新潟にも被災者が避難

県内への被災者2600人超 新潟市内は満員状態

東日本大震災で被災した多くの人たちが、県内で避難生活を始めた。16日昼までに福島県や宮城県、茨城県などから2600人を超え、新潟市内の避難所は満員の状態。阿賀町の温泉施設や南魚沼市のスキー場に逃れた人もいる。「もう帰らない」「いつになったら戻れるのか」。さまざまな胸の内を明かした。

新潟市中央区の市体育館には約600人が避難した。
仙台市の東北大大学院の留学生、管梅芳さん(28)は15日にバスで約8時間かけて新潟に来た。新潟大の留学生の友人と再会し、安心した様子だったが、「日本が落ち着くまでいったん中国に帰りたい」と望んだ。
同市西区の県自治研修所では、新聞を開いて「あの人も亡くなったんだ……」と悲鳴に近い声を上げる人の姿が見られた。
15日夕から身を寄せている看護師鈴木晴美さん(38)は、2人の息子と夫、親戚ら12人で福島県南相馬市から避難してきた。自宅は福島第一原子力発電所の20キロ圏内のすぐ近く。「少しでも遠くへ」と、勤務先の病院を辞める覚悟で、12時間以上かけて来た。もう南相馬に戻るつもりはない。「放射能が怖いし、街があんな状態では住めない。今後どうやって生活していけばいいのだろう」

柏崎市内では2カ所に200人以上が避難した。福島第一、第二原発で働く人やその家族がほとんどで、両原発が立地する福島県大熊町や宮岡町の住民が多い。会社や親戚のつてを頼ってきたという。
地震当時、福島第一原発の屋外で作業中だった男性(22)は「立っていられないほど揺れてすごく怖かった。地面に30センチくらいの段差もできた」と語った。
新発田市本町4丁目のカルチャーセンターには16日夕までに約320人が避難。発電機と投光器も用意されたが、市の担当者によると、東北電力から「計画停電を実施する場合も、電力を供給する」と連絡があったという。
南相馬市から2台の車で避難してきた佐藤クミ子さん(61)は「状況が落ち着いたら家に帰りたいが、いつになるだろう」と不安そうに話した。
16日に開設された上越市の避難所に、最初に入ったのはは南相馬市の会社員志賀秀幸さん(30)夫妻と2歳の息子の家族。自宅は福島第一原発から15キロほどの距離で、県内の避難所を経て友人がいる上越に来たという。「原発は大丈夫、大丈夫といわれたが、悪い方にしか考えられない。戻りたいが(南相馬には)もう住めないでしょう」と話していた。

【asahi.com.新潟】



新潟県内で2万人被災者を受け入れる計画だとの話です。
by kura0412 | 2011-03-17 12:34 | 地震 | Comments(0)

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