか、CATVやIPTV、衛星放送など有料TVサービス各社は、NHKニュースの同時中継を続けるジャパン・テレビ・チャンネルの無料化を行った。これにより在米日本人は、ほぼ日本と同時に被災状況の把握が可能となった。
2010年に発生したハイチ大地震(マグニチュード7.0)、チリ大地震(同8.8)では、携帯電話会社が募金活動で大きな成果をあげた。今回も携帯各社は募金用SMS番号を開設し、携帯ユーザーがテキスト・メールを打つだけで、簡単に日本向け募金ができるようになっている。週が明けると、様々な団体や学校でも日本への災害募金が広がっていった *2。グーグルやアップル、マイクロソフトなどのハイテク大手も次々と日本へ大口募金を発表した。

英語による情報開示の重要性
一般マス・メディアの報道合戦を横目に、業界誌など専門メディアでは十分な報道ができていない。私の専門とする米国の通信業界について言えば、業界専門誌のライト・リーディング(Light Reading)誌が地震発生直後に「日本の東北部で大地震が発生。日本の大手携帯3社に甚大な被害」と速報を出し、その後、NTT東日本など日本の通信ネットワークが大きな被害を受けた状況を報道している。

*2 ちなみに、息子の通う学校でも、月曜の朝礼で東日本大地震の話があり募金活動の準備が進んでいる。また知人の話では、彼の子供が通う小学校でも募金コンサートが開催されたという。

ただ、多くの通信業界誌は、日本の通信ネットワークがどの程度被害を受け、どのような復旧計画を進めているかについて、報道したくても情報不足に悩んでいるようだ。前述のライト・リーディング誌も、通信社の速報や一般ビジネス誌の取材情報などを集めて記事にまとめており、直接取材まではできていない。
これは日本側の情報開示にも問題がある。NTT *3やKDDI、ソフトバンクなどの英語サイトを調べても、英語による被災情報や復旧計画についてはほとんど情報を提供していない。これらの通信キャリアは米国企業の顧客をもっており、日米間でビジネスを行っている。日本の本社はネットワーク復旧に忙しいとしても、米国法人は日本で発表されている地震情報を英訳し、情報開示を進めるべきだろう。
ちなみに、今回の地震では被災地域の通信サービスは麻痺しているが、日米間の通信サービスは平常通り動いている。しかし、被災地には米国企業の工場もあるほか、米国との取引企業も多い。米国とのビジネスには少なからぬ影響を与えるため、できる限り詳しい被災状況を開示すべきだろう。
私は、自分が専門とする通信業界についてのみ、英語での情報開示の状況を調べた。もし、ほかの業界でも同じような状況であれば、残念としかいいようがない。日本は世界第3位のGDP(国民総生産)を誇る国であり、世界中の投資家が日本企業に投資している。また、日本の高度な生産技術やサービスに多くの欧米企業が依存している。
確かに歴史的な災害に直面しているわけだが、日本の経済活動は日本だけを支えているわけではなく、欧米アジア諸国の経済活動に深く連動している。こうした災害時こそ、海外に駐在する日本企業関係者は、正確で迅速な情報開示の努力が求められている。

ワシントンを揺さぶるFUKISHIMA DAIICHI
地震発生から日を追う毎に、人道的な支援が米国の一般市民に広がった。一方、米国のメディアは、発生から5日ほど経った段階で、その論調を大きく変えている。被災地のニュースが減り、福島原発の状況と日本経済の健全性 *4、復興の行方 *5などに関心が移っている。
『FUKUSHIMA DAIICHI』の呼称が広く知れ渡った福島原発事故については、米国メディアの報道も錯綜している。当初、米国の原子力関係者は日本同様「原子炉の安全対策は何重にもなっており、チェルノブイリ事故のような大惨事にはならない」との見解が主力だった。また、米国の主要メディアが原子力発電施設の構造や運用を十分に分からないまま、間違った報道をしているとの批判 *6もあった。この時点で、米国は福島原子力発電所の事故について、楽観的な態度を取っていた。
しかし、福島原発の状況は悪化を続けた。複数の原発で水素爆発が続いた頃になると、米国の専門家も段々、厳しい見方をするようになってきた。少なくとも「スリーマイル島原発事故以上ではないか」との見解を示す識者が増えている。

こうした雰囲気が広がる中、米エネルギー省のスティーブン・チュー長官の議会発言は、警戒論に拍車を掛けた。同氏は3月16日、米連邦下院エネルギー通商委員会の緊急公聴会に出席し「各種の報告内容が矛盾しており、状況が十分に把握できない」と述べる一方「たぶんスリーマイル島事故を上回ることになるだろう」との意見を表明した。
この前後から、福島原発に関する米国メディアの報道は迷走を始める。チュー長官は、「燃料棒の露出による溶融破損が3基のうち少なくとも1基は起こっていると考えられる *7」と『炉心溶融(meltdown)』という言葉を慎重に避けている。しかし、地方テレビ局やローカル紙は、こうした内容を正確に把握し、説明しようとせず炉心溶融が発生しているとの誤報が広がった。

*3 ちなみに、米国の証券市場に上場しているNTTは、3月15日付けで米国証券取引委員会に地震に関する報告を行っている。これは一般に公開されている。http://secfilings.nyse.com/files.phpsymbol=NTTに行き、3月15日付けK-6と言う報告書がそれに当たる。
*4 たとえば、イギリスのファイナンシャル・タイムス紙のコラムニスト、Martin Wolf氏のコラムは、日本の災害復旧と経済回復は大きな挑戦だと分析している。http://www.ft.com/cms/s/0/161056a4-4f49-11e0-9038-00144feab49a.html#axzz1GppJom4T
*5 ニューヨーク・タイムズは3月16日付け東京伝として、復興に関する政府指導力の弱さを指摘する記事を掲載した。ただ、同紙は辛口の記事を得意としており、小生自身は賞賛記事にほとんど出会わない。その点を割り引いて読んで欲しい。http://www.nytimes.com/2011/03/17/world/asia/17tokyo.html?_r=2&hp
*6 たとえば、MITのJosef Oehmen博士(Department of Nuclear Science and Engineering)は楽観論を主張するとともに、メディアの誤報を指摘している。http://lean.mit.edu/about/lai-structure/faculty-researchers-and-staff/oehmen-josef
*7 a "partial meltdown" of radioactive core material in at least one of the reactors

カリフォルニア州政府も、放射能汚染物質がカリフォルニア州沿岸に達していないか「慎重にモニターしている」と言った発表をおこない、混乱の種をまいた。本原稿を執筆している今も、我が家の周りの住民が心配し「被爆した場合、どのような症状がでるのかを医師に問い合わせている」との風評が私の耳にも入ってきている。
常識的に言えば、放射能汚染物質が太平洋を越えて米国人の健康に影響を与えるほどに達すれば、日本では相当数の死傷者が出ていなければならない。それでも、カリフォルニア市民は医師に問い合わせるほど動揺している。
こうした状況にジレンマを感じたバラク・オバマ政権 *8は、菅総理大臣にお見舞いの電話を掛ける一方、米国の原子力専門家の派遣と適切な情報開示を日本政府に求めた。つまり、被災国である日本に配慮しながらも、米国市民と政府の焦燥感を伝えようとした。しかし、日本政府の報道も、日本のメディアも、こうした米国側の焦りを日本国民に知らせることはなく、日米間のすれ違いは改善されなかった。

日本人の苦手---情報開示と自己責任による行動
原子力発電所の問題は、情報開示に関する日本の保守的で誤った姿勢を浮き彫りにしている。日本では「十分な知識のない一般市民の混乱」を懸念して、完全な情報開示を危惧する声は多い。しかし、それは基本的に間違っている。今回のように、現場の状況把握が十分にできない場合では、情報の取捨選択や開示範囲の判定は適切かつ効率的にできない。
完全な情報開示をおこなえば、当然、一般市民は専門的な用語や数値などに戸惑うことになるだろう。しかし、日本には多くの専門家がおり、多数のメディアが存在する。またインターネットによる市民間のコミュニティー通信も高度に発達している。専門家やオピニオン・リーダーが、それぞれの見解により多様な判断や予測を出すはずだ。
また、専門家同士の意見交換、時としては激しい口論なども必要だろう。そうした多様な意見を報道機関やインターネットで拡散することで、問題の明確化、争点の集約、全体的な総意が形成されてゆく。
逆に、あらゆる情報を開示しなければ、多様な専門家の指摘も机上の空論になる。総意の形成もできない。

*8 オバマ大統領は環境問題の解決策として再生可能エネルギーだけでなく、原子力発電プロジェクトの再開を公約している。今回の福島原発事故は、このオバマ原子力政策に大きな影を落としている。スティーブン・チューDOE長官を含め、オバマ政権は原子力発電プロジェクトの推進を行うべきかどうかを米国民に伝えなければならない。また、ブッシュ共和党政権時代に凍結していたネバダ州ユカ(Yucca Mountain)の放射能廃棄物の超大型貯蔵施設について、その建設再開も議論になっている。同施設は、建設資金が余りに高いため、反対派が多い。こうした状況にあるため、オバマ大統領は福島原発の状況を正確に把握する必要に迫られている。

今回の福島原発の事故は、不確定要素が多く、多くの事象は推測の域にある。推論を重ねながら最善の策を検討する必要がある。つまり、メディアも国民も「東京電力および日本政府が正しい判断を行える状況にはない」と言う前提に立つべきだ。一部の新聞記者は、政府や東京電力の記者会見で責任追及をしていたが、それは適切ではない。行うべきことは、政府や東京電力に全面的な情報開示を迫ることだ。
また、東京電力も日本政府もすべての情報開示を行うと同時に「開示した情報によりそれぞれのメディアおよび個人が判断し、行動したことについて責任は負えない」という明確なアナウンスをすべきだろう。つまり、情報がどの程度の信頼性があり、どの程度のリスクを含むかを明示すべきであり、この免責と情報開示は常に、表裏一体のものだ。
多様な人種・宗教・文化を持つ米国では、こうした徹底した情報開示と総意形成の仕組みを長い歳月を掛けて形成してきた。だからこそ、十分な情報開示を行わず「安全である」かのような発表をする日本政府や関係企業の態度に米国は焦燥感を感じるのだ。

もう一度、繰り返そう。
日本は世界第3位のGDPを誇る経済大国だ。日本の経済活動に欧米諸国もアジア諸国も深く依存している。国際社会の重要なプレーヤーであり、その日本が歴史的な災害に見舞われている。
もちろん、首都圏の混乱や被災者の救助は最優先すべきだが、その一方で「日本経済がどの程度の停滞に見舞われ」「どのような支援が必要で」「どの程度で復興できるか」を諸外国にメッセージとして送り続けることにある。
それは単純だ。政府から一般企業まで徹底的な英語による情報開示を続けること---それが今、国際社会が日本に望んでいる事ではないだろうか。

【現代ビジネス】



バスケットの外国人選手も続々と帰国しています。仙台、東京、新潟、そして大分、宮崎の選手もです。彼らは母国からの情報で判断をしているようです。
by kura0412 | 2011-03-19 10:00 | 地震

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by kura0412