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2015年,最もヒットした医薬品は?

アイ・エム・エス・ジャパンが発表した2015年の医療用医薬品市場調査(薬価ベース)によると,最も売り上げ規模が大きかったのは,同年に発売されたC型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」(一般名:レジパスビル/ソホスブビル)だった。また,同年に発売されたC型肝炎治療薬「ソバルディ」(同:ソホスブビル)も4位に入っており,C型肝炎治療薬の市場規模の拡大が目立った。

市場は初の10兆円台を記録
2015年の医療用医薬品市場は,10兆5,979億3,400万円と前年比6.2%増だった。暦年で初の10兆円台を記録,市場規模が拡大した。
薬効別の売り上げでは,トップが抗腫瘍剤8,203億2,300万円(前年比9.7%増)で,以下レニン‐アンジオテンシン系作用薬5,674億8,900万円(同7.1%減),糖尿病治療剤5,129億2,300万円(同6.4%増),全身性抗ウイルス剤4,971億2,700万円(同125.3%増)などの順だった。全身性抗ウイルス剤は成長率が最も高かった。

【MedicalTribune】
by kura0412 | 2016-02-15 17:35 | 医療全般 | Comments(0)

“唇”で採血なしに血糖値測定
東北大学大学院の研究グループ

東北大学大学院 医工学研究科・工学研究科 教授の松浦祐司氏らの研究グループは、遠赤外線を使って、採血なしで血糖値を測定できる手法を開発した。病院のベッドサイドで使える血糖値モニタリング装置や、小型で安価なヘルスケア機器としての実用化を目指す。

現行の血糖自己測定法は、指先から少量の血液を採取する侵襲的な方法だ。これに対し最近では、近赤外線を人体に照射し、その一部が血液中のグルコースに選択的に吸収されることを用いた測定手法の提案が増えている。ただし、近赤外線に対するグルコースの吸収は非常に小さく、正確な測定は困難だったという。
対して、波長10μm付近の遠赤外線はグルコースに強く吸収される。原理的には高精度のグルコース測定が可能だが、皮膚のごく表面で遠赤外線がすべて吸収されてしまうために、従来は血糖値を正確に測定することは難しかった。
研究グループは今回、遠赤外線を照射するプリズムを柔軟な中空光ファイバーの先端に取り付けた装置を開発。皮膚のような厚い角質のない、唇の内側の粘膜にプリズムを触れさせて遠赤外線を当てることで、血液中のグルコースを正確に検出できるようにした。現状での測定誤差は20%以内と、臨床での利用に十分な精度という。近年開発が進んでいる遠赤外線レーザーを光源に使えば、小型化・低コスト化が可能としている。

【日経デジタルヘルス】



SpO2のように臨床サイド使えればルーチィンに歯科でも使え歯周病患者にも応用が出来そうです。
by kura0412 | 2016-02-02 14:57 | 医療全般 | Comments(0)

『日本の終末期の実態』

「好きなように死なせてくれない」日本の終末期の実態

〇「日常の延長線上で自然に死を迎えたい」

「死ぬときぐらい、好きにさせてよ」――。
1月5日の全国紙朝刊を開くと大きな文字が目に飛び込んできた。青いドレス姿の女優、樹木希林さんが「ハムレット」のオフィーリアと同じように、小川の中で目を開けて横たわっている。穏やかな表情で手には花束。
言葉は、さらに続く。
「人は必ず死ぬというのに。長生きを叶える技術ばかりが進化してなんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。死を疎むことなく、死を焦ることもなく。ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです。人は死ねば宇宙の塵埃。せめて美しく輝く塵になりたい。それが、私の最後の欲なのです」
出版社「宝島社」が、朝日、読売、毎日の各紙と日刊ゲンダイの紙面に載せた企業広告である。19世紀の英国の画家で、ラファエル前派の創設者であるジョン・エヴァレット・ミレイの有名な作品「オフィーリア」をモチーフにした。森の中で溺死したオフィーリアの神々しい名画の姿をそのまま拝借。
正月早々の見開きのカラー広告。「全身ガン」を宣言している樹木希林さんということもあって話題を集め、ネット上で投稿が相次いだ。
樹木さんは、この企画について「生きているのも日常。死んでいくのも日常。死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。そういうことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」と思いを語っている。
「長生きを叶える技術」である延命治療を疎ましく感じ、「日常」の延長線上で自然に死を迎えたい、という熱いメッセージである。
宝島社の企業広告はこれまでも注目されてきた。1998年に詩人の田村隆一を登場させて「おじいちゃんにもセックスを」と言わせたのを皮切りに、2002年に「国会議事堂は、解体」、2012年に「ヒトは、本を読まねばサルである」と衝撃的なコピーを放っている。時代の空気を2、3歩先取りする鮮やかな提言と言えるだろう、
そして今年は「好きに死なせて」である。テーマは死。
100歳以上の老人が約6万人にも上る時代となった。看取りの場や方法についての議論が次第に高まり、尊厳死や安楽死の話が身近になりつつある。3年前に社会保障の長期展望を示した国の「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、「死の質」即ちQOD(Quality of Death)を議論しましょう、と述べた。QODを国の文書として初めて採りあげ、「よくぞ踏み込んだ」と拍手を送られた。

〇世界各国の終末期の実態

そのQODを問いただし、延命治療に疑問を持つ医師の切実な思いを聞いた。各国の事例を次々上げて、「終末期は点滴や経管栄養は行っていません」と話したのは、北海道中央労災病院院長の宮本顕二さんと桜台明日佳病院(札幌市)の宮本礼子さんの医師夫妻。
1ヵ月ほど前の12月17日に日本創生会議と日本生産性本部が東京都内で開いた公開シンポジウム、「高齢者の終末期医療を考える」の場である。
夫妻は終末期の実態を探ろうと、8年前のスウェーデンを振り出しに、オランダやオーストリア、米国、豪州などの諸国を回ってきた。

「スウェーデンでは、肺炎は高齢者の友達なので抗生剤を使わない。
おしっこが出なくても利尿剤に手を出さない。看護師が血圧や尿量を調べることもない」と話す。行わない医療として、このほか昇圧剤、点滴、経管栄養、血液透析、人工呼吸器装着を挙げた。いずれも日本のほとんどの病院では当たり前に行われている。
翌年訪問した豪州のナーシングホーム(特別養護老人ホーム)では「口から食べるだけ、飲むだけです。食べなくなれば約2週間で亡くなるので、寝たきり老人はいない」と報告する。
確かに、豪州政府発行の「緩和医療ガイドライン」(2006年版)を読むと、「無理に食事をさせてはいけない」「栄養状態改善のための積極的介入は倫理的に問題」「経管栄養や点滴は有害と考える」とある。延命治療からの離脱を国が率先して指導している。
オランダの施設で「なぜ、点滴や経管栄養をしないのか」と宮本夫妻が尋ねると「倫理です」と当然のような言葉が返ってきた。オーストリアでも「食べないのも患者の権利です」と断言された。
さらに衝撃的な事実も報告する。米国西海岸の2つの施設では「スプーンを口元に近づけない」、つまり食事介助をしない方針を聞いたと言う。
欧米で点滴や経管栄養をしない理由として(1)尊厳の尊重、即ち倫理であり(2)本人の意思(3)医療費の抑制の3点を宮本顕二さんは挙げる。日本では、医療保険で緩和医療がガンとエイズに限定されている制約が大きい、と指摘した。
宮本医師の話を聞いた「認知症の人と家族の会」京都府支部の荒牧敦子さんは、「点滴を拒絶した実母を看取り、自然死させて良かったと胸にすとんと落ちた」と壇上で話した。だが、「後から孫に餓死したと言われ、落ち込んだ」と続けると、隣席の宮本礼子医師が「いいえ餓死ではありません。体が受けつけなかったのです。食べたくても食べられないのが餓死です」と、良い判断へのエールを送る一幕もあった。

〇「死は医療の敗北」だから「好きなように死なせてくれない」日本

終末期の食事や栄養補給については、2010年に石飛幸三医師が「自然の摂理を忘れた行為」と否定し、自然死を「平穏死」と著書で唱えた。このネーミングに尼崎市の在宅医、長尾和宏医師が賛同し「平穏死10の条件」を著す。京都市の中村仁一医師は、無理やり食べさせる食事介助は「拷問」と2012年発行の著書「大往生したけりゃ医療とかかわるな」で記している。
こうした医師たちの指摘が「海外では常識」であることを、宮本夫妻は多くの事例で示したことになる。
樹木希林さんの望む「好きなように死なせて」くれないのが日本の病院の実情だろう。「死は医療の敗北」と教えられてきた医師は、命をできるだけ長らえさせる延命治療を医療者の義務とみなしてきた。樹木希林さんと違って、「死は悪いこと」と教育された。
たとえ患者本人から「医療はここまでにしてください」と懇願されても、家族から「医療放棄」と訴えられかねないため、とことん治療する姿勢になりがちだ。だが、本人の意思を尊重し、その尊厳を守ろうとする医師が増えつつあるのも事実である。
とりわけ在宅医療に熱心な診療所の医師は、患者の自宅(長期入居の施設も第二の自宅)に通ううちに、本人本位の考えに近付いていく。命の「量」よりも「質」を尊ぶ。
日々の暮らしの生活の質(QOL)を高める診療の先に、死の質(QOD)を見据えるようになるからだ。

こうした「病院から在宅へ」の流れを実証するデータが12月17日に厚労省から発表された。3年に一度実施される患者調査の2014年の結果だ。
歯科診療と併せた在宅患者がこれまでの最多の15万6000人に達したという。在宅医療には、往診と訪問診療、それに看護師ら医師以外の訪問の3種類あるが、このうち、訪問診療を受けた患者が前回の6万7200人から11万4800人に7割も増えた。逆に、往診は3万5700人から3万4000人へと減少している。
これによって医療保険の制度である在宅療養支援診療所による訪問診療が急速に浸透しているという事実が裏付けられた。患者や家族の要請で医師が飛んでいく往診ではなく、あらかじめ月2回以上の診察日を決めて計画的に赴く訪問診療が増えている。
世間では、往診と訪問診療との区別がなく話されることが多いが、仕組みは異なる。看取りにつながるのは訪問診療が圧倒的に多い。この3年の間に、終末期をきちんと受け止める訪問診療の態勢が広がってきたということだ。

患者調査は、在宅医療の施設別内訳も出ている。病院が1万4400人、歯科診療所が4万600人、一般診療所が10万1500人だ。歯科診療所が全体の4分の1にも達している。嚥下障害を防ぐ口腔ケアなど歯科の重要性が指摘されているなかで、現実に出番が増えていることもよく分かる。

訪問診療の7割増は、人間の自然な死に方である老衰死の急増という事実と呼応するものだろう。老衰死の推移については、この連載の第42回で指摘した。2014年には7万5000人に達し、57年前にやっと戻った。浸透しつつある訪問診療医の医療観、死生観が大きく影響していることは間違いないだろう。

〇在宅医療を手掛ける診療所増加への流れも

死のあり方に対して、時代の流れは明らかに過渡期に入った。それでも、自然死、平穏死つまり老衰死はまだまだ多数派ではない。看取りに真正面からきちんと向き合う医療態勢が不十分ともいわれる。
在宅療養支援診療所には、患者への24時間の対応が義務づけられている。だが、医師一人だけの多くの診療所では、週末や休日、休暇中も含めての24時間対応が高いハードルになっている。在宅医療の報酬は高めに設定されているが、それでも「全国どこでも在宅医」という状況ではない。
そこで、ハードルを下げようと、夜間と休日に稼働する専門医師を地域の診療所に送り出す斬新な医療機関が現れ、注目されている。佐々木淳医師が率いる医療法人社団「悠翔会」(東京)である。
東京23区と川崎市や千葉、埼玉両県で9ヵ所の診療所を持つ。夜間と休日に、他の診療所と連携してその診療所の医師に代わって出向く。患者の診療情報を電子カルテで共有しており、連携先の医師や患者からの緊急の要請を受ければ、当直拠点の診療所から訪問に出る。

患者は、一旦決めたかかりつけ医を変えることなく、外来から在宅医療に移ったり、緊急時の訪問診療も同じ診療所から受けることができる。
訪問診療医にとっては、夜間や休日の診療負担が軽くなり、看取りまで長期的に患者に関わることができる。これによって、在宅医療を手掛ける診療所が増えていく可能性が高まりそうだ。
悠翔会では現在の連携先の14の診療所を年内には30ヵ所に増やしていく。

〇「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」を実現する制度変更へ

「病院から在宅へ」の流れを加速させる制度変更も進んでいる。
厚労省は、地域の診療所などからの紹介状を持たないで大病院を受診した患者に、別料金として5000円以上を請求する方針を決めた。再診時にも1000~2500円の追加負担を検討している。
高度医療を提供する84ヵ所の「特定機能病院」やベッド数が500以上の164ヵ所の「地域医療支援病院」の大病院を対象とする。
昨年5月に成立した医療保険制度改革の関連法に導入が盛り込まれていた。近く開かれる中央社会保険医療協議会(中医協)に厚労省案を示して、この4月から実施する。
現在でも、ベッド数200以上の病院では同様の追加料金を請求できる。5000円以下を徴収している都心部の病院もあるが、地方では全く徴収していない病院も多い。これをきちんとした制度に仕立てる。
大病院が専門治療に専念できるように医療機関の役割分担を推進するのが狙いだが、同時に、地域の診療所への診療を増やすことにつながる。軽い症状であれば、できるだけ身近な診療所への受診を促す。
診療所との関係が深まれば、重度になって外来受診が出来なくなっても、訪問診療に移行することがたやすい。大病院での「医師任せ」でなく、自宅や近隣の集合住宅などで過ごせば、本人の意思、判断を尊重した医療や介護を受けやすい。
「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」のほうが落ち着くのはサッカーだけではない。病院は暮らしの場ではない。本人が望む死に方を実現できる可能性も高まる。
「ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたい」(樹木希林)という願いも達せられそうだ。

【DAIAMOND ONLINE】
by kura0412 | 2016-01-21 11:56 | 医療全般 | Comments(0)

ローソンが「京都府民の健康づくり」を支援

ローソンは2016年1月19日、「京都府民の健康づくりの推進に向けた連携及び協力に関する協定」を、京都府および京都府市長会、京都府町村会との間で締結した(ニュースリリース)。府の健康イベントや健康づくり事業で連携していく。

協定内容は大きく4つ。
(1)府民に対する健康づくりに関する情報提供、
(2)府、市町村、府内の医療保険者などが実施する健康づくり事業への協力、
(3)府民の特定健診、がん検診などの受診促進に関する事業、
(4)その他府民の健康寿命の延伸に寄与すると考えられる事業。

京都府は市町村に対し、健診申し込みや健康ポイントなど、連携希望事業の提案を募集する。取りまとめた上でローソンに協力を依頼し、連携に関する調整を行う。
ローソンが健康づくり推進に関する協定を都道府県と締結するのは、今回が初めて。市町村とは、2013年10月に兵庫県尼崎市、2013年11月に長野県松本市、2014年7月に佐賀県佐賀市、2015年3月に福岡県久留米市とそれぞれ締結済みである。

【日経デジタルヘルス】



予てから健康ステーションとして積極的な取り組みをしようとしていたローソンが、更に一歩先を踏み出しました。コンビニと歯科のコラボも今後あるかもしれません。
by kura0412 | 2016-01-19 15:43 | 医療全般 | Comments(0)

スギ薬局、狙うは日本一の「かかりつけ薬局」
杉浦広一会長が挑むドラッグストアの理想

医療費の増大に頭を悩ませる国が今、熱い期待を寄せているのが、ドラッグストアだ。「医者にかかる前に、身近にあるドラッグストアで、気軽に健康相談や検診を受けてほしい」「医者へ行ったら、門前薬局ではなく、自宅や職場から近い『かかりつけ薬局』に処方箋を持って行き、薬の重複や飲み残しを減らしてほしい」。2016年度からは、こうした機能を担う店舗に認証を与え、税の優遇なども検討している。

ドラッグストアの新たな役割作りで、国がお手本の一つとしているのが、スギ薬局などを展開する、業界5位のスギホールディングス(本社:愛知県安城市)。スギ薬局の調剤併設比率は推定約8割で、調剤売上高比率は全体の2割にあたる約770億円(2014年度)。業界首位のマツモトキヨシが7%、2位のサンドラッグが2%だから、スギの比率は高い。同社が愛知県内で展開するモデル店では、広い調剤カウンターを備えるだけでなく、本格的な健康診断機器のほか無菌室まで備えており、その一角は医療機関さながらだ。
第1号店を開いた40年前から、かかりつけ薬局の必要性を説いていたスギに、次なる成長を模索するドラッグストア業界も注目している。同社の目指すドラッグストアの姿とは。成長の踊り場を迎えたドラッグストアが進むべき方向性とは。創業者の杉浦広一会長に聞いた。

かかりつけ医の薬剤師版であるべき

――スギ薬局は、国が「かかりつけ薬局」を推進するはるか前から、これを目指していたと聞いたが。
薬学部を卒業してすぐの1976年に、妻(現副社長の杉浦昭子氏)と2人でスギ薬局を開業して以来、薬を単なるモノとして売ろうとは思ったことはない。お客さんは、杉浦という薬剤師に相談に乗ってほしいから店に来る、いわゆる「かかりつけ医」の薬剤師バージョンであるべき。そればかり言っていた。

――40年前の日本に、かかりつけ薬局という概念はあったのか。
まったくない。私は当たり前のことをしていたつもりだが、当時の薬屋は、他社よりも安くして儲けようというのが一般的で、かかりつけ薬局という考え方はなかった。当時のスギは、企業規模が小さくて影響力がなかったので、この概念はまったく広がらなかったが、今やっと概念として普及しつつある。そうは言っても、これを実現できているところは、まだほとんどない。
日本橋三越(東京都中央区)の近くに、わずか30坪で、スギ薬局の一番小さい店舗がある。そこには、近隣に職場がある患者を中心に、100以上の医療機関から処方箋が集まってきており、非常に好調だ。かかりつけ薬局として機能しているということ。都心のあんな狭い店で処方箋調剤なんて、調剤室を置くスペースもないし、薬剤師も集まりにくい。他社なら普通はやらない。が、住宅地の近くだけではなく、都心でもかかりつけ薬局は十分成り立つ、ということがわかった。今後もこうした都市型店を増やしていきたい。

――20代で米国へ視察に行っている。
あのときの感動といったら! 当時の日本の薬局というと、暗くて、入ると何か買わされて、日曜日は休み。一方、全米一のドラッグストア、ウォルグリーンはその真逆だ。300坪と広くて、自分で自由に店内を見て回れて、年中無休。そして何より、処方箋調剤をやっていた。渡米した30年前のウォルグリーンは、調剤売上高比率が18%だったが、現在は60%にまで上がった。スギの調剤売上高は現在20%で、ようやくウォルグリーンの30年前の水準に追いついた。これからは、調剤売上高60%を目標に、東名阪エリアに1500店舗、全国に3000店舗まで拡大させるのが目標だ。

――現在、日本のドラッグストアは、こぞって食品を強化している。米国でも同様の流れはあった?
米国でも、広い店舗のディスカウント型ドラッグ店で食品を強化していたところはあったが、そういう専門性を持たないところは、1990年代にことごとく買収や倒産で消え去った。当社がモデルとするウォルグリーンは、一貫してディスカウント型の食品路線を歩まず、調剤を強化して専門性重視。そして現在も米国一のドラッグストアチェーンに君臨し続けている。米国の歴史がすべてだ、というつもりはないが、米国をモデルとして発展してきた、日本のドラッグストア業界の今後を考えるうえで示唆的だ。
米国の投資家が日本にやって来て、ドラッグストアに入ると、「これはドラッグストアではない、スーパーだ」とびっくりする。スギ薬局に来て、ここは自分たちの知るドラッグストアだと。現在はドラッグストアの再定義が必要になってきている。この業界の市場規模は5兆円と言われているが、それは食品を入れてのことだ。一方で、調剤には、7兆円の市場がある。ここを強化しない手はないだろう。

あえて食品を強化する必要はない

――食品強化は、客の利便性を上げることにならないのか。
スーパーが近くになくても、今はコンビニも食品を強化しているから、あえてドラッグストアが食品をやる必然性はない。しかも、生鮮や冷凍食品を置くと店内が寒くなり、処方箋を持った病人にも優しい環境とはいえない。ドラッグストアの食品は、大きなファミリー単位で買えば確かに安いけれども、今は核家族化でそんなファミリーも少なくなった。安くはないが、小包装の食品を置いて成功しているコンビニを見れば、わかることだ。

――米国のドラッグストアは、調剤併設であるだけでなく、店内にクリニックもあると聞いたが。
米国ではドラッグストア内のクリニックが当たり前だ。日本でそういう例はないが、実は医療機関から、スギ薬局の敷地内に開院したいという相談を受けることもある。現在でも、愛知県内で展開するモデル店舗では、血管年齢や骨密度が測れるなど、方向性としては、医院に近いことをやっている。

――調剤事業は今後も成長するか。
大型病院の門前で儲け過ぎている薬局には、国も厚労省も医師会も、厳しい見方をしている。2016年の医療制度改革では、厳しく見直されるであろうから、経営に影響するところも出てくる。経営が成り立たなくなった分の処方箋は、調剤併設ドラッグストアに回ってくるのではないか。

――ただ、調剤に参入したくとも、薬剤師の採用難と高い人件費がボトルネックとなっている状況だ。
薬剤師の確保は当社でも課題の1つ。だが、スギ薬局に就職すれば、ほかのドラッグストアと比べても医療に深く携われるということは、薬剤師にとって魅力になる。ただ、薬剤師をかかりつけ薬局の担い手として、一人前にするには教育投資が必須。当社では、入社後3年間は、東京・大阪・名古屋の研修センターで勉強させている。
当社がこれほど人件費をかけても、業界3位の好採算を維持できるのは、粗利の低い食品の割合が13%程度と低いからだ。食品は来店頻度を上げると言うが、うちは食品にウェイトを置かなくても、かかりつけ薬局として頻繁に来店する固定客が多い。
薬剤師への投資を惜しまずに調剤売上高を伸ばす。2020年度には、総売上高で現在の1.3倍となる5000億円、調剤売上高では2倍の1500億円を達成するつもりだ。

【東洋経済ON LINE】
by kura0412 | 2015-12-30 08:47 | 医療全般 | Comments(0)

医師の本音

薬の大量処方で医者が儲かるという「大ウソ」
薬が減らないのには2つの原因があった

医者は金儲けのために薬を出しているのではない
日本人は、諸外国と比べて、医者に行った時の薬の処方が多い。それに疑問を感じているのか、「薬漬け」ということばもよく使われる。
その理由について、医者が利益を得るために薬を必要以上に大量に出しているからだと考える人が少なくない。だから一般の人と比べて医者の収入が多いと思われているフシもある。
どうも日本には医者の「性悪説」のようなものがあるようだ。
たとえば、かつて老人医療費が無料になった時代があるが、当時、病院の待合室が高齢者であふれ返っていた。高齢者のサロンとさえ揶揄された。
その際に待合室で元気そうな高齢者が、次に行く旅行の相談をしているとか、いつも来ているおじいさんが今日は顔を見せないので聞いてみると「風邪をひいてるから」というようなオチになっている。要するに、病気でも何でもない高齢者を医者が集めて金儲けをしていて、本当に病気のときは来ないという話である。
しかし、ここでよく考えてほしい。高齢者の通院患者というのは、風邪をひいたなどの急性の病気で医者にくるほうが珍しく、多くの場合は、高血圧や糖尿病、骨粗しょう症など慢性の病気で医者に来ているのである。体調がいいのであれば、待合室で旅行の相談をするのは何の不思議もないし、むしろ待合室でよぼよぼしているとすれば、薬の出し過ぎか、医者がちゃんと体調を管理できていないことになる。私の外来に通う認知症の患者さんだって、風邪をひいている時は、代わりに家族が来ることなどざらにある。
しかし、日本の医者は薬を出すことで金儲けをしていると厚生労働省(当時は厚生省)も考えたようで、90年代後半くらいから医薬分業を強烈に推し進めた。要するに院内で処方するのではなく、院外薬局で薬を患者がもらうシステムに変えていった。そうするといくらたくさん薬を出しても、医者に入るお金は処方箋料だけとなる。たくさんの薬を書くと余計に手間が増えるのに入るお金は同じというシステムだ。
結論的にいうと、これでほとんど処方は減らなかった。世間や厚生省が考えるほど、医者は金儲けのために薬を出していたのではなかったのだ。

薬漬け医療を生む「専門分化主義」の弊害
では、なぜ、たとえば高齢者だと15種類も出されるような、多剤処方、いわゆる薬漬け医療が蔓延するのだろうか?拙著『だから医者は薬を飲まない』でも解説しているが、私は基本的に医学教育の在り方に問題があるのだと考えている。
ひとつは「専門分化主義」、もうひとつは「正常値至上主義」である。
大病院、とくに大学病院に行ったことがあればお気づきになるだろうが、内科という科はその手の病院では消滅している。代わりに、呼吸器内科、内分泌科、消化器内科、循環器内科という臓器別の診療科が並んでいる。
このような専門分化は、特定の臓器の病気と診断がついている場合、とくに珍しい病気に対して、専門的に治療を行うには望ましい。しかし、それによって専門外の分野の治療はお粗末になってしまうということは珍しくない。
一般に大学病院や大病院の医師などが開業する場合、糖尿病の専門医や消化器内科の専門医として開業できればいいが、それでは広く患者が集めきれないので、一般内科ということで開業するケースが多い。ところが高齢者の場合、一人でいくつもの病気を抱えているほうがむしろ通常だ。高血圧で血糖値も高く、そのうえ、骨粗鬆症も始まっているなどということがざらだ。
その際、循環器の専門医であれば、高血圧に関しては、自分の専門知識で治療ができるだろう。しかし、糖尿病や骨粗鬆症については、専門外の素人のような感じで治療をすることになる。
そういう際の医者向けのマニュアル本はいっぱい出ている。それぞれの病気についての「標準治療」が紹介されている本だ。どんな検査をして、どんな治療をすればいいかが書かれているから、確かに大外れの治療にはならないだろう。しかし、多くの場合は標準治療として、2、3種類の薬を飲ませればいいという話になっている。すると、4つ病気を抱えたお年寄りに「標準治療」を行うと12種類の薬を飲ませることになる。
ところがこの手の標準治療は、ほかの病気が合併していることはほとんど考慮に入れられていない。基本的にその病気の専門家が作るのだが、その病気に詳しくてもほかの病気に詳しくないことには変わらない。そして、多くの場合、ほかの薬を飲んでいる場合に、その処方をどうすればいいのかなどは書かれていない。

結果的にほかの分野のことを知らない専門医が次々と開業していくうえに、患者層の多くが高齢者(これからはその傾向がどんどん強まっていくだろう)なので、多剤併用の傾向がさらに進んでいくことになる。
ところが大学病院というのは、基本的に教育スタッフがほとんどこの手の「専門家」である。こういう人が医学教育を牛耳っている以上、多少制度をいじっても、むしろ受けた教育に忠実なまじめな医者ほど薬をたくさん使ってしまうことになる。

本当は正常ではない「正常値」
もうひとつの問題は、「正常値」主義である。
要するに検診などで異常値が出れば、ある病気の早期発見ができたということで、治療が開始されてしまうということだ。
2012年の人間ドック学会の発表によると、人間ドックでどの項目も異常がなかった人はわずか7.8%しかいなかったという。92.2%の人は何らかの形で異常を抱え、それを医者に見せるとその異常値を正常化させるような治療が行われてしまう。
ここでも、専門分野の病気なら、「この程度の異常なら大丈夫」と言えるのかもしれないが、専門外の場合は「一応、治療しておきましょう」になりかねない。
実際、血圧の正常値などは大規模調査の結果などで、ときどき変更されるが、検査の正常値というのは、平均値プラスマイナスアルファなどという「雑な」決め方をされていることが多い。身長が平均よりひどく高くても、ひどく低くても病気とは言えないように、「平均を外れていること=病気である」とは言えないだろう。
どの値を超えれば病気になりやすいという大規模調査をすればいいのに、それがほとんど行われていないのが現実だ。また検査データを正常にしたら、本当に病気が減るのかもわからないということも珍しくない。
本当に「正常な値」と、薬を使うことで「正常にした値」というのは、体に与える意味が違う。たとえば、ピロリ菌があると胃がんになるというので、最近は除菌が盛んに進められるが、生まれつきピロリ菌がない人は確かに胃がんにならないのだが、長い間ピロリ菌が胃の粘膜に影響を与えていた人は、菌を殺しても胃がんにならないとは限らないそうだ。
検査値を正常にしないといけないというイデオロギーに、医者(患者の多くも)が染まっている限り、異常値にはつい薬を使うということになって、どんどん薬が増えていってしまう。

これからの時代に必要な医者とは
最近になって高齢者が増えてきたこともあって、専門医でない総合診療医や、地域の患者への往診を含めて(要するにその患者さんの生活状況もみる)サポートしていく地域医療医が再評価されているという。
総合診療医というのは、専門医ほど各臓器には詳しくないが、人間全体をみて、その人に何が大切かの優先順位がつけられる。15種類の薬を飲んでいる人に、これだけは飲んでくれという5種類が選べるような医師だ。
総合診療や地域医療、そして彼らによる啓もう活動が盛んな長野県は平均寿命が男性1位、女性1位になっていながら、ひとり当たりの老人医療費は全国最低レベルだ。つまりきわめてコストエフェクティブ(コストがかからず、患者さんの健康長寿につながる)な治療を行っていることになる。いっぽうで、大学病院の多い県ほど、平均寿命が短く、老人医療費も高いという傾向がある。検査値の正常主義はむしろ時代遅れなのだ。
高齢化が進んでいるのだから、医学教育の大幅な改変が求められる。しかし、大学の医学部の教授というのは、一度なると定年までやめないし、各医局が定員を削る気がないから、専門医ばかりが養成され、総合診療医がなかなか教育できない。
だとすれば、旧来型のダメな大学病院は半分くらいスクラップして、総合診療や心の治療、がんへの特化などのニーズにあった医学部をどんどん新設すべきなのだ。
厚生労働省は医療費を制度で削ろうとばかりするが、医学教育改革こそが、もっともコストエフェクティブな制度だと私は信じている。

【和田秀樹:東洋経済ONLINE】




本音の部分が満載で面白い内容です。
歯科医師が医科の知識をもって取り組めば、医科のセカンドオピニオンとして患者さんに接することも夢ではないのかもしれません。
by kura0412 | 2015-11-26 12:02 | 医療全般 | Comments(0)

認知症対応研修、看護職員は3日間程度に- 厚労省、来年度から実施へ

新たに実施される看護職員や薬剤師、歯科医師の認知症対応力向上研修について、厚生労働省は13日、都道府県・指定都市認知症施策担当者会議で、来年度から実施する方針を示した。
研修期間は、看護職員は3日間程度、薬剤師と歯科医師は、すでに行われているかかりつけ医研修と同じ3時間半程度を予定しているという。

【キャリアブレイン】



これは必須なのか、認知症加算の為の研修なのかはこの記事だけでは読み取れませんが、研修開催そのものは必要だと思います。
by kura0412 | 2015-10-14 11:35 | 医療全般 | Comments(0)

医師の説明

川島なお美と北斗晶、こんなに違った医師の説明

1年ほど前から、「闘病ブログ」というジャンルのブログを読み始めた。大半が、治らない病を抱えた患者本人によるもので、かかっている病の多くは癌だ。その闘病ブログにここ数日、必ずと言っていいほど登場する2人がいた。女優の川島なお美さんと、元女子プロレスラーの北斗晶さんだ。川島さんは癌のため亡くなり、北斗さんは癌の手術を受けた。
2015年9月24日に54歳の若さで亡くなった川島さんは、ご本人のブログ「『なおはん』のほっこり日和」によると、2013年8月に受けた人間ドックで肝内胆管に腫瘍が発見された。何軒もの病院を巡り、5カ月後の2014年1月、腹腔鏡下手術で肝内胆管癌を切除。その後もテレビや舞台への出演を、死の8日前まで続けた。

48歳の北斗さんが罹患した癌は乳癌。2015年9月23日、ご本人のブログ「そこのけそこのけ鬼嫁が通る」で、2015年7月7日に乳癌と診断されたことと、9月24日に右乳房の全摘手術を受けることを告白した。
川島さんと北斗さんはどちらも、自身のブログに、医師から癌を告げられた時の状況をつづっている。もちろん、患者視点からの記述であり、実際に医師が告げた言葉とは違うかもしれない。かかった癌の「猶予のなさ」も違う。言葉を受け取る側である、2人の性格的な違いもあるだろう。
だが──。もし私なら、北斗さんの主治医のような医師から告知を受けたい、と思えてならないのだ。

「今は5年先、10年先、生きることを」
毎年秋に、マンモグラフィーによる乳癌検診を受けていた北斗さん。右胸に痛みや外観上の変化を感じたため、秋まで待たずに検査を受けたところ、癌を告知された。セカンドオピニオンのため訪れた病院でも、乳癌との診断。主治医から、癌のステージなど詳細な説明とともに右乳房全摘出が必要だと告げられても、すぐには受け入れられなかった。すると、主治医はこう言ったという。以下、北斗さんの2015年9月23日付のブログより引用する。

「胸の事よりも今は5年先、10年先、生きることを考えましょう。」
生きること。
こう言われた時に初めて、今の自分は命さえも危険な状態なんだと分かりました。
そういう病気なんだと。
それが癌なんだと…
生きること、という言葉で、病気の重大性、治療の必要性が、見事に伝わったのだ。

一方の川島さんの場合、毎年受けていた人間ドックで偶然、腫瘍の存在が分かったものの、血液検査(恐らく、腫瘍マーカーの検査値)には全く異常がなく、良性か悪性かは分からない状態だった。最終的には「覚悟を決めてお任せできるドクター」に出会え、腹腔鏡手術を受けたのだが、そこに至るまでの間に出会った医師との間にはこんなやり取りがあったという。以下、川島さんの2014年3月27日付のブログより引用する。

「とりあえず
切りましょう」
私「いいえ
良性かもしれないのに
外科手術はイヤです」
「ならば
抗がん剤で
小さくしましょう」
私「悪性と決まってないのに?
仕事が年末まであるので
それもできません」
「ならば
仕事休みやすいように
悪性の診断書を
書いてあげましょう」
は~~???
(病理検査もしてないのに!)
もう
ここには
任せられない!!

繰り返しになるが、ブログに書かれた医師の言葉は、川島さんが受け取った言葉であり、実際に発せられた言葉やそこに込められたニュアンスはこの通りではなかったかもしれない。だが、なんとも歯がゆい、この「すれ違い」ぶりはどうだろう。
もし悪性だったら、手術以外に確実な治療手段のない、時間的な猶予のない、肝内胆管癌。体の深い所にあるので、病理検査はおなかを切らないと行えない。「半年、1年、生きることを考えましょう」と、事の重大さを伝えることはできなかったのか──。

私が読んでいる、普通の患者がつづった闘病ブログにも、実に様々な医師が登場する。北斗さんの主治医のような医師もいれば、川島さんが出会ったような医師もいる。悩みながら最善と思われる治療を提案する医師もいれば、「この治療をしないならこの病院では診られない」と突き放す医師、情報と資料を渡し「次までにどの治療にするか考えてきて」と告げる医師もいる。叱る医師、迎合する医師、寄り添う医師、希望の芽を摘む医師。医療者といえども、ピンピンころりと逝かない限り、人はいつか患者になる。そのとき、皆様はどんな医師に出会いたいだろうか。

【日経メディカル】



いろいろと考えさせられる話です。
by kura0412 | 2015-10-05 15:08 | 医療全般 | Comments(0)

日本老年学会が高齢者の定義見直しに関する声明
今年度内に正式発表

日本では高齢者を多くの先進国同様「65歳以上」と定義している。日本で行われてきた各種調査研究から,高齢者の生物学的年齢の「若返り」が進んでいるとの知見を踏まえ,日本老年学会は日本老年医学会と共同で今年度内をめどに高齢者の定義見直しに関する声明を取りまとめる。本日(6月12日)の第29回日本老年学会総会合同大会(同日〜6月14日,横浜市,会長=東京都健康長寿センター理事長・井藤英喜氏)のシンポジウムで,日本老年学会理事長の甲斐一郎氏が明らかにした。

「現在の高齢者は10~20年前に比べて5~10歳は若返っている」
日本では,現在65~74歳を「前期高齢者」,75~89歳を「後期高齢者」,90歳以上を「超高齢者」と定義している。日本の人口構造が劇的に変わる中,1990年には1人の高齢者を5.1人の生産人口(20~64歳)で支えていたところが現在(2012年)は2.4人,2060年には1.2人で支えるようになると予測。増える「高齢者」の実態を分析し,社会状況の変化に応じた在り方の見直しが喫緊の課題となっている。

日本老年学会は「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ」(WG,座長:甲斐氏,日本老年医学会理事長・大内尉義氏)を設置。大内氏はシンポジウムの中で「高齢者の定義見直しには,ネガティブなイメージの“高齢者”を社会の支え手としてモチベーションを持った存在と捉えポジティブなイメージに変える意義の他,社会の支え手を増やし,明るく活気のある高齢社会を築くといった意義もある」と説明。一方,高齢者の社会参画を進めるに当たり「高齢者の身体能力の改善は未来永劫続くのか」「社会保障政策への影響」といった点についても議論や検討が必要との見解を示した。
WGでは,高齢者の定義見直しの基礎資料となる国民の意識調査や疾病構造,身体・心理・社会機能の変化に関する検討を重ねてきた。現時点で示された声明の要旨は次の通り。声明の内容は昨日の同学会理事会で了承され,今年度末をめどに最終的な取りまとめが行われる見通し。

日本老年学会からの声明
最新の科学データでは,高齢者の身体機能や知的能力は年々若返る傾向にあり,現在の高齢者は10~20年前に比べて5~10歳は若返っていると想定される。個人差はあるものの,高齢者には十分,社会活動を営む能力がある人もおり,このような人々が就労やボランティア活動など社会参加できる社会をつくることが今後の超高齢社会を活力あるものにするために大切である。

国民の意識調査による高齢者は「70歳」
シンポジウムではWGの委員らが,これまでの検討で得られた知見を紹介した。荒井秀典氏(国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター長)によると,昨年(2014年)12月に実施された内閣府の高齢者に関する意識調査では「70歳から」を高齢者と自覚,あるいはその年齢に達していなくてもそう捉える人が増加。過去17年間の同調査結果の推移を見ると「何歳からを高齢者とすべきか」の年齢が上昇していたことが分かった。

慢性疾患による受療率,死亡率の解析から「生物学的年齢の低下が示唆」
秋下雅弘氏(東京大学附属病院老年病科教授)らは,患者調査などの解析を実施。65~79歳の年齢層の脳血管疾患や骨折,肺炎といった慢性疾患の受療率が1995年から徐々に低下しており,受療率低下に影響するこれらの疾患による死亡率や要介護認定率も同様に低下していたと報告した。同氏は「高齢者の健康状態の改善,そして疾患によっては患者層がより高齢期に移行していることから5~10歳の生物学的年齢の低下が示唆される」と考察した。

高齢者の「若返り」で生活機能評価も変化
東京都老人総合研究所の「中年からの老化予防・総合的長期追跡研究(TMIG-LISA)」や国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NIL-LSA)といった各種検討から,歩行速度や血液検査所見などで示される高齢者の健康度や身体機能は過去にくらべ顕著に高まっている,と指摘したのは鈴木隆雄氏(国立長寿医療研究センター研究所)。こうした変化を受け,1986年に開発された高齢者の生活機能の評価ツール「老健式活動能力指標」は最近見直された。同指標と同氏らが2013年に開発した「新活動能力指標(JST版)」の評価項目を比べると,過去と現在の高齢者の能力の差は一目瞭然だ。新しい評価スケールには,項目が増えただけでなく,DVDプレーヤーの操作や携帯のメールや,詐欺やひったくりに関する質問も盛り込まれている。いずれも時代を反映する項目だが,同氏によるとすべて妥当性の評価を経て組み込まれている。

心理的機能や歯数の評価からも,老化の遅れ示す変化
この他,NILS-LSAなどの解析結果から「最近の70歳代はかつての50~60歳代に匹敵するほど,心理的な老化の発現が遅くなっている」(内藤佳津雄氏,日本大学文理学部心理学科教授)との成績や,「咀嚼機能に必要な20本の歯数を維持する年齢は徐々に向上し,昭和時代の65歳の歯数は今や80歳前後に相当する。歯数を前提にすれば高齢者の定義は変わる」(那須郁夫氏,日本大学松歯学部教授)などの知見も報告された。

若返った高齢者は「生涯現役」であるべきか
高齢者の「若返り」のエビデンスが次々と示され,明るく活気ある高齢社会への機運が盛り上がりそうな中「“元気で長生きの高齢者”が社会参画し続けるべきか」にあえて疑問を投げかけたのは,古谷野亘氏(聖学院大学人間福祉学部教授)。以前は「老人」だった言葉が「高齢者」に取って替わり,年齢による線引きを導入せざるを得なくなったと指摘した。身体・認知機能の加齢変化を遅らせる意義に異論はないものの,例えば高齢者の就業継続が若年者の就業や高齢者自身の生き方の多様性などに与える影響も考慮すべきとの問題を提起。「社会生活の加齢変化は,遅らせるのが望ましいとは限らない」との考えを示した。

【MT Pro】


予てから私も早期に見直す必要があると考えていました。那須先生の報告は非常に興味深いものがあります。この結果は、医療だけでなく社会全般に大きな影響を及ぼしそうです。
by kura0412 | 2015-06-16 09:16 | 医療全般 | Comments(0)

「老化ではなく“老い”に注目しよう」と日野原重明氏

2015年4月に学術講演・展示が開催された「第29回 日本医学会総会 2015 関西」(2015年4月11~13日、国立京都国際会館など)。特徴の1つは、医療従事者だけでなく一般市民の参加を重視したことだった。3月28~4月5日に神戸市で開催された一般公開展示「未来医XPO ‘15」には、約30万人が来場。「20の柱」と銘打った学術講演でも、9つの柱に一般市民が参加できた。
学術講演で一般市民の参加がひときわ目立ったのが、最終日(4月13日)午後に国立京都国際会館メインホールで開催された「記念講演」。登壇者は103歳の現役医師として知られる、聖路加国際大学名誉理事長・名誉学長の日野原重明氏である。「日本における高齢化と真の健康社会」と題し、用意された椅子に座ることなく30分を超える講演を行った。

日野原氏が強調したのは、「老化」と「老い」の違いだ。
老化が生物学的な概念であるのに対し、老いは人間的な概念――。
第三高等学校時代の先輩である、神学者の故・松村克己氏が提唱したこんな考え方を紹介した。老いとは「老化の中に人間の生命の意味を探ること。これからの社会は“老い”に注目することが求められる」(日野原氏)。特に、老いはその人の生きがいに強くかかわると説いた。

Facebookで「スマートシニアの会」
日野原氏は従来の「老人」のイメージを覆えそうと、2000年に「新老人の会」を発足させた。
65歳以上を高齢者とする従来の定義を改め、一般には後期高齢者とされる75歳以上を「新老人」と定義しようという運動だ。
同会では75歳以上が「シニア会員」で、60~74歳は「ジュニア会員」、20~59歳は「サポート会員」である。2014年時点で1万人強の会員がいるという。

ITツールの活用にも積極的だ。
2012年にはFacebookをコミュニケーション手段に使う「フェイスブック新老人の会」を立ち上げた。同会の別名は「SSA(Smart Senior Association)」。ITツールも活用しつつ他者とのコミュニケーションに積極的に関わり、いきいきと生きる術に長けた“スマートシニアの会”というわけだ。

講演では最後に、真の健康社会に向けたキーワードとして、社会医学の先駆者である故・Rene Sandの言葉を引用した。「国民の参与なしには、国民の健康は作られない」――。社会全体が医療を担うことの重要性が多くの場面で説かれた、今回の医学会総会を象徴する言葉だった。

【日経デジタルヘルス】
by kura0412 | 2015-05-23 09:23 | 医療全般 | Comments(0)