日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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ヤメ検

佐々木弁護士は報告書の再説明を――今のままでは「第三者の目」が看板倒れ

「関係者は関係者ですよ」「我々としてそう判断したということ」――。舛添要一都知事の政治資金をめぐる調査報告書が公表された6日、高飛車ともとれる口調で記者の質問を突き返した元東京地検特捜部副部長の佐々木善三弁護士。こうした態度がテレビやネットの視聴者から批判を浴びた。知事に代わる「第三者の目」として調査を行い、説明責任を果たす立場だったのに、疑惑への問いを封じ込めるかのような姿勢は知事のサポート役そのものだった。調査自体についても「ずさん」との指摘が高まる中、副部長時代の佐々木氏の仕事ぶりを知る一人として提案がある。調査内容に関してあらためて詳細な説明会見を求めたい。(フリー記者・本間誠也)

特捜副部長時代と「変わってないな」
「知事が政治資金を支出して飲食や物品購入した店に直接ヒアリングしたのか」 「どれだけ時間をかけて調べたのか」
民放テレビ記者のこれらの質問に少しかん高い声で、「そんなヒアリングにどんな意味があるのか」「あなたはそもそも事実認定というものを知らないようなので」と攻め返す佐々木氏。その様子を都庁会見場の後方席から見つめながら「変わっていないなぁ」と苦笑を禁じえなかった。その口調や物腰は特捜部副部長時代、そのままだったからだ。
政治資金の使途をめぐる知事の私的流用疑惑への怒りや失望が膨らみを増す中、知事自らが依頼し名付けた「厳しい第三者の目」の弁護士として、検事時代と同様の冷淡とも受け取れる記者への対応には危ういものを覚えた。

熱心な捜査姿勢や実績に一目置かれる
話は少し古くなる。2002年のことだ。年初から鈴木宗男衆院議員(当時)に関するさまざまな疑惑記事が週刊誌をにぎわしていた。特捜部がいつ鈴木氏をターゲットに腰を上げるかに関心が集まり、当時筆者が在籍した新聞社は鈴木氏の地元だったことから、同年4月から事件終結までの約半年、事件担当の佐々木副部長の番記者として早朝の各社個別懇談、夕方の共同懇談、夜の個別懇談を通して接触し続けた。
夕方の副部長室での共同懇談の場はいつも静かだった。気まずい沈黙の時間だった。各社からの事件関連のストレートな質問には「何をばかなことを」という表情で返答はなく、一般論として鈴木氏事件と似た過去の事件を例に挙げて捜査の筋を探ろうと試みても、ぼそぼそとけむに巻くような答えしか戻っては来ない。担当した半年近くの間、彼の目が笑った場面は記憶にない。全国紙の若手記者らは、サービス精神のかけらもない対応ぶりを批判しつつも、熱心な捜査姿勢や過去に手掛けた事件の実績には誰もが一目置いていた。
筆者は個人的に悪い印象は一切ない。捜査責任者と記者との関係ながら、半年にわたる情報のギブ・アンド・テイクを通じて多少なりとも人間関係めいたものは築けたと思っていた。
あれから14年を経て、同氏は京都地検検事正を最後に検事を退官し、いわゆる「ヤメ検」弁護士に転身する。その後、小渕優子元経産相の関連団体に関わる政治資金規正法事件を受け、小渕氏の依頼で事件を検証する第三者委員会の委員長を務め、昨年末には「監督責任は軽くはないが、本人は事件に関与していない」との結果を公表。そして今回は舛添知事の依頼で「第三者の目」となる。

検事時代なら怪しむはずの「事実認定」
知事の政治資金の使途などに絡み、元検事の若手弁護士とともに佐々木氏が作成した調査報告書は全62ページ。政治資金からの支出の一部に「不適切」という指摘はあるものの、すべての疑惑について「違法性はない」「違法性を帯びるものではない」と結論づけた。
最大の焦点である2013、14年1月の千葉・木更津のリゾートホテルでの「面談疑惑」については、5月時点の知事釈明では、「会議に参加したのは事務所関係者ら数人」だったのが、報告書は「出版社社長(元新聞記者)」一人との「面談」に変わり、会議(面談)時間も釈明会見では「相当な時間」だったが、2013年は「数時間程度」、14年は「1時間程度」に変遷している。
検事時代なら当然怪しむべきはずなのに、佐々木氏はそれには言及せず、「出版社長には事情は聴けていませんが、周囲の方からヒアリングしたところ事実関係の裏付けを確認できました」と述べた。加えて「これは事実認定の問題なので我々としてそう認定したということ。それを疑うことはできない、ということです」と言い切った。
6日の会見では、開始直前にいきなり配布された報告書の隅々に目を通す時間はなく、佐々木氏らが内容を説明した後の質問時間は20分程度しかなかった。知事側、佐々木氏側の言いっぱなしに終わった会見だった。

舛添知事は「弁護士に聞いてください」
「知事の説明と報告書内容が変わったことに疑問を持たなかったのか」「海外にいても携帯電話で通話できる時代なのに出版社社長からヒアリングできない理由は何か」「周囲の方とは何者か」「2年連続で奇特にも正月早々、家族旅行先まで来てくれる人物が、政治資金から支出された会食費の項目に一度も登場していないのはなぜか」――。
これらを含め、今は報告書に対して聞きたいことは山ほどある。
だが、知事にこうした内容の質問をぶつけても10日の定例会見では「報告書を作ったのは弁護士さんですから弁護士に聞いてください」「調査したのは私ではないので、聞かれても困ります」などと説明責任を投げ出したかのような発言ばかりを繰り返した。
そもそも、政治資金規正法違反(虚偽記載)に関わる「面談疑惑」については、出版社社長の「周囲の方」からのヒアリングで、「実態は家族旅行であったものの、(面談という)政治活動があったので違法とはいえない」という結論が導けるとは思えない。百歩譲って、この社長が存在し、2年連続で旅行先まで駆け付けたと仮定しても、面談場所が舛添一家の宿泊ルームではなくホテル内の喫茶店だったとした場合、喫茶代は政治活動費となっても宿泊費が該当するはずはない。面談は一家が泊まった部屋で行われなければ、「違法とは言えない」との結論は出ないはずだが、それは社長本人でしか知事の説明を裏付けられない。
知事が会見の場で、疑惑に関する説明について報告書作成者に預けるような発言をした以上、作成依頼を受けた弁護士として再び記者会見を開くべきではないか。知事の口ぶりでは、佐々木氏らは応じるはずがないと踏んでいるようにもみえるが、かつての同氏を知る者として、知事に代わって説明責任を果たしてくれることを願っている。

【THE PAGE】




どこかで聞いた名前の弁護士でした。知事も信頼していたのでしょうね。しかし辞任の方向に流れているようです。
by kura0412 | 2016-06-14 15:01 | 政治 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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