曲がる歯ブラシの深い裏側

曲がる歯ブラシの教訓 事故防ぐ「スマートパワー」

子どもや高齢者による製品事故が増えている。事故を防ぎケガのリスクを下げるためには、事故データの収集とその分析結果に基づいた科学的なアプローチによる事故防止・傷害予防策が必要だ。その際に今後求められるのが、安全基準や法律による強制力のある予防策と、安全性という製品の魅力との両面から攻める「スマートパワー」戦略である。子どもの事故防止などに詳しい産業技術総合研究所の西田佳史氏と北村光司氏に、事故データの分析と傷害予防、スマートパワー戦略の考え方を解説してもらう。

人は、心身機能や認知機能などの生活機能が大きく変化する時期に、さまざまな事故を起こしやすくなる。特に成長過程にある子どもはそうだ。驚くべきことに子どもの死亡原因の第1位は、事故によるものである。高齢者の事故も近年増加している。こうした状況に対する危機感から、政府や自治体が動き始めている。
例えば、子どもが歯磨き中に転倒して歯ブラシがのどに刺さる事故が相次いでいるとして、東京都が専門家らによる協議会を発足。消費者庁も警察庁や厚生労働省など8省庁と連携して、子どもの事故情報を共有化する仕組みづくりに乗り出すという。子どもや高齢者のように生活機能が変化しやすい者に対して、安全に成長したり活躍したりできる社会を世界に先駆けて構築していくことは、少子高齢化の先頭を走る日本の重要な責務と言える。
そのためには、個人の生活機能の変化に対してうまく適応していく社会、生活の質や安全な状態を回復してくれる社会(生活機能レジリエント社会)を構築していく必要がある。ここでは、筆者らの研究成果に基づいて、特に子どもを例とした生活機能レジリエント社会のあり方を考える。
筆者らは企業と連携しながら、数多くの子どもの傷害の実態を調査し、事故分析データに基づいた科学的なアプローチによって実効的効果のある傷害予防策を探る研究を行っている。その中から、最近開発された製品や最近効果が検証された安全基準改訂の事例を紹介するとともに、我々の社会を生活機能変化者の傷害を予防できる社会へと変えていくための方策を示す。

■歯ブラシによる刺傷事故
子どもの事故として多いものに、歯ブラシや箸、ストローなど、棒状のものをくわえた状態で転倒することによる口腔・咽頭部の刺傷事故がある。東京消防庁の救急搬送データによると、歯ブラシに関係した傷害は2009~2013年で215件あった。年齢は1歳が46%を占め、1~2歳では74.9%に至る。事故原因は「転倒」が69.3%と圧倒的に多かった。
しかし、その防止策は注意喚起にとどまっており、傷害発生メカニズムの理解やそれに基づく安全基準の整備は行われていなかった。そこで、筆者らは歯ブラシによる刺傷のメカニズムを詳しく調べるため、産業技術総合研究所で開発した落下試験機を用いて、1歳児が口にくわえたまま転倒した際に受ける力の推定を行った。
落下試験機は、加速度センサー、力センサー、重りなどから構成されており、これに歯ブラシ、子どもの口腔内の皮膚を模擬した鶏肉を取り付けて実験した(図1)。重りの質量は、最も転倒の事故が多い1歳児の頭部質量に相当する2.4kgとした。また、転倒の際、地面や家具に衝突したときの頭部の速度は、乳幼児転倒に関するデータベースを用いて導出した。
このデータベースは、被験者数が19人で、年齢の中央値が23.8カ月、同標準偏差が10.5カ月、転倒回数105回のデータを基に作成したものである。同データベースを分析したところ、静止立位状態からの転倒における頭部の最大速度のうち、最も頻度が高い値は1.5~1.6m/s程度であることが分かった。そこで、これらの値を用いて実態に即した実験を行った。

近年は、「有限要素法」を用いた刺傷の物理シミュレーションも可能となっている。シミュレーションを利用するとさまざまな形状や材料特性を持つ歯ブラシに対して、転倒時に口腔内に掛かる力を予測できるようになる。そこで、前述の実験で用いた歯ブラシと同じ形状、材質の条件でシミュレーションしたところ、口腔内にかかる圧力は実験と同等の12.7MPaであると算出された。
人間の口腔内の皮膚の材料特性は不明だが、材料特性が判明している首、胸部、腹部、大腿部などの部位の皮膚では、応力が3~15MPa程度で破壊されることが分かっている。これを参考に考えると15.6MPaや12.7MPaは十分大きな値であり、今回の実験とシミュレーションの結果は、静止立位状態から転倒して1歳の頭部質量が作用しただけでも、口腔内の粘膜を貫通する可能性があることを示唆している。

■科学分析が生んだ新しい予防法
上述のように力学的な刺傷の分析が可能になると、口腔内にかかる圧力をどの程度まで低減すべきかなど、予防策を科学的に検討することが可能となる。その結果、考え出されたのが歯ブラシの柄を、柔軟なシリコーンにするという新しい発想の予防法である。シリコーン素材を活用することで、歯ブラシをくわえたまま転倒した場合でも柄が湾曲することで口腔内の粘膜に大きな力がかからないようにできる。
実際、前述の実験条件下でも口腔内に1.3MPa以下の圧力しか発生しない歯ブラシが既に販売されている。科学的なアプローチによって刺傷のリスクを大きく低減できるのである。
このように、乳幼児の行動を詳しく分析する技術や傷害シミュレーションを駆使して身体の内部の挙動を詳しく調べる技術の活用が始まっている。傷害の発生メカニズムの解明や、そのメカニズムの理解に基づいた予防法の開発が可能になってきているのである。
一般に傷害予防の分野では、 「3つのE」によるアプローチが重要とされている。1つは製品・環境のデザイン(Engineering)、 2つ目は教育(Education)、 3つ目は法規制(Enforcement)である。歯ブラシの事例は、教育や注意喚起だけに頼るのではなく、製品・環境の新たなデザインによって傷害予防を実現する1つ目のEによるアプローチの好例といえる。

■自転車のスポーク外傷
子どもの事故としては、自転車の車輪部に足を巻き込まれるスポーク外傷と呼ばれる傷害も多い。安全基準改訂の事例として、事故予防のために製品安全協会のSG基準を改定した例をみてみよう。この事例は3つのEによるアプローチのうち、3つ目の「法規制」によるものといえる。
筆者らの研究グループでは、医療機関で傷害データを収集する「傷害サーベイランスシステム」を開発し、医療機関と連携することで傷害データを継続的に収集してきた。このシステムでは、子どもの年齢や発達段階、事故に関わった製品、事故の種類、傷害の種類、受傷部位の情報などのデータを記録している。特に、受傷部位の情報の記録に関しては、「身体地図情報システム」という新しいシステムを開発した。

身体地図情報システムは、Googleマップなどに代表される地理情報システム(GIS)の身体版といえる。体の位置情報をベースとして、受傷した部位の名前や裂傷などの傷害の種類などさまざまな情報を身体の座標系上に記録できるようにしたシステムである。
ユーザーは、ディスプレー上に表示された3Dの人体モデル上に、マウス操作で傷害の位置や形状を直感的に入力できる。入力された受傷部位データは事故事例をまたがって扱えるため、複数の事例データを重ね合わせて統計的に分析することが可能である。
身体地図情報システムを含む傷害サーベイランスシステムは、2006年11月に国立成育医療研究センターに導入され、2016年4月まで9年間余りの間で約3万4000件の傷害データを収集した。

■受傷頻度が最も高いのは踵
額や膝などの傷害も多いが、最も受傷頻度が高いのは踵(かかと)である。さらに、同システムを使って踵を受傷した事故の状況を詳細に分析したところ、その多くがスポーク外傷であることが分かった。
このようなデータに基づいた分析がきっかけとなり、安全基準の改定の機運が高まった。具体的には、自転車メーカーが率先して問題解決を図るプロジェクトが発足したのである。
同プロジェクトでは、1~9歳までの約200人の子どもに協力してもらい、自転車の後部座席に座った際に、足がどこまで届くのかを計測。そのデータに基づいて、スポーク外傷に至る事故を予防するために必要な後輪のカバー範囲を明らかにした。これら一連の分析や検討が、製品安全協会による2011年の「自転車用幼児座席のSG基準」改定につながった。
SG基準改定後(2011年12月以降)の子どもの自転車事故による受傷部位の頻度マップを示した。改定後の基準を満たした自転車用幼児座席がいつから普及し、普及率がどのように変化したかが不明なため評価に限界はあるものの、踵の受傷頻度が頭部など他の部位に比べて大幅に減少していることが分かる。
SG基準の改定前と比べると、改定後は踵部の受傷確率(体全体の受傷を100%とした場合の踵の割合)が半減しており、大きな予防効果を達成したといえる。このように傷害データを継続的に収集すれば、基準の改定による効果を定量的に評価することが可能となる。

■ソフトな力とハードな力の両面から
歯ブラシの刺傷事故と自転車のスポーク外傷の2つの事故予防事例を、 「スマートパワー」という観点から考察してみたい。
スマートパワーという考え方は、国際政治学者のJoseph Nye氏が提唱したもので、世界を変える力としては、外部から変化を強いる「ハードパワー」と、内部からの変化を引き出す「ソフトパワー」の2つの力をうまく組み合わせる戦略が重要という指摘である。
例えば、国際政治でいえば、軍事力や経済制裁によるハードパワーと、こちらが好きなものを相手の国民にも好きになってもらうような説得や魅力といったソフトパワーをスマートに(賢く)組み合わせることである。このハードパワーとソフトパワーという観点から、前述の2つの傷害予防事例を捉え直してみる。

スポーク外傷予防の事例は、安全基準を改訂してそれを守ることを強要するハードパワー的なアプローチである。一方、歯ブラシの刺傷事故の予防は、曲がる機能を全メーカーが採用する必要はないが、それを開発した企業は先進的と評価される。その意味で企業は自主的に新たな魅力を提供しており、ソフトパワー的アプローチといえる。
特に、子どもの傷害予防の分野では、子どもの安全性・産みやすさ/育てやすさ・創造性などに貢献する製品やサービスを表彰する「キッズデザイン賞」という民間表彰制度が2007年から始まっている。こうした魅力づくりを後押しする仕組みは、ソフトパワーを強化するものといえる。このように子どもの傷害予防の分野では、ハードパワー(強制力)とソフトパワー(吸引力・魅力)をうまく使って、社会を変える活動が進んでいる。

■スマートパワー戦略で安全な社会へ
では、どうしてハードパワーだけではだめなのだろうか。製品の危険性が明らかになったら、その提供を禁止する、もしくは改善を義務付けるというアプローチは最も分かりやすい製品安全対策のように思える。実際、多くの製品は、法律や業界基準などによって安全基準が定められている。
しかし、実はハードパワーだけでは、事故防止に向けて社会を変える力としては不十分である。ハードパワーだけに頼ると、事故が発生した際に「JIS規格などは守っているから事故はユーザーの誤使用の問題である」「製品側には責任がない」という議論に陥りがちである。
そうではなく、消費者に魅力ある選択肢を提供し、それが選択されることで、だんだんと社会に広がっていくという方法で社会を変えていくアプローチも必要である。さもなければ、明確に製品に起因する事故以外を予防することが難しくなり、課題解決に踏み出さない社会として停留してしまう。

今回紹介した事例以外にも、100円ライターのチャイルド・レジスタンス義務付け(ハードパワー事例)、高温の水蒸気が出ない炊飯器(ソフトパワー事例)、遊具の設置面に関する国の指針(ハードパワー事例)10)、転倒してもお湯が漏れない電気ケトル(ソフトパワー事例)という具合に、ソフトパワーとハードパワーが組み合わさって、社会が変化している。
同様のことは高齢者の事故防止についても言える。子どもの事故の多くは、子どもの生活機能の変化によって生じるが、高齢者の事故も生活機能の変化が関わっている。今後、日本がこうした生活機能の変化に適応した進んだ社会を作っていくに当たり、全てをハードパワーという強制力で変えていくことは困難と考えられる。
そのとき有効な手段となり得るのは、ここで紹介したようなハードパワーとソフトパワーを組み合わせて取り入れていくスマートパワー戦略だろう。特に、生活機能が変化しやすい子どもや高齢者は、想定した使い方から外れた誤使用のリスクが高いことから、スマートパワー戦略が有効となる。

【日経新聞】



曲がる歯ブラシの深い裏側です。
by kura0412 | 2016-10-18 10:37 | 歯科 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


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ミラー片手に歯科医師の本音

『口腔健康管理とかかりつけ歯科医』

今回の改定を医療全体的にみると三つの注目すべき特徴がありました。一つは伸び続けていた調剤には厳しい結果となったこと。7対1の入院基本料の要件の厳格化。そして改定の中で「かかりつけ」という概念が明確に組みこまれまれました。
「かかりつけ」に関しては医師、薬剤師に加え歯科でも導入されていますが、「かかりつけ歯科医」はあくまでも「保険用語に一つ」というイメージがあります。しかしながら医科、薬科ではこの「かかりつけ」を軸に医療体制の新しいイメージを描きつつ、今後の政策を積み重ねる意気込みを感じます。そこにあるのは、地域包括ケアの推進がベースにあっての考えです。例えば、今回の改定では紹介状のない大病院の初診・再診料自己負担は大幅なアップとなりました。また、調剤の方ではかかりつけ薬剤師指導料算定をきっかけに、患者とのコミニュケーションを密に図ろうとする試みを目指します。
一方、医療政策として改定と対をなす基金は、歯科医療の環境整備にも益々重要な意味を持ちます。ただ、今回改定の中でも可能性の秘めた項目としていくつか点数化は見られましたが、基金が改定とリンクすることなく、独立しての事業になっている印象は拭えません。限られた予算の中でのやり繰りです。W改定に向けての改定と基金との相乗効果を目指す為の戦略と、それに沿った事業の立案が必要となってきます。
包括ケアを視野に入れての「かかりつけ歯科医」でポイントとなるのが口腔ケアです。その有用性は医科からも視線が注がれています。然るに、口腔ケアという言葉が、ブラッシングのみの狭義に捉えられている現状があり、本来の口腔ケアの意味する嚥下機能も含めた口腔全体を管理する視点の広がりが不足しています。その観点からみると、今回日本歯科医学会が「口腔健康管理」と称した新たな口腔ケアの概念の提唱は機知を得た提案です。摂食機能療法などを加えた従来の歯科治療を「口腔機能管理」、歯石除去、PTCなど歯科衛生士の実施するエリアを「口腔衛生管理」、そして一般の方が実施する口腔清拭、食事介助などを「口腔ケア(狭義)」として、この三点を総じて「口腔健康管理」としました。
広義の口腔ケアとして定義する考えは、真の意味での「かかりつけ歯科医」が目指す所です。既にW改定に向けての作業が進む中で、この概念を一日も早く歯科界内部で意見の確認をしながら、国民への認知を広めなければなりません。
日医はかかりつけ医機能研修制度を創設し、独自の「かかりつけ医」というものを推し進めようしています。そしてその講習の中に「かかりつけ医の摂食嚥下障害」のメニューも組み込まれています。また、地域包括ケアに向けた「かかりつけ連携手帳」の作成に着手し、そのスピードは目を見張るものがあります。『かかりつけ歯科医』、『口腔健康管理』、『摂食嚥下障害』のキーワードは、地域包括ケアの中で育ちそうな芽であることは間違いありません。残す課題は、地域包括ケアを主導する日医、地区医師会との更なる連携の強化と事業実現に向けてのスピードを加速させることです。




『食べる=生きる』

地方消滅で日本の少子化高齢化に対して大きな警笛を鳴らした日本創成会議が「高齢者の終末医療を考える」と称したシンポジュウムを先日開催しました。その議論を聞くに、地方消滅と終末医療?そんな一見結びつかない二つが、これからの日本の大きな課題となっています。それと共に、改めて人の死という死生観を医療分野の一角に位置する歯科医師として、見つめ直す時期が今あるものと感じます。
高齢化になって、いわゆる寝たきり老人に対していろいろな考え方が示され、特に胃瘻の是非については大きな意見が分かれるところです。欧米においては日本で常習化している高齢者、寝たきり老人への適応が少ないとのこと。この点に関しては中医協でも前回の改定では、嚥下検査の有無によって評価を変えるという対応がなされ、また今回の改定での議論では、その経過の調査結果も示されています。しかしその一方、この問題が話題になって、胃瘻によって日常生活が暮らせるレベルになる患者さんまで拒否するような実例があり、医療現場その対応に苦慮する場面が多々見られる話も聞きます。
この問題は、医療、介護費増大から語られることが多かったのですが、タブー視されていた死に対する考え方が社会問題の遡上に挙がっていることは、大きな時代の変化として捉えられます。そして、食べることは従来から歯科界も提唱するように、単に延命だけが目的ではありません。生きていることの喜びを感じる、人間としての尊厳に係わる重要な日常生活の一つなのです。
医療関係者以外でも「食べる=生きる」を唱える人がいます。「食べることは、呼吸と等しく、いのちの仕組みに組み込まれているもの。」とは、料理研究家・辰巳芳子氏が唱えている私の好きな一文です。そして欧米での判断基準となる「食べる」ことの有無が延命治療の是非判断の基準となる考え方は、経済問題を抜きにしてもその専門家集団である歯科界の属するものが改めて真摯に議論し、一つの考え方を社会に示す責務があると考えます。
然るに、だかからといって歯科界が社会の先頭に立って、自らが死生観の変更を訴える必要はありません。これは社会全体で既にうごめく潮流であり、歯科界はあくまでもこの分野に特化した専門家として食べることの重要性、必要性を改めて世に唱え、それを臨床の場で実践を積み重ねれば良いのです。果たしてこれをも医科が歯科から奪い取り、領域拡大を目指すのでしょうか。
この死生観の議論の推移を見守ると共に、食べることへの支援を更に強める為に、摂食嚥下への歯科領域からの積極的なアプローチが必要となってきています。何故ならば、咀嚼と嚥下は対となって多くの結果を導き出すことが立証され、食べることを特化した専門家としての医療人としては、現状のままでは取り組みが不十分だからです。歯科医療は新たなる視点をもって社会に貢献する時代の到来です。あとはそれを導き、フォローする具体的な政策を積みかさねることです。歯科医療は真の意味での生きる喜びを支援する世界を導きます。



『飲み込みは大丈夫ですか』

基金における事業が一つのきっかけとなって、在宅診療、医療連携が新たな展開に進み始めています。それぞれの医療環境の実情を踏まえて、地域独自の取り組むこの基金を利しての新たな事業は、診療報酬と対になるこれからの歯科医療全体へ大きく波及する政策です。そしてこの基金は、来年度において今年度予算規模に介護関係が上乗せされる計画となっており、医療介護の垣根を越えた地域包括ケアシステム構築としての発想が必要となっています。
歯科における在宅診療の中心は、従来の診療所における診療の延長としての義歯調整から始まり、口腔ケアの対応へと進んでいます。口腔ケアの効果は、既に誤嚥性肺炎予防という観点から医科の関係者は元より介護関係者にも認知されています。それに加えてここきてスポットライトが浴びているのが、今回の基金でもいくつかの地域で事業が計画される摂食嚥下の分野です。
しかしながら、介護保険の認定審査項目にも「えん下」という項目がありながら、実際に摂食嚥下の対応は、一部の大学病院、リハビリテーション、耳鼻科があって積極に取り組んでいる病院以外、殆ど対応出来ていないのが介護、医療の世界の現状です。その理由は簡単です。採算が合わないからです。特に歯科においては無報酬に等しい状態です。
 嚥下の対応は、適応が少ない耳鼻科領域の手術以外その改善方法の中心は訓練、姿勢の改善、食形態変更のアドバイスなどで薬の処方もありません。検査も歯科では保険算定が認められていない内視鏡・造影検査と問診を中心としたスクーリングテストです。近年、摂食機能療法が歯科でも算定可能となりましたが、それは鼻腔栄養、胃瘻増設患者に限定されており、重度になる前の本来対応が必要な患者さんには算定出来ません。
そしてもう一つこの分野を歯科が推し進めるハードルとなるのが、隣接する医科の反応です。現在、摂食嚥下リハビリテーションは歯科医師を中心としたアプローチと耳鼻科、あるいはリハビリテーション科の医師を中心としたアプローチの二つがあります。本来ならば他の疾患でもあるように医科が歯科は口腔内のみと突っぱねるところですが、儲からない中で耳鼻科医の成り手が減少し忙しく手が回りません。それと共に、「摂食・嚥下リハビリテーション学会」の「・」がなくなり「摂食嚥下リハビリテーション学会」に名称を変えたように、嚥下と摂食、咀嚼は一連の動作であり、咀嚼のプロである歯科医師を係わりから排除することは出来ません。咀嚼して嚥下することによって食べることが出来るのです。
もし、嚥下を歯科の領域と社会から認知されれば、歯科診療所が「食べる」ことの社会ステーションと成り得ます。口から食べることへの支援が生きる為、生活を支える源であることが歯科診療所から発信が可能と成ります。したがって報酬的評価は低くても、嚥下に問題ある人が歯科診療所に相談することへの広がり目指し、その実現に向かっての政策を積み重ねる必要があります。先ずは先生方が診療所で「飲み込みは大丈夫ですか」の一言を問える環境作りがその第一歩です。




『この道しかなかった中で』

この原稿を書いている今、衆議院選挙の結果は分かっていません。しかし事前の各マスコミみれば自民党圧勝予測です。選挙は投票箱が閉められるまで何が起こるか分かりませんが、少なくても安倍退陣はなく、任期2年を残しての安倍首相の解散の決断は見事成功となりそうです。
メディアは大義ない解散と騒ぎましたが、今回の安倍首相の解散目的は明確です。日本の経済再生を目指し、自らが提唱したアベノミクスの敢行の為の長期政権への道を切り開くことです。無論、長期政権となってもアベノミクス成功の確定はありません。しかし野党からは、アベノミクスに代わって日本経済再生を可能とする具体的な対案は示されませんでした。マニフェストに踊らされて政権交代を選択したことを悔やむ多くの有権者は、その提示なしで現在の野党にもう投票することは出来ません。また第三極への期待感も、離れたりよりを戻したりの腰の落ち着きのなさを感じ、一時のブームに終わりそうです。となると自民党のキャッチフレーズ「この道しかない」、安倍政権に託すしか今回の選挙では有権者に選択肢がなかったことになります。では長期政権となるこれからの政治情勢を踏まえて、歯科界はどう安倍政権と向き合わなければいけないのでしょうか。
今回の総選挙でのマスコミの世論調査では、有権者は社会保障に対しては経済再生と並び非常に関心をもっていましたが、その政策論戦は殆ど成されませんでした。特に自民党が示した政策は、医療に関してはないも等しいような扱いです。唯一あったのが、既にスタートしている社会保障改革のプログラム法案のスケジュールに則って進めるということです。但しこのプログラム法案の対となす消費税増税が延期となったわけですので、そのスケジュールの変更は必要になってきました。恐らく16年度改定に対しては、これを理由に財務省から厳しい対応を迫られるのは必至です。
この現実の意味するものは、現行の医療制度、水準を是とする考え方がベースにあります。消費税増税、経済再生となって税収が増えたとしても、けっして医療の大幅な拡充が成されるわけではありません。それどころか、もし経済再生と成らなければ医療費はそぎ落とされる可能性もあります。これからは少子高齢化、財政再建を踏まえて、いかにレベルを落とすことなく現行の医療を保つことへの模索が始まります。しかしながら理不尽な政策に対して、責任ある医療人として対応することは当然であり、大きな改善が必要な歯科と、既に一定の医療経営環境を維持している医科とでは立ち位置が異なります。先ずはこの点への内外の理解を求めることがスタートとなります。
選挙終わるのを待って各種医療政策への対応が加速的に進みます。幸いにして政治の世界では現在の歯科医療の現状は理解されつつあり、一つ一つの政策毎の対応スタンスが求められています。果たしてこの道しかなかった中で、歯科界はどう歩みを進めるべきなのでしょうか。歯科界の政策対応能力と政治力の真価が問われています。




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