日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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民主党政権のここまで

国民は民主党に愛想が尽きている

菅直人内閣の支持率が大幅に落ち込んでいる。朝日新聞が11月16日に発表した世論調査によると、内閣支持率は27%と前回10月調査の45%から急落した。また、時事通信の11月12日発表の世論調査では27.8%となり、こちらも10月調査の39.2%から急落。ともに内閣支持率は30%を割り込んだ。

民主党政権は戦後の片山政権に似ている
民主党連立内閣を振り返って見ると、戦後の片山哲内閣に似ていることに気がつく。吉田茂内閣のあと、日本社会党委員長の片山哲が1947年に首相に就任して組閣された片山連立内閣は「革新政権」と呼ばれた。当時も「チェンジ(変化)」が求められ、社会党主体の政権らしく、目玉政策として炭坑を国家管理する「臨時石炭鉱業管理法」が実現している。
片山内閣では内閣官房長官の西尾末廣さんがずば抜けた政治力を持っていた。西尾さんは戦時中、近衛文麿内閣のときに制定された国家総動員法を支持し、近衛首相に対してスターリンのような全体主義的独裁者となるよう激励したことから、衆議院で議員を除名された。この西尾さんが今の民主党における小沢一郎さんに似ているように思う。
鳩山由紀夫さんも国民の期待に応えなければならないと考えた。国民は自民党の密室談合・金権政治に愛想を尽かしている。しかも、麻生太郎内閣の2008年9月に起きたリーマンショック後、世界経済情勢は「100年に一度の大不況」と呼ばれ、日本経済も大不況に見舞われた。これが直接的な原因となり、日本国民も「チェンジ」を求めた。鳩山民主連立政権は新しい政治をつくろうと登場したのである。

事業仕分けに国民はもう期待していない
「チェンジ」のために鳩山さんが最初に打ち出した政策は何だったか。2009年9月の国連演説で「温室効果ガスを2020年までに1990年比で25%削減する」と宣言したことだ。日本の二酸化炭素は今、90年度を基準にすると7%増えている。つまり、削減目標を実現するには30%以上削減しなければならないのだ。
華々しい国際舞台への登場ではあったが、その数字に根拠はあったのか。環境省でさえも「とても無理だ」とすでにあきらめている。もし実現するのなら日本の産業は国際競争力を失ってしまうという声も多い。

次に米軍普天間基地の移設問題である。自民党は10年の歳月をかけて沖縄県名護市の辺野古に移転先を見つけていた。沖縄県も名護市も賛成していた。それを鳩山首相が「国外、最低でも県外」と言ってしまった。
国外とはグアムを想定してのことだったが、「抑止力の観点から、グアムに普天間をすべて移設させることは問題があるのではないか」と述べて断念した。では「最低でも県外」はどうか。具体的な場所の目安があったかと言えば、何もなかったのである。結局、移転先を辺野古に戻して沖縄県民の大反対にあった。

さらに、自民党の予算はムダが多いので、ムダを7兆円削減してマニフェスト(政権公約)財源を捻出すると約束し、派手な事業仕分けを行った。ところが事業仕分けで削減できたのはわずか7000億円程度である。
事業仕分けは政策プロセスをオープンにするという点では意味があったが、ムダの削減という点では無意味だった。その後に第2弾、そして今週に第3弾の再事業仕分けが行われたが、国民はもう期待していない。民主党内からも事業仕分けでは予算の削減はできないという声が上がっている。

夢破れてもなお夢見る鳩山さん、菅さんは一切夢を語らず
鳩山さんは「チェンジ」を意識しすぎて、夢を語り、自分自身も夢を見た。そして夢破れてもなお夢を見ている。
その後、菅直人さんが登場した。今年(2010年)6月に首相に就任した菅さんは、鳩山さんが夢を見すぎて夢に酔い、夢から覚めず、国民から総スカンをくったと思っているから一切夢を語らない。したがって、メッセージもなければビジョンもない。
菅内閣になって起きたことは、まず7月の参院選の敗北である。民主党の改選前の54議席が44へと後退し、参議院では与党が過半数を割る「国会のねじれ現象」となってしまった。自民党時代には参院選でこうした大敗をすれば総理大臣が交代したものだ。ところが今回は菅首相の交代はなかった。
そして夏以降、円高が急激に進んだ。参院選直後は88円台で推移していたのが最近はやや戻しているとは言え、一時80円台まで高騰した。「無為無策ゆえの円高」という批判の矛先が菅内閣へ向けられた。

戦略のなさが尖閣諸島沖問題で一挙に露呈
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件も起きた。この事件は民主党政権の不手際の連続と言ってもいい。まず中国漁船船長の逮捕である。今にして思えば、何のために船長を逮捕したのか、逮捕してどうしようとしたのか。何の戦略もなかった。しかも逮捕後、石垣簡易裁判所が9月19日に船長の拘置期限の10日間延長を認めた。
ところが、なんと那覇地検は9月24日に突然、処分保留のまま船長を釈放すると発表し、25日未明に船長を釈放してしまった。那覇地検は記者会見で「わが国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」と説明した。司法が外交的配慮をするなど行き過ぎではないか。
実際には官邸が那覇地検に漁船船長釈放の圧力をかけていたのである。ところが自分たちは知らぬ顔だ。だから那覇地検は腹を立て、上記のような異例のコメントを発表したのである。
国民はあきれ顔だ。「いったい、民主党は何をしようとしているのか」。不手際ばかりが目につく。
さらに漁船衝突ビデオ映像の問題。政府は当初から「ビデオ映像を公開しない」と決めていた。おそらく中国政府から公開しないよう日本に要望していたのだろう。日本政府はこれを中国に対する外交カードにしようとした。

APECで胡錦濤国家主席に会うことだけが目的だった菅首相
ところが、こともあろうにビデオ映像が11月4日に動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)に流出してしまう。第5管区海上保安本部(神戸市)に所属する43歳の保安官が「自分がやった」と告白し、民主党は泡を食った。なぜなら、もし保安官を逮捕すれば「YouTube」の映像が本物ということになり、中国政府の強い反発も起きかねないからだ。
中国政府が怒れば、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議にやってくる胡錦濤国家主席は菅さんに会ってくれなくなるだろう。菅さんにはメッセージもビジョンもない。APECで胡国家主席に会うことだけが目的になっていた。
つまり、胡国家主席との会談が終わらなければ、絶対に保安官を逮捕できないというわけだ。結局、捜査当局はAPEC首脳会議が閉幕した翌日の15日、証拠隠滅などの恐れはないと判断し、保安官の逮捕を見送った。
保安官は警視庁の取り調べに対して、ビデオ流失が「犯罪になるとは思わなかった」と述べている。本当は、映像の流出は犯罪であり、国家公務員法の守秘義務違反にあたると覚悟してやったはずである。
それなのになぜ、保安官は「犯罪になるとは思わなかった」と言ったのか。おそらく捜査当局がそう言わせたのである。保安官がそう言わなければ、逮捕しなければならなくなるからだ。
中国漁船衝突事件とビデオ流出問題を国民から見ていると、政府はだらしないとしか言いようがない。作戦も戦略もないままの船長逮捕に始まり、釈放を那覇地検に押し付け、ビデオ映像流出で慌てふためいて、保安官の自首に至っては困惑するばかりだ。逮捕しなければ、起訴もできないだろう。

民主党には「政党管理能力」もない
国民はもう民主党政権に愛想尽かしをしている。これが内閣支持率の急落につながっているのではないか。このままいけば下がる一方だろう。
自民党政権では、支持率が30%を割れば首相が交代して国民の批判をかわした。首相交代ができない場合は、国民の支持を失っているのだから衆議院の解散である。だが、民主党はどうか。首相交代の準備もできていないし、交代しなければならないという認識もない。衆議院の解散なんて考えてもいない。
いったい民主党はどうなっているか。ビデオ映像や機密情報の管理能力どころか、「政党管理能力」すらない。国民はそう思い始めている。
10月24日に投開票が行われた衆議院北海道5区補欠選挙で自民党前職の町村信孝氏が当選した。また11月14日の福岡市長選では、自民党と公明党が支援する元民放アナウンサー、高島宗一郎氏が大差をつけて当選した。特に福岡市長選は尖閣諸島問題をめぐる政府の対応への不満が勝因になったとされる。

おそらく野党は今後、民主党に衆議院の解散を迫るだろう。民主党はその要求に持ちこたえられるか。持ちこたえられるとすれば、どういう方法をとるのか。ところが、それがさっぱり見えてこない。民主党には、大変なことが起きているという認識もないのである。

【田原総一郎・政財界ここだけの話】



民主党政権にかなり期待をもっていた田原氏だけに意味が深い論評です。
by kura0412 | 2010-11-19 16:53 | 政治 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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