対GDP比で見ると「今年度の1.11倍」が正しい

「社会保障費が2040年に1.6倍」は本当なのか?
日本の医療・介護費はそんなに怖くならない

「2040年度の社会保障費190兆円、今年度の1.6倍に」――。新聞各紙に大きな見出しが躍った。5月21日に政府が発表した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」。社会保障費の長期試算としては2012年に発表して以来のものだ。前回試算では、2025年度までを見通したが、今回は2040年までが対象だ。
2040年というと、団塊ジュニア世代がすべて65歳以上に到達し、高齢化率(65歳以上人口比率)が2015年の26.6%から35.3%に急上昇、同年齢以上の人口は3900万人超とピークを迎える。具体的には、65歳以上人口は2015年の3386万人から2040年に3920万人と1.16倍に。さらに、医療・介護支出が急増する75歳以上人口は2015年の1632万人から2040年に2239万人と1.37倍の大幅増加となる。
医療費が増える要因としては、技術革新による医療の高度化もある。2040年の社会保障費が1.6倍になると報道されれば、「無理もなかろう」と多くの人は思うだろう。だが、今回の試算を見て、社会保障費が1.6倍に増えると考えるのは、実は「誤読」だ。落とし穴は、社会保障費の金額だけで考えてしまうところにある。どういうことか、見ていこう。

個々の費用はGDPと比較して見る必要がある
2040年度に社会保障費が190兆円で、2018年度の1.6倍になるという今回の試算はどんな経済状況が前提となっているのだろうか。それは、名目GDP(国内総生産)成長率が2018~2027年度までは年率1%台後半~2%台半ば、2028年度以降は年率1.3%というものだ(今回試算のベースラインケース)。その結果、わが国の名目GDPは2018年度見込みの564.3兆円から2040年度には790.6兆円と1.4倍になる前提となっている。
つまり、私たちの所得が今の水準のまま社会保障費負担が1.6倍になるのではない。私たちの所得が1.4倍になった将来の世界で、社会保障費負担が1.6倍になっているわけだ。これはどう考えたらよいだろうか。

試算では、GDP成長率や、それと比例的に動く賃金上昇率、物価上昇率に応じて、医療費や介護費の単価の伸び率が設定されている。つまり、「1.6倍」の金額の中にはこうした価格上昇分が入っているわけであり、社会保障費の実質的な支出が1.6倍になっているわけではない。
極端な例として、私たちの経済活動はまったく同じだが、翌年にすべての価格だけが2倍になった世界を考えてみよう。そのとき、社会保障費は当初100兆円だったが、価格が2倍になったため、翌年は200兆円になる。これで社会保障費が2倍になったと私たちは叫ぶだろうか。私たちの所得も2倍になっているため、社会保障費の負担感はまったく変わらない。
経済統計の世界では、特に5~50年など長期の試算を行う際は、金額ベースで物を考えてはいけないという暗黙のおきてがある。それは先述のように物価が変わってしまうため、実質的な大きさがわからなくなってしまうからだ。だがなぜか、日本のマスコミは、社会保障費の見通しについてこのルールを逸脱する癖があるようだ。
では、こうした長期の試算について、金額ではなく、どんな数値を基に考えればよいだろうか。それが対GDP比という指標だ。GDPというのは一国の経済規模(=所得)のことであり、個々の費用を経済規模に占める割合で見るわけだ。たとえば、先の価格だけが2倍になった世界でいうと、分母のGDPも2倍になるため、対GDP比は変わらない。

対GDP比で見ると「今年度の1.11倍」が正しい
今回の試算では、社会保障費の対GDP比はどうなっているだろうか。2018年度は21.5%で、これはわが国の経済活動の21.5%が医療・介護や年金、子育てなどの社会保障に使われていることを意味する。これが2040年度には23.8~24%になる見通しだ。2018年度との比較では、2.3~2.5%ポイントの違いであり、倍率にして1.11倍程度の増加にすぎない。つまり、今回の報道では、「2040年の社会保障費は今年度の1.11倍に」が正しい見出しといえるだろう。
この1.11倍という数字は、医療・介護の将来像を映し出している。社会保障費の中には、年金や子育て費用も含まれるが、これらの対GDP比の増加は小さいため、ここでは社会保障費の増加は医療・介護によるものとして考えてみよう。先述のように、2015年から2040年にかけてわが国は、最も医療・介護費を使う75歳以上人口が1.37倍に増える。だが、実際の医療・介護費は、75歳未満人口の減少や、現在進められている医療提供体制改革(急性期医療の効率化など)の効果などから、1.11倍に抑えられるということだ。
これは次のように言い換えることもできる。単価の伸びの影響は、対GDP比では無視してよい。そのため、対GDP比の意味するところは、数量的な経済活動の規模でもある。つまり、わが国経済の数量的規模の中で社会保障の占める割合は2018年度に21.5%だったが、それが2040年度には24%程度になるということだ。
こうした対GDP比での社会保障費の推移を見ると、2000~2015年度では、14.8%から21.6%と6.8%ポイントの上昇を示していた。これは倍率にして1.46倍だ。2018~2040年度の社会保障費の増加は、実は2000~2015年度よりもマイルドな見通しだということがわかる。

欧州主要国より実質の社会保障費は小さい
為替の違いなどを排除できるため、対GDP比で考えると、国際比較も楽になる。欧州主要国の社会保障費の対GDP比は、日本より高い。
高齢化率は日本が断トツで高いにもかかわらずだ。つまり、なるほど日本は世界が経験したことのない超高齢社会に世界に先駆けて突入しているが、高齢化に伴う社会保障費の負担増という意味では、すでに欧州が先を行っているということだ。日本は社会保障費の膨張で未踏の領域に達しているわけではない。
もちろん、日本は税や社会保険料の対GDP比が欧州より低く、そのため、財政赤字が山積している。社会保障の効率化だけでなく、税や社会保険料の負担増も検討していく必要がある。社会保障費の増加に対し、むやみに恐怖感を持てば、正しい判断ができなくなる。

(東洋経済ONLINE)
by kura0412 | 2018-06-01 09:26 | 経済

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