日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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病院受診手配サービス

原点は「医師からの総スカン」、病院受診手配サービス
メットライフ生命とティーペックの「ベストホスピタルネットワーク」

がんなどの重い病気にかかった時、どの医療機関で治療を受けるかは、患者にとって大きな選択だ。かかりつけ医が、必ずしも最適な医療機関や専門医を紹介してくれるとは限らない。「がんの名医」などの情報はちまたにあふれているが、そうした情報はしばしば患者の悩みをかえって深める。
そんな患者に対し、最適な医療機関や専門医を紹介し、受診の手配までをサポートするサービスが、民間から生まれた。電話健康相談や医師紹介を手掛けるティーペック(T-PEC)が仕組みを構築し、メットライフ生命保険が保険商品付帯サービスとして2016年4月に提供を始める「ベストホスピタルネットワーク」だ(関連記事)。
治療方針を決めるに当たり、主治医以外の医師の意見を聞く「セカンドオピニオン」を利用する患者は最近では少なくない。保険商品付帯サービスとして提供されるケースも増えてきた。だが受診までを手配し、専門医療機関での治療への道筋を付けてくれる民間サービスは業界初だ。

このサービスが生まれるまでには、長い道のりがあった。20年以上前、まだセカンドオピニオンという言葉が一般的ではなかった時代に、ティーペックの砂原健市氏(現・代表取締役社長)が知り合いの医師たちから受け取った“冷ややかな言葉”。原点はそこにある。サービス開発に至るまでの道のりと今後の展開について、ティーペックの砂原氏と、メットライフ生命保険の前田晃弘氏(執行役員 コンシューマーマーケティング担当)に聞いた。

“憤り”から起業
もともと保険業に携わっていた砂原氏がティーペックを立ち上げたのは、元号が平成に変わった1989年。きっかけは、母親がくも膜下出血で倒れ、初めにかかった病院から専門病院への転院に時間を要したために、重い後遺症が残ったこと。初診時の病院を「訴えようかと思った」(砂原氏)ほどの憤りが、医療のあり方を変えることを目指した会社を立ち上げる原動力となった。
まず立ち上げたのが、医師や看護師による24時間体制での電話健康相談サービス。
1991年に、生命保険事業者としていち早く同サービスを導入したのが現在のメットライフ生命だった。24時間体制で健康相談を受け付けるというアイデアは各方面で注目を集め、サービス開始から間もなく、砂原氏は通産省(当時)が主催する「モダンヘルスケア研究会」で講演する機会に恵まれる。
それが運命的な出会いの場となった。研究会の座長を務めた、聖路加国際病院院長(当時)の日野原重明氏との出会いだ。「『24時間体制で患者を見守ることには大きな意味がある。医学界ができなかったことに、民間の立場から挑んでいるのは素晴らしい』と励ましの言葉をもらった」(砂原氏)。

「他人の診断にケチはつけない」
当時、健康相談サービスの先に見据えていたのが「名医紹介」だった。砂原氏は20歳の頃、親戚が肺がんと診断され、わずか1カ月で亡くなるという経験をする。ところがその10年後には、末期の胃がんと診断された別の親戚が、有名医の手術で救われるという経験をした。「名医であればこそ、救える命があることを知った」(砂原氏)。そこで、親しくしていた数十人の知り合いの医師に「名医紹介サービス」の構想を話して回った。
反応は冷ややかだった。2つの側面から強い反対にあったという。第1は「日本には世界に冠たる医療制度があり、それは主治医と患者の信頼関係で成り立っている。主治医とは別の医師を紹介したところで、他人の診断に“ケチをつける”医師などいない」(砂原氏)というもの。第2は「医師に対する評価を一民間会社がくだすのか」(同氏)という批判だった。
意気消沈した砂原氏が頼ったのは、ティーペックのサービスに早くから協力してくれていた日野原氏だった。ところが、同氏からも芳しい反応は得られなかった。「同じ病院内でも、『第一外科』と『第二外科』では使う手術器具までもが違っていたりする。まして、医師が異なる医療機関の医師に接点を求めることは非常に難しい」(砂原氏)と諭されたという。

医学界を横断するネットワークをつくる
あきらめきれなかった砂原氏は、1994年ごろから「医学界を横断するようなネットワークを作ろうと動き始めた」。日野原氏の紹介などを通じ、7つの旧帝国大学医学部の教授など、医学界の権威たちとのコネクションを次々に作っていった。
医学界は「“徒弟制度”の伝統が残る世界。ネットワークを作りたいなら“上から”作れ。こんなアドバイスに従った」(砂原氏)。こうして「ドクターオブドクターズネットワーク(Doctor of Doctors Network)」と呼ぶ、国内有数の医療機関とそこに勤務する専門医から成るネットワークが徐々にできあがっていく。
砂原氏はまず、このネットワークを生かしてセカンドオピニオンサービスを始めようと考えた。だが、そこに至る道もいばらの道だった。大学病院のような有力医療機関からセカンドオピニオンサービスへの協力を取り付けるには「業務提携という形を取らなくてはならない。ところがそれには理事会や教授会の承認が必要で、一民間企業にはハードルがとても高かった」(同氏)。
それでも粘り強く交渉を続け、知己を得ていた武藤徹一郎氏(現・東京大学名誉教授、がん研有明病院名誉院長)が副院長に就任していたがん研有明病院などと、数年がかりで契約にこぎつける。2003年ごろからセカンドオピニオンサービスを本格的に開始することになった。
このサービスでは、各診療科の「総合相談医」との電話や対面での相談を、カウンセラーがアレンジ。
対面でのセカンドオピニオンでより高度な専門性が必要と判断された場合には、その分野の専門の臨床医を紹介する。総合相談医や専門の臨床医としてこれに協力するのが、ドクターオブドクターズネットワークの医師たちである。

「安心感」で終わらせない
セカンドオピニオンに必要な紹介状に2006年から保険が適用されるなどの追い風もあり、セカンドオピニオンはその後、広く一般に浸透する。この間、ティーペックはサービス体制を拡充。現在までに、ドクターオブドクターズネットワークに協力する全国の医療機関はおよそ100施設、評議員・総合相談医を務める医師は500人近くに達した。
ただしセカンドオピニオンはあくまでも、他の医師の意見を聞いた上で主治医のもとへ戻ることが前提だ。「主治医の判断に対する賛同を得たという安心感が、セカンドオピニオンの効用であることが実際には多い」(砂原氏)。
がんなどの疾患の治療実績は、医療機関によって大きなばらつきがある。患者にとってはその中から最適な医療機関を選ぶことが望ましいが、自身や主治医の判断で最適な施設を選び、受診にまでこぎつけることはしばしば困難だ。従来のセカンドオピニオンサービスでこの問題に応えることは難しい。
そこでティーペックが、かねて協力関係にあったメットライフ生命とも協力して開発したのが「ベストホスピタルネットワーク」だ。従来のセカンドオピニオンサービスとの大きな違いは、その患者に最適と考えられる医療機関の紹介・手配までを担うこと。主治医が自分では対応できないと判断した症例について、患者がティーペックに受診先の紹介・手配を依頼。紹介・手配が可能な場合、患者が主治医に紹介状を依頼した上で、ディーペックが手配した医療機関を受診する仕組みだ。
2016年4月に、メットライフ生命が保険商品付帯サービスとして提供を始める。既に24の医療機関から協力を取り付けており、この数をさらに増やしていく計画だ。

保険のターゲットも“病気以前”へ
メットライフ生命にとって今回のサービスは「消費者としての目線も持つ保険加入者に訴える、差異化要素になる」(前田氏)。同社はこれまでも、ティーペックとの協業などを通じ、業界を先駆けるサービスを開発してきた。
2013年には、ティーペックによる「ガン総合サポートサービス」「メンタルヘルスサポートサービス」「糖尿病総合サポートサービス」を保険商品付帯サービスに追加。ガン総合サポートサービスについては、業界初をうたう「粒子線治療サポートサービス」の提供も始めた。先進医療の対象となる重粒子線や陽子線によるがん治療をサポートするものだ。がんに罹患した加入者が粒子線治療を希望した場合、総合相談医の面談を実施し、必要に応じて治療施設を紹介する。
近年のサービス開発でメットライフ生命が強く意識しているのが「病気になった“後”をサービスの対象と捉えるのではなく、病気になる“前”を含めたサービスを提供していく」(前田氏)との視点だ。治療から「発症予防」「重症化予防」へと医療の比重がシフトしつつある中、保険会社にとってもこうした流れに即したサービス開発が必要になってきた。

ウエアラブル活用も視野
そうした取り組みの1つが、検診の重要性を広く訴える活動だ。例えばメットライフ生命はGEヘルスケアと組み、若い女性をターゲットとした乳がん検診の啓蒙活動に取り組んでいる。
技術にかかわるイノベーションも今後、保険サービスのあり方を大きく変える可能性があると前田氏は話す。例えば「ウエアラブル端末を取り込んだサービスなどが考えられる」。ウエアラブル端末で加入者の生活習慣や健康状態を可視化し、それを保険と連動させるようなサービスだ。
技術だけでなく「業種の壁を乗り越えるような、ビジネスモデルのイノベーションも重要な要素」(同氏)。ティーペックとともに、民間企業が医学界に深く入り込むことで実現したベストホスピタルネットワークは、それに先鞭を付ける取り組みとなる。

【日経デジタルヘルス】
by kura0412 | 2016-03-08 14:18 | 医療政策全般 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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