日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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「活かせぬ国家資格に」

活かせぬ国家資格に、歯科“空洞化”の予兆・歯科技工士の25歳女性のケース

「友人の知り合いの中には、過労死した人がいたと聞いた。仲間は皆、半年足らずで辞めていく」
歯科技工士の神戸由紀さん(仮名、25歳)は、深いため息をつく。手に職をつけ、一生働くことができる職業に就きたいと、高校を卒業後、都内の歯科技工の専門学校に入学した。歯科補てつ物(虫歯などを削った跡にはめる詰め物や被せ物)などの製作は、国家試験に合格した歯科医師と歯科技工士のみに認められている。
由紀さんは専門学校を卒業後、より専門技術を深めようと大学の専攻科で1年学んだ。期待を膨らまし就職活動したが、技工業界は厳しい環境にあった。
由紀さんが採用試験を受けるためラボ(ラボラトリー、技工所)を見学に行くと「週休2日あるラボなんて滅多にない。社会保険もなくボーナスもない」と話し、有給休暇という制度は、夢のまた夢のような感触だったという。そうした中でも一番に条件の良かったラボに就職した。月給23万円の正社員。

「離職したい」が4割以上
歯科技工業界では、歯科診療報酬の保険点数の範囲内で作る補てつ物を中心に請け負う“保険技工士”と自費診療の補てつ物などを中心にする“自費技工士”に大きくタイプが分かれ、由紀さんは自費をメーンにしたラボで自費技工士に当たり、周囲の技工士仲間と比べれば月給は高い。ただ、正社員採用ではあるのだが、「社会保険は未加入、ボーナスはなし」という、正社員とは名ばかりの条件だった。
実家から2時間かけて通勤していた由紀さんは朝6時に起きて出勤し、夜は終電で深夜1時頃に帰宅。残業代は支払われない。睡眠時間は4時間程度の生活を送るようになった。補てつ物や義歯1つ当たりの単価が安く、作っても作っても仕事が終わらない。由紀さんには恋人がいるが、休みが合わず月に2回程度しか会うことができない。
このままの状態で、結婚生活や子育てができるとは想像できない。夜8時に仕事が終わる日は「今日はなんてラッキーなんだ」と飛び上がりたくなるくらい嬉しくなってしまう。残業が多く休みが不規則で、飲み会もドタキャンすることが多くなり、友人から遊びに誘われることも減っていった。
それでも、由紀さんのラボはまだ良いほうだという。由紀さんの技工士仲間の中でも男性の場合、3日間も帰宅できず、寝袋を常備してラボに寝泊りしているケースは珍しくない。3カ月間、1日も休暇がなかった友人もいる。労働時間が長いうえ、小さな補てつ物を削っていくような細かい作業は集中力が必要で神経を使う。金属やプラスチックを削るため粉塵が飛び、どうしてもそれを吸ってしまうこともある。肌荒れも避けられない。専門学校の友人は次々と辞めていった。

日本歯科技工士会の「歯科技工士実態調査」(2009年)によれば、技工士の平均年収は432万円。週労働時間の平均は53.5時間。男女別では、男性の平均年収は449万円(年齢46.1歳)で週労働時間は平均54.6時間に対し、女性の平均年収は263万円(33.4歳)で週労働時間は45.5時間と差がある。全体で週に51時間以上就業する人は半数強(52.5%)を占めている。4割以上が離職したいと感じており、その理由を「給与」と挙げる人は5割を超え、「将来性」を挙げるケースも多く見られるという。初任給の平均は16万8000円、基本給の平均は13万8000円だった。
また、休日が決まっている人は勤務者でも半数にとどまる。年間休日が決まっている人の平均休日日数は全体で91.5日。「休日は決まっていない」とする人は16.4%であるが、その多くは自営者となっている。「完全週休2日」「何らかの週休2日」を合わせても週休2日制は4割程度にとどまる。「週休1日制」なども多くなっている。

冒頭のように、由紀さんの友人の同僚は20代という若さで過労死したという。お昼になってもその技工士はラボに姿を見せず、夕方になっても出勤してこなかった。同僚が「おかしいな」と話していたら、一人暮らしの部屋で亡くなっていたという。由紀さんも、あまりの長時間労働やストレスから、仕事帰りに嘔吐するようになり、2年半あまりで転職を決めた。

価格競争に歯止めがかからない
「普通の仕事がしてみたい・・・」
アパレルや販売員の職を考えたが、ラボでひたすら椅子に座って作業を続け、外部の人と接することがほとんどなかった由紀さんは、接客業に就く自信がなかったため、歯科医院の歯科助手に転じた。歯科助手はもともと資格を要さない職種がゆえに、技工士は重宝される。周囲の女性の技工士仲間も、過重労働に疲れ切ると歯科助手に転職するケースが多かった。
歯科医院で助手を始めると、残業代がきちんと支払われ、アルバイトでも月収は22万円になった。院長から正社員にならないかとも誘われたが、数カ月もしないうちに、技工士に戻りたいと思うようになった。由紀さんにとって、技工士はやりがいのある仕事だったことが、離れてみて身にしみて分かったのだ。由紀さんは、ラボに再就職し、徒歩で通えるところに部屋を借りた。
現在は、仕事で夜遅くなっても家が近い分、負担が減った由紀さん。同僚にも恵まれ、技工技術に磨きをかけることに邁進(まいしん)している。

ただ、結婚を考えると、「この職業でやっていけるだろうか」という疑問は拭えないでいる。まず、仕事と家庭が両立するか。“正社員”である以上、夜遅くまでの作業は免れない。家庭と両立させるためには、パートになるしかない。しかし、由紀さんは、「パートの技工士になる方法もあるけれど、パートの仕事は完全に分業体制のラボで、同じ部分の作業を繰り返すだけになってしまう。それでは自分の技術が劣化してしまうから、最初から仕上がりまできちんと作り上げられる正社員で働きたい」と思っている。
まだ20代半ばの由紀さんの恋愛や結婚に関する悩みは尽きない。「もし、今の恋人と別れてしまうようなことがあれば、きっと、もう恋愛に結びつくような出会いがなくなると思う。長時間労働が続いて外にも出られない。ラボの中で出会うのは技工士しかいない。そうなると、給与が安すぎて結婚の対象にはなりくい」。そう、苦笑する。

歯科技工士が厳しい労働環境に置かれているのは、そもそも発注元となる歯科医師自身が供給過剰で苦しい立場にあるからだ。厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」によれば、1982年に5万8362人(人口10万人当たり49人)だった歯科医師数は、2008年には9万9426人(同77.9人)まで増加。歯科診療所数は、厚労省の「医療施設動態調査」から2009年1月末で6万8155施設で、コンビニエンスストアの4万4391店舗(日本フランチャイズチェーンストア協会の2008年度の調査結果)の約1.6倍となっているほどの飽和状態だ。

その中で歯科診療報酬は2002年度にマイナス1.3%、2004年度はマイナス1.5%と続き、2008年度は0.42%引き上げられたが、2度のマイナス改定のダメージは大きかった。歯科医師が増える一方で、歯科医療費は約2兆5000億円とこの10年ほど横ばいだった。
歯科医師自身の生計も脅かされている中で、下請けとなる技工士にしわ寄せがいく。歯科業界の惨状を受け、2010年度の診療報酬改定は、全体で0.19%(約700億円)と10年ぶりのプラス改定した。歯科診療については2.09%(約600億円)引き上げられたが、歯科技工士に対し独立した点数がないため、いつまで経っても歯科医師の下請けとなり、価格競争に巻き込まれ労働条件は良くならない問題が残っている。

療報酬制度の中では歯科技工製作料金が明確に分離されていないため、料金設定は自由競争となっており、価格競争に巻き込まれている。もともとは医師が補てつ物を作っていた背景もあり、技工士が補てつ物を作る場合、医師からの「歯科技工指示書」によって発注されている。橋本龍太郎内閣時代、厚労省の大臣告示によって治療に関する保険点数内の3割が医師による指示料、7割が技工料と示されたが、あくまで目安で、実際は逆転現象も起きているのが現状だ。

品質維持に不安も出てきた
2010年度の診療報酬の改定では、主に障がい者向けや在宅診療が拡充された。そして、歯科技工加算が新設されたものの、それは歯科医療機関内に歯科技工士を配置している場合の加算で、歯科診療所の雇用規模は小さく、技工士全体の労働条件を改善するにはほど遠い。
こうした実態から20代の離職率は75%にも上るという。超長時間労働や超過密労働の中で、現場からは「品質を維持できない」という心配の声も聞こえてくる。技工士が歯科医師の下請けである以上、最低基準も守られないような労働環境に置かれ続け、若手は姿を消していき、技術の継承が絶たれてしまう。

技工士が収入を安定させるには自費を専門にしていくしかなくなる。不況の最中、高額な自費診療を選択する患者の数は限られており、自費にシフトしたくても限界があり、技工士の免許を持ちながら、アクセサリーの製作スタッフになるケースも増えているという。となれば、保険の範囲内の補てつ物は誰が作ることになるのか。
コスト削減のため、中国など海外で義歯などの製作をアウトソーシングする傾向が強くなってきており、歯科業界ではその安全性が危惧されている。国内に国家免許を持つ人材がいながら、労働条件や労働環境があまりにも悪く、その資格が活かされないのは、本連載でこれまでに指摘した看護師や保育士、介護職だけではない。
歯科技工士も同じように潜在化してしまい、その代わりにと国外の安い労働力にもたれかかろうとしている。生活の根源を守る医療現場の労働者や、患者の視点抜きで制度設計をしてしまえば、医療は富裕層だけのものとなる。そうした現象は既に歯科業界で起こっており、その広がりが懸念される。

一方で忘れてならないのは、日本が後進国と思っている国々は、あっという間に日本に追いつき、追い越していくことだ。
20~30代の労働者が弱体化するということは、既に、国際競争力を失ったに等しい。国際競争とは、コスト面だけの話ではないはずだ。現在の日本のような他力本願の姿勢が、世界の中でいつまで通用するのだろうか。普段は見えにくいが、歯科業界も健康を支えており、そのフロントに歯科技工士がいるはずなのに、その過酷な現状が見過ごされている。

【日経ビジネスオンライン】



歯科界の現状を、技工士の就業実態を切り口に如実に表わしています。
私立大学歯学部の定員割れも根源はここです。
by kura0412 | 2010-05-10 17:41 | 歯科医療政策 | Comments(1)
Commented by G3 at 2010-05-13 18:09 x
他人事みたいに紹介するんじゃなくて、ご自身が、この実態を一言でも世間に伝えてきたのか、ぜひ振り返っていただきたい。鞍立先生も傍観者、加害者と同じですよ。
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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