2025年から2040年問題へ
2018年 01月 23日
2040年を医療制度改革の射程に
元内閣官房社会保障改革担当室長 中村秀一氏
医療・介護制度改革は、その射程を今議論されている2025年から2040年へとリセットする必要がある──。厚生労働行政に長く携わり、内閣官房の社会保障改革担当室長も務めた中村秀一氏はこう主張する。「2040年問題」への対応の必要性を訴える同氏に、その理由を聞いた。
──ちまたでは医療・介護の「2025年問題」が取り沙汰されていますが、あえて「2040年問題」に言及されているのはどうしてですか。
行政が長期計画を策定する際、普通は5年くらいにすることが多いのですが、長くても10年が限度です。あまり長期の計画にすると、政策的な現実性がなくなってしまうからです。そのため我々は「社会保障と税の一体改革」において2025年と言いましたし、そこに意味を持たせる必要があったので、「団塊の世代が後期高齢者になりきる時」ということにしました。
ただ、実際には65歳以上の高齢者数は2040年くらいまで増え続けます。そこまで行くと医療・介護サービスの量的な確保という問題は終わって、その後は減少に向かいます。ですから、2025年の次の段階としては、高齢者数がピークを迎える2040年を念頭に置いて議論すべきではないかと言っているわけです。
また、今は27%くらいの高齢化率が2040年には35%を超えると推計されていますが、増加分のほとんどは75歳以上の後期高齢者です。現在の後期高齢者は人口の13%程度ですが、その人たちが医療費のほぼ4割を使っています。2040年には後期高齢者の割合は20%を超えるでしょうから、医療費の相当部分が後期高齢者に使われることになります。
つまり日本の医療は、現在でも高齢者医療がメインなのですが、実際に提供される医療や医学教育、専門医養成カリキュラムとの間に乖離が生じてきています。今後は、ニーズにふさわしい医療提供の在り方を検討していく必要があると思います。
──現状では高齢者であっても、若い層と同様の先進的な医療を受けている例は少なくありません。
もちろん必要な医療の提供を否定するつもりはありません。ただ、医療界に慣性の法則が働いていて、長らく改革が求められているにもかかわらず、ニーズにフィットしない古いシステムがいまだ支配的なのではないかという印象を持っています。それを打ち破って、少子高齢化の時代にふさわしい医療提供体制を構築することが求められているのではないでしょうか。
そういう意味では、地域医療構想によって2025年までの絵姿が一応は描かれました。また、医療と介護の連携を図るための体制も整ってきています。それらを土台にして2025年の先、例えば2040年を見据えた改革の議論をしていくべきだと思います。
──そうした議論の中で、高齢者に対する医療をある程度制限するという選択肢は政策的にあり得ますか。
よく出てくる議論ではありますが、日本人の国民性や世論と政治の在り方からすると、実際には難しいと思います。やれるとしたら、新しく保険適用になる技術が出てきた際に、今までのように100%カバーするのではなく、コストパフォーマンスを厳密に評価したり、実施医療機関を限定するなどの手法を採るくらいではないでしょうか。
──人口減や少子高齢化が進むと、国民皆保険そのものが維持できなくなることも懸念されます。
日本の経済が1980年代並みに劇的に回復しない限り、医療費の伸びは経済成長を上回って推移していきます。これは先進国に共通の傾向ですが、そういう状況の中で医療の在り方を議論する際には、医療界として国民に十分な説明をする責任が問われると思います。「もうけ過ぎじゃないか」「ムダがあるんじゃないか」といった疑問に、医師会なり政府なりがきちんと答えていくことが求められるでしょう。
──医療ニーズが2040年でピークアウトすると、その後は医師の収入が減っていくことも予想されますが。
医療費の総額が増えずに医師が増えれば、1人当たりの取り分が減るという計算は成り立ちます。ただ、医療には供給が需要を生むという見方がある一方、歯科医師数が増えたことにより個々の収入が減少したという事実もあります。医療需要を供給が誘発する効果は一定程度あると思いますが絶対ではないので、医療ニーズが減少して競争が激しくなれば、やはり1人当たりの収入は減るでしょう。
とはいえ、医師の適正数を将来的に見通すことは容易ではありません。1980年代に医師が充足したからと医学部の定員を減らしたのに、近年は医師不足が叫ばれ医学部が新設されているわけですから。しかし養成数よりも大事なことは、国民の医療ニーズに応える医師を育てていくことです。専門医制度にしても専門領域を究める人はもっと限定して、研修医の半数以上が総合診療医になるような政策を採ることを考えてもいいと思います。
また、これは私の試案なのですが、介護保険のケアマネジャーに倣って「医療版ケアマネジャー」というのを作り、予防や健康管理にも責任を持つ医師にその仕事を任せてはどうでしょうか。患者からの相談はまずその医師が受けて、専門医療機関への紹介などを差配する「緩やかなゲートキーパー」としての役割を果たしてもらうのです。その医師が、相談を受けた高齢者にふさわしい医療を適宜判断して提供・紹介するようになれば、先に述べた医療ニーズとの乖離は解消していくことになるはずです。
(日経メディカル)
「医療版ケアマネジャー」面白い考えです。
元内閣官房社会保障改革担当室長 中村秀一氏
医療・介護制度改革は、その射程を今議論されている2025年から2040年へとリセットする必要がある──。厚生労働行政に長く携わり、内閣官房の社会保障改革担当室長も務めた中村秀一氏はこう主張する。「2040年問題」への対応の必要性を訴える同氏に、その理由を聞いた。
──ちまたでは医療・介護の「2025年問題」が取り沙汰されていますが、あえて「2040年問題」に言及されているのはどうしてですか。
行政が長期計画を策定する際、普通は5年くらいにすることが多いのですが、長くても10年が限度です。あまり長期の計画にすると、政策的な現実性がなくなってしまうからです。そのため我々は「社会保障と税の一体改革」において2025年と言いましたし、そこに意味を持たせる必要があったので、「団塊の世代が後期高齢者になりきる時」ということにしました。
ただ、実際には65歳以上の高齢者数は2040年くらいまで増え続けます。そこまで行くと医療・介護サービスの量的な確保という問題は終わって、その後は減少に向かいます。ですから、2025年の次の段階としては、高齢者数がピークを迎える2040年を念頭に置いて議論すべきではないかと言っているわけです。
また、今は27%くらいの高齢化率が2040年には35%を超えると推計されていますが、増加分のほとんどは75歳以上の後期高齢者です。現在の後期高齢者は人口の13%程度ですが、その人たちが医療費のほぼ4割を使っています。2040年には後期高齢者の割合は20%を超えるでしょうから、医療費の相当部分が後期高齢者に使われることになります。
つまり日本の医療は、現在でも高齢者医療がメインなのですが、実際に提供される医療や医学教育、専門医養成カリキュラムとの間に乖離が生じてきています。今後は、ニーズにふさわしい医療提供の在り方を検討していく必要があると思います。
──現状では高齢者であっても、若い層と同様の先進的な医療を受けている例は少なくありません。
もちろん必要な医療の提供を否定するつもりはありません。ただ、医療界に慣性の法則が働いていて、長らく改革が求められているにもかかわらず、ニーズにフィットしない古いシステムがいまだ支配的なのではないかという印象を持っています。それを打ち破って、少子高齢化の時代にふさわしい医療提供体制を構築することが求められているのではないでしょうか。
そういう意味では、地域医療構想によって2025年までの絵姿が一応は描かれました。また、医療と介護の連携を図るための体制も整ってきています。それらを土台にして2025年の先、例えば2040年を見据えた改革の議論をしていくべきだと思います。
──そうした議論の中で、高齢者に対する医療をある程度制限するという選択肢は政策的にあり得ますか。
よく出てくる議論ではありますが、日本人の国民性や世論と政治の在り方からすると、実際には難しいと思います。やれるとしたら、新しく保険適用になる技術が出てきた際に、今までのように100%カバーするのではなく、コストパフォーマンスを厳密に評価したり、実施医療機関を限定するなどの手法を採るくらいではないでしょうか。
──人口減や少子高齢化が進むと、国民皆保険そのものが維持できなくなることも懸念されます。
日本の経済が1980年代並みに劇的に回復しない限り、医療費の伸びは経済成長を上回って推移していきます。これは先進国に共通の傾向ですが、そういう状況の中で医療の在り方を議論する際には、医療界として国民に十分な説明をする責任が問われると思います。「もうけ過ぎじゃないか」「ムダがあるんじゃないか」といった疑問に、医師会なり政府なりがきちんと答えていくことが求められるでしょう。
──医療ニーズが2040年でピークアウトすると、その後は医師の収入が減っていくことも予想されますが。
医療費の総額が増えずに医師が増えれば、1人当たりの取り分が減るという計算は成り立ちます。ただ、医療には供給が需要を生むという見方がある一方、歯科医師数が増えたことにより個々の収入が減少したという事実もあります。医療需要を供給が誘発する効果は一定程度あると思いますが絶対ではないので、医療ニーズが減少して競争が激しくなれば、やはり1人当たりの収入は減るでしょう。
とはいえ、医師の適正数を将来的に見通すことは容易ではありません。1980年代に医師が充足したからと医学部の定員を減らしたのに、近年は医師不足が叫ばれ医学部が新設されているわけですから。しかし養成数よりも大事なことは、国民の医療ニーズに応える医師を育てていくことです。専門医制度にしても専門領域を究める人はもっと限定して、研修医の半数以上が総合診療医になるような政策を採ることを考えてもいいと思います。
また、これは私の試案なのですが、介護保険のケアマネジャーに倣って「医療版ケアマネジャー」というのを作り、予防や健康管理にも責任を持つ医師にその仕事を任せてはどうでしょうか。患者からの相談はまずその医師が受けて、専門医療機関への紹介などを差配する「緩やかなゲートキーパー」としての役割を果たしてもらうのです。その医師が、相談を受けた高齢者にふさわしい医療を適宜判断して提供・紹介するようになれば、先に述べた医療ニーズとの乖離は解消していくことになるはずです。
(日経メディカル)
「医療版ケアマネジャー」面白い考えです。
by kura0412
| 2018-01-23 11:17
| 医療政策全般