日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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曲がる歯ブラシの深い裏側

曲がる歯ブラシの教訓 事故防ぐ「スマートパワー」

子どもや高齢者による製品事故が増えている。事故を防ぎケガのリスクを下げるためには、事故データの収集とその分析結果に基づいた科学的なアプローチによる事故防止・傷害予防策が必要だ。その際に今後求められるのが、安全基準や法律による強制力のある予防策と、安全性という製品の魅力との両面から攻める「スマートパワー」戦略である。子どもの事故防止などに詳しい産業技術総合研究所の西田佳史氏と北村光司氏に、事故データの分析と傷害予防、スマートパワー戦略の考え方を解説してもらう。

人は、心身機能や認知機能などの生活機能が大きく変化する時期に、さまざまな事故を起こしやすくなる。特に成長過程にある子どもはそうだ。驚くべきことに子どもの死亡原因の第1位は、事故によるものである。高齢者の事故も近年増加している。こうした状況に対する危機感から、政府や自治体が動き始めている。
例えば、子どもが歯磨き中に転倒して歯ブラシがのどに刺さる事故が相次いでいるとして、東京都が専門家らによる協議会を発足。消費者庁も警察庁や厚生労働省など8省庁と連携して、子どもの事故情報を共有化する仕組みづくりに乗り出すという。子どもや高齢者のように生活機能が変化しやすい者に対して、安全に成長したり活躍したりできる社会を世界に先駆けて構築していくことは、少子高齢化の先頭を走る日本の重要な責務と言える。
そのためには、個人の生活機能の変化に対してうまく適応していく社会、生活の質や安全な状態を回復してくれる社会(生活機能レジリエント社会)を構築していく必要がある。ここでは、筆者らの研究成果に基づいて、特に子どもを例とした生活機能レジリエント社会のあり方を考える。
筆者らは企業と連携しながら、数多くの子どもの傷害の実態を調査し、事故分析データに基づいた科学的なアプローチによって実効的効果のある傷害予防策を探る研究を行っている。その中から、最近開発された製品や最近効果が検証された安全基準改訂の事例を紹介するとともに、我々の社会を生活機能変化者の傷害を予防できる社会へと変えていくための方策を示す。

■歯ブラシによる刺傷事故
子どもの事故として多いものに、歯ブラシや箸、ストローなど、棒状のものをくわえた状態で転倒することによる口腔・咽頭部の刺傷事故がある。東京消防庁の救急搬送データによると、歯ブラシに関係した傷害は2009~2013年で215件あった。年齢は1歳が46%を占め、1~2歳では74.9%に至る。事故原因は「転倒」が69.3%と圧倒的に多かった。
しかし、その防止策は注意喚起にとどまっており、傷害発生メカニズムの理解やそれに基づく安全基準の整備は行われていなかった。そこで、筆者らは歯ブラシによる刺傷のメカニズムを詳しく調べるため、産業技術総合研究所で開発した落下試験機を用いて、1歳児が口にくわえたまま転倒した際に受ける力の推定を行った。
落下試験機は、加速度センサー、力センサー、重りなどから構成されており、これに歯ブラシ、子どもの口腔内の皮膚を模擬した鶏肉を取り付けて実験した(図1)。重りの質量は、最も転倒の事故が多い1歳児の頭部質量に相当する2.4kgとした。また、転倒の際、地面や家具に衝突したときの頭部の速度は、乳幼児転倒に関するデータベースを用いて導出した。
このデータベースは、被験者数が19人で、年齢の中央値が23.8カ月、同標準偏差が10.5カ月、転倒回数105回のデータを基に作成したものである。同データベースを分析したところ、静止立位状態からの転倒における頭部の最大速度のうち、最も頻度が高い値は1.5~1.6m/s程度であることが分かった。そこで、これらの値を用いて実態に即した実験を行った。

近年は、「有限要素法」を用いた刺傷の物理シミュレーションも可能となっている。シミュレーションを利用するとさまざまな形状や材料特性を持つ歯ブラシに対して、転倒時に口腔内に掛かる力を予測できるようになる。そこで、前述の実験で用いた歯ブラシと同じ形状、材質の条件でシミュレーションしたところ、口腔内にかかる圧力は実験と同等の12.7MPaであると算出された。
人間の口腔内の皮膚の材料特性は不明だが、材料特性が判明している首、胸部、腹部、大腿部などの部位の皮膚では、応力が3~15MPa程度で破壊されることが分かっている。これを参考に考えると15.6MPaや12.7MPaは十分大きな値であり、今回の実験とシミュレーションの結果は、静止立位状態から転倒して1歳の頭部質量が作用しただけでも、口腔内の粘膜を貫通する可能性があることを示唆している。

■科学分析が生んだ新しい予防法
上述のように力学的な刺傷の分析が可能になると、口腔内にかかる圧力をどの程度まで低減すべきかなど、予防策を科学的に検討することが可能となる。その結果、考え出されたのが歯ブラシの柄を、柔軟なシリコーンにするという新しい発想の予防法である。シリコーン素材を活用することで、歯ブラシをくわえたまま転倒した場合でも柄が湾曲することで口腔内の粘膜に大きな力がかからないようにできる。
実際、前述の実験条件下でも口腔内に1.3MPa以下の圧力しか発生しない歯ブラシが既に販売されている。科学的なアプローチによって刺傷のリスクを大きく低減できるのである。
このように、乳幼児の行動を詳しく分析する技術や傷害シミュレーションを駆使して身体の内部の挙動を詳しく調べる技術の活用が始まっている。傷害の発生メカニズムの解明や、そのメカニズムの理解に基づいた予防法の開発が可能になってきているのである。
一般に傷害予防の分野では、 「3つのE」によるアプローチが重要とされている。1つは製品・環境のデザイン(Engineering)、 2つ目は教育(Education)、 3つ目は法規制(Enforcement)である。歯ブラシの事例は、教育や注意喚起だけに頼るのではなく、製品・環境の新たなデザインによって傷害予防を実現する1つ目のEによるアプローチの好例といえる。

■自転車のスポーク外傷
子どもの事故としては、自転車の車輪部に足を巻き込まれるスポーク外傷と呼ばれる傷害も多い。安全基準改訂の事例として、事故予防のために製品安全協会のSG基準を改定した例をみてみよう。この事例は3つのEによるアプローチのうち、3つ目の「法規制」によるものといえる。
筆者らの研究グループでは、医療機関で傷害データを収集する「傷害サーベイランスシステム」を開発し、医療機関と連携することで傷害データを継続的に収集してきた。このシステムでは、子どもの年齢や発達段階、事故に関わった製品、事故の種類、傷害の種類、受傷部位の情報などのデータを記録している。特に、受傷部位の情報の記録に関しては、「身体地図情報システム」という新しいシステムを開発した。

身体地図情報システムは、Googleマップなどに代表される地理情報システム(GIS)の身体版といえる。体の位置情報をベースとして、受傷した部位の名前や裂傷などの傷害の種類などさまざまな情報を身体の座標系上に記録できるようにしたシステムである。
ユーザーは、ディスプレー上に表示された3Dの人体モデル上に、マウス操作で傷害の位置や形状を直感的に入力できる。入力された受傷部位データは事故事例をまたがって扱えるため、複数の事例データを重ね合わせて統計的に分析することが可能である。
身体地図情報システムを含む傷害サーベイランスシステムは、2006年11月に国立成育医療研究センターに導入され、2016年4月まで9年間余りの間で約3万4000件の傷害データを収集した。

■受傷頻度が最も高いのは踵
額や膝などの傷害も多いが、最も受傷頻度が高いのは踵(かかと)である。さらに、同システムを使って踵を受傷した事故の状況を詳細に分析したところ、その多くがスポーク外傷であることが分かった。
このようなデータに基づいた分析がきっかけとなり、安全基準の改定の機運が高まった。具体的には、自転車メーカーが率先して問題解決を図るプロジェクトが発足したのである。
同プロジェクトでは、1~9歳までの約200人の子どもに協力してもらい、自転車の後部座席に座った際に、足がどこまで届くのかを計測。そのデータに基づいて、スポーク外傷に至る事故を予防するために必要な後輪のカバー範囲を明らかにした。これら一連の分析や検討が、製品安全協会による2011年の「自転車用幼児座席のSG基準」改定につながった。
SG基準改定後(2011年12月以降)の子どもの自転車事故による受傷部位の頻度マップを示した。改定後の基準を満たした自転車用幼児座席がいつから普及し、普及率がどのように変化したかが不明なため評価に限界はあるものの、踵の受傷頻度が頭部など他の部位に比べて大幅に減少していることが分かる。
SG基準の改定前と比べると、改定後は踵部の受傷確率(体全体の受傷を100%とした場合の踵の割合)が半減しており、大きな予防効果を達成したといえる。このように傷害データを継続的に収集すれば、基準の改定による効果を定量的に評価することが可能となる。

■ソフトな力とハードな力の両面から
歯ブラシの刺傷事故と自転車のスポーク外傷の2つの事故予防事例を、 「スマートパワー」という観点から考察してみたい。
スマートパワーという考え方は、国際政治学者のJoseph Nye氏が提唱したもので、世界を変える力としては、外部から変化を強いる「ハードパワー」と、内部からの変化を引き出す「ソフトパワー」の2つの力をうまく組み合わせる戦略が重要という指摘である。
例えば、国際政治でいえば、軍事力や経済制裁によるハードパワーと、こちらが好きなものを相手の国民にも好きになってもらうような説得や魅力といったソフトパワーをスマートに(賢く)組み合わせることである。このハードパワーとソフトパワーという観点から、前述の2つの傷害予防事例を捉え直してみる。

スポーク外傷予防の事例は、安全基準を改訂してそれを守ることを強要するハードパワー的なアプローチである。一方、歯ブラシの刺傷事故の予防は、曲がる機能を全メーカーが採用する必要はないが、それを開発した企業は先進的と評価される。その意味で企業は自主的に新たな魅力を提供しており、ソフトパワー的アプローチといえる。
特に、子どもの傷害予防の分野では、子どもの安全性・産みやすさ/育てやすさ・創造性などに貢献する製品やサービスを表彰する「キッズデザイン賞」という民間表彰制度が2007年から始まっている。こうした魅力づくりを後押しする仕組みは、ソフトパワーを強化するものといえる。このように子どもの傷害予防の分野では、ハードパワー(強制力)とソフトパワー(吸引力・魅力)をうまく使って、社会を変える活動が進んでいる。

■スマートパワー戦略で安全な社会へ
では、どうしてハードパワーだけではだめなのだろうか。製品の危険性が明らかになったら、その提供を禁止する、もしくは改善を義務付けるというアプローチは最も分かりやすい製品安全対策のように思える。実際、多くの製品は、法律や業界基準などによって安全基準が定められている。
しかし、実はハードパワーだけでは、事故防止に向けて社会を変える力としては不十分である。ハードパワーだけに頼ると、事故が発生した際に「JIS規格などは守っているから事故はユーザーの誤使用の問題である」「製品側には責任がない」という議論に陥りがちである。
そうではなく、消費者に魅力ある選択肢を提供し、それが選択されることで、だんだんと社会に広がっていくという方法で社会を変えていくアプローチも必要である。さもなければ、明確に製品に起因する事故以外を予防することが難しくなり、課題解決に踏み出さない社会として停留してしまう。

今回紹介した事例以外にも、100円ライターのチャイルド・レジスタンス義務付け(ハードパワー事例)、高温の水蒸気が出ない炊飯器(ソフトパワー事例)、遊具の設置面に関する国の指針(ハードパワー事例)10)、転倒してもお湯が漏れない電気ケトル(ソフトパワー事例)という具合に、ソフトパワーとハードパワーが組み合わさって、社会が変化している。
同様のことは高齢者の事故防止についても言える。子どもの事故の多くは、子どもの生活機能の変化によって生じるが、高齢者の事故も生活機能の変化が関わっている。今後、日本がこうした生活機能の変化に適応した進んだ社会を作っていくに当たり、全てをハードパワーという強制力で変えていくことは困難と考えられる。
そのとき有効な手段となり得るのは、ここで紹介したようなハードパワーとソフトパワーを組み合わせて取り入れていくスマートパワー戦略だろう。特に、生活機能が変化しやすい子どもや高齢者は、想定した使い方から外れた誤使用のリスクが高いことから、スマートパワー戦略が有効となる。

【日経新聞】



曲がる歯ブラシの深い裏側です。
by kura0412 | 2016-10-18 10:37 | 歯科 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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