『「子ども医療費無料化」でも病院に行けない貧困層の現実』

「子ども医療費無料化」でも病院に行けない貧困層の現実

今回は、「子どもの医療費無料化」をテーマとして、貧困層にとっての医療費負担の意味を考えてみたい。生活保護では医療費は原則無料だが、「自費負担を導入したい」という財務省の意向は、年々、強くなってきている。医療費に少額といえども自己負担があったり、「後で戻ってくる立て替え払い」であっても立て替えるための費用が必要であったりすることは、貧困層に何をもたらすのだろうか?

「子どもの医療費は無料」でも医療から遠ざかる子どもたち
今回は、多くの自治体で無料化されていることになっている子どもの医療費を通して、「自費負担がないから、不要なはずの医療の利用が行われ、患者と家族の問題行動に歯止めがかからない」という都市伝説を検証してみたい。
というのは、生活保護の医療費については、一部自費負担や償還払い(立て替え払い)の導入が長年検討されてきており、2015年6月、財務省が「一部自費負担」を導入したいという強い意向を示したからだ(参考:財政審「財政健全化計画等に関する建議」35ページ)。もしも実現されたら、何が起こるのだろうか?

子どもの医療費は、大人が自分自身のために支出する医療費とは異なる側面を持っている。特に子どもが小さいうちは、医療が必要かどうかを考え受診するかしないか判断するのは、子ども本人ではなく親だからだ。自分のことなら、結果がどうあれ「自分が決めたんだから」と納得できるかもしれない。しかし、子どものに対する親としては、そんなに簡単に割り切ることができるだろうか? 「病院に行って、お医者さんに何か言われるのはイヤ」を理由として、親が必要な医療を子どもに与えないことは、「医療ネグレクト」そのものでもある。

長野県飯田市の病院で副院長を務めている小児科医・和田浩氏(60歳)は、「よく『子ども医療費無料化』という言い方をしますが、そもそも「無料」ではない場合も多いのです」と指摘する。飯田市では現在、中学生までの子どもの医療費に対する助成が行われており、「一定の負担金」を除く全額が助成される(参考:飯田市「子ども福祉医療費助成制度について」)。
「長野県では、『償還(立て替え)払い』となっています。健康保険での患者の2割(乳幼児)・3割(小中学生)の自己負担は、いったん医療機関の窓口で支払う必要があるのですが、支払った立て替え分は数カ月後に金融機関の口座に自動的に振り込まれるシステムです。『いちいち申請しなくて良い』というわけです」(和田氏)
しかし、全額が払い戻しされるわけではない。
「長野県では1件500円の自己負担があります。病院で受診したら1件、薬の処方を受けて院外薬局で処方を受けると1件なので、院内処方ではなく院外処方の場合、1000円になります。だから、たとえば風邪だと、あまり戻ってこないんです。あるお母さんが、自分の子どもたちの医療費の自費負担が、どの程度戻ってきたかを計算してみたところ、50%以下でした」(和田氏)
長野県に住む子ども5人の母・Fさんは、子ども5人にかかった医療費の窓口支払い分と戻ってきた分を比較した。助成された部分は50%以下であった
この家庭の場合、子どもたちの病気は、自己負担が1件平均1000円以下で収まる病気だったということになる。慢性疾患で通院が続いているのではなく、「風邪」「お腹をこわした」程度の病気ばかりだったのなら、むしろ喜ぶべきなのかもしれない。
「もちろん、重い病気で、たくさん検査をしたりすれば、立て替え分が戻ってくる比率は高くなります。でも、一時立て替えする費用も大きいわけです」(和田氏)
その一時立て替え分の持ちあわせがなかったら?
「『病院にかかれない』ということになります。お母さんお父さんたちの話を良く聞いてみると、『お金のないときには、子どもを病院に連れて行くのをガマンする』ということが、少なくないんです。でも、それを医者には言わないんです」(和田氏)
そもそも医療機関に現れない人々・現れることのできない状況を、医療機関や医師が把握することは可能だろうか? 
「……医者は『お金がないので病院に行けない』という人々がいるということを、しばしば知らないままでいます。県の担当職員も、そういう実態を把握できていないだろうと思います。小児科医には『子どもの病気を治す』以外にも数多くの役割があるのですが、まずは来てもらえないと、役割を果たすことは困難です」(和田氏)
地方自治体判断で窓口での一時負担を軽減すると、国からの地方自治体への医療費助成がペナルティ的に減額される(国民健康保険療養給付費等負担金調整交付金の減額調整)のだが、日本の多くの県で、子どもの医療費は窓口での一時負担がない現物給付となっている。低所得層に対する一時負担の弊害が認識されてのことであろう。現在は国レベルで、その「ペナルティ」をなくす方向での検討が進められているところだ。
ところで、和田氏のいう「小児科医の役割」とは、何だろう? 

「子どもの病気を治す」だけではない小児科医の役割
「小児科医の重要な役割の一つに、『親に対する教育』があります。
若いお父さんお母さんは、人間の身体や病気に対する十分な知識を身につけてから親になるわけではありません。お子さんを連れて病院に来られる機会は、そういったことを一つ一つ知って学んでいただく機会でもあります」(和田氏)
たとえば、「自己負担がなくて無料だからといって、必要のない薬を欲しがる」という「問題行動」の背景には、しばしば知識不足の問題がある。医師が「不要」と判断しているにもかかわらず、患者は「必要」と思ってしまうことは、医師と患者が受けてきた教育や持っている知識の差によっても起こる。
「子どもの風邪の多くは、ウイルス性で自然に治ります。抗生物質は必要ありません。もともと日本は抗生物質を使いすぎる傾向があり、結果として抗生物質の効かない『耐性菌』が増えています。なので、心ある小児科医は、『抗生物質の使用は必要最低限にしよう』と考えています。でも親の方は、抗生物質を飲めば治り、飲まないと治らないと思っていることがあります。そういう親が『抗生物質は出してくれないんですか?』と言ったりするんです」(和田氏)
さらに運が悪ければ、「不要な薬を欲しがる問題患者」とされてしまう。
「ウイルスと細菌の違いを知らない方が、親になって初めて、その違いから来る問題に直面するわけです。納得していただく必要があるんですが、『きちんと、分かるように伝える』が上手ではない医者もいます」(和田氏)
もちろん医学的には「ウイルス性の風邪に抗生物質を使うべきではない」が正しい。
「でも、正しいことを『正しい』というと、それで親とぶつかることにもなります。まずは親の『こういう心配があるので、こうしてほしい』という思いを聞いて受け止めた上で、『でも、この場合は抗生物質出しても効かないし意味がないんです。それに耐性菌が増えることになり、お子さんにとっても良くないんです』と分かっていただいて、学んで成長していただく。小児科医には、そういう接し方が必要です」(和田氏)
しかし、時間も気力も説明のスキルも必要だ。
「とても、時間がかかります。でも、医療機関の側は時間が足りません。私はだいたい、1時間で8~12人を診ています。相談に時間がかかりそうな患者さんは、午前の最後に来てもらって、こちらが昼休みの分だけ時間の余裕がある状況で診るなどの工夫をしています。でも、もっと多くの患者さんを診ざるをえない医師もいます。時間がない中で、正しいことだけを伝えようと思うと、一方的に、押し付けがましくなりがちです。医師には、その悩みがあります」(和田氏)
相手が「問題患者」でなくても、コミュニケーションのすれ違いは、さまざまな理由で起こりうる。では、たとえば深夜の時間帯に「自費負担無料だから、時間外料金かからないし、混んでないし」と病院を訪れる「コンビニ受診」患者はどうなのだろうか?

「コンビニ受診」の背景にある親たちの「時間の貧困」という問題
「夜間に、緊急性がないのに病院を受診する『コンビニ受診』で、地域の中核病院の小児科がパンクして小児科医が疲弊するという実態は、結構ありました。地域によって状況は違いましたが」(和田氏)
背景にある要因の一つは、自費負担が完全にゼロ円の場合、診察時間内の受診でも時間外受診でも患者側の金銭的コストは変わらないことだ。
「そういう現実を見て、小児科医の中から『窓口負担はあったほうがいい』という意見が出てきました。安易な受診・投薬・検査は良くないから、と。その小児科医たちは、正義感から、善意で言っていたのです。断じて『貧乏人は医療を受けられなくてもしかたない、必要なことなんだ』と思っていたわけではありません」(和田氏)
小児科や小児科医が疲弊してしまうと、受診する親子たちも多大なデメリットを受けることになる。
「でも、貧困層は忙しいんです。シングルマザーのダブルワークやトリプルワークは、普通です。昼間に子どもを病院に連れて行くことができず、夜にしか連れていけないということもあるんです。お金の問題だけではありません」(和田氏)
夜間に子どもを病院に連れて行ったことで責められる親たちは、昼間に連れて行こうとすれば収入機会を失うことになる。病気の子どもに治療を受けさせず、どうしようもなくなってから救急車を要請したら、「なぜ、こんなになるまで放っておいたのか?」と責められことになる。どの選択肢も救いがない。「究極の選択」だ。
「正義感を持っている善意の小児科医たちは、窓口での自己負担のために病院にかかれず医療を受けられない子どもがいる事実を知りません」(和田氏)
親も子も「自分は貧困状態で困っています」と声をあげることはない。自己負担によって病院を訪れる機会が減れば、困窮している親子の存在は、さらに見出されにくいものとなる。
「私も、数年前までそうでした。『そこまでのことはないだろう』と思っていました。だから、世の中の共通認識にすることによって、状況を変えられるだろうと思っています」(和田氏)

親たちの「自己肯定感」を育んでいくことの大切さ
和田氏が心がけているのは、貧困層の親たち、特に母親たちの自己肯定感を高めることだ。親にかぎらず、貧困層には、生活・態度・服装・言葉遣いなど数々の「突っ込まれどころ」を持つ人々が多い。医療機関に行けば、「予約していたのに、すっぽかす」「定期通院が必要な持病を抱えているのに、発作の時しか来ない」「服薬や生活指導の指示を守らない」といった問題も発生する。和田氏はこのような問題に対して、
「自己肯定感が低くて、健康な生活をしようというモチベーションが低められてしまっている場合もけっこうあるのではないかと思っています」という。「予約をすっぽかす」には、「その日、持ち合わせがなくて病院に行けない」もあるということだ。
「100点満点からの減点法で『あれができてない』『これもできてない』ではなく、そこまで頑張ってきた事実を誰かがきちんと指摘して、『頑張ったね』と言うことが必要だと思います。到達点は低いかもしれませんが。お母さんたちの自己評価は、貧困層にかぎらず、概して低いです。『お母さんだから、出来て当たり前』と世の中に思われていることって、実は大変な努力の連続なんです。『子どもに毎日ご飯を食べさせる』とか。その事実を指摘されることで、エネルギーが湧いてくる方、多いと思います。特に貧困層だと、世間からのバッシングがあって、さらに大きなストレスを抱えていますから」(和田氏)
和田氏は、このことを説明するときに、よく「コンビニ弁当」を例えに使うそうだ。
「忙しくて疲れているお母さんが、コンビニ弁当を子どもに食べさせると『子どもにコンビニ弁当なんて』と非難されがちです」(和田氏)

30年ほど前、新聞の投書欄で読んだ専業主婦の投稿を思い出す。夕方にスーパーに買い物に行ったら、仕事帰りの母親が出来合いのおでんを購入していたことに「なぜ我が家の味を作らないのか。子どもがかわいそうだ」と憤慨する内容だった。当時、大学生だった私は「私は卒業したら就職して、子どもを持っても仕事を手放さないつもりだけど、忙しくてお惣菜を買ったら、こんなふうに専業主婦に非難されるのか」と暗い気持ちになった。
「もしも独身で一人暮らしだったら、『今日は疲れて、晩ごはん作る余力ないから、もう寝ちゃえ』という選択ができます。でもお母さんが、子どもに何も食べさせないわけにはいきませんよね? コンビニにお弁当を買いに行くことにだって、それなりの努力は必要です。そこで誰かに『またコンビニ弁当』と言われると、自己肯定感が下がって『どうせ自分はダメだし』となってしまいます。でも、誰かに『疲れているのに、コンビニ弁当とはいっても、とにかく子どもにご飯を食べさせた。最低限のことはやったよね』と言われると、お母さんは『私、頑張ったんだ』と思えます。そう思えたら、『次は、もうちょっと頑張ろうかな』と思えたりします」(和田氏)
それがないと、どうなるのか。
「仕事に疲れて、ストレスが多くて、自己肯定感も低い中では、『日々のコツコツした努力をしよう』と思い続けるのは難しいと思います。そういう人たちは、『自分は、世間の人に助けてもらったりもして、よりよい生活をする価値がある』『自分の子どもは、より健康的な生活を送る価値のある子どもである』とは思えなくなっていることが多いですから。学校の健康診断で異常や治療の必要性を指摘された子どもを、貧困層の親が医療機関に連れて行かないことがしばしばある背景にも、自己肯定感の低さが関係していると思います。今痛くなくて、日常生活に困ってなければ、お金も時間もないから後回し。『いよいよ』という段階にならないと行かなかったりするんですよね。貧困層ではない場合、『放っておくと痛くなるし大変なことになるし、今すぐ、早め早めに病院に行っておいて、健康な生活が送れるようにしよう』となるのですが」(和田氏)

長野県の子どもの医療費は、冒頭で述べたとおり、自己負担全額の一時立て替え払いや「1件500円」の自己負担が、貧困層の親たちにとって受診の大きな足かせとなっている。500円を超えた立て替え分は後日戻ってくるのではあるが、それでも、「立て替え払いが必要で、若干の自己負担もある」による問題は小さくない。
生活保護の医療が同様の方向に舵を切られてしまったら、「健康で文化的な最低限度の生活」から「健康」が消えることになりかねない。強引な指導によって、肉体の健康が維持されたとしても、精神を病んでしまうかもしれない。健康でなくなれば「文化的」も危うくなるだろう。残るのは「最低限度の生活」、もはや「生活」と呼ぶにも値しない「とりあえず死んでないんだから文句ないでしょ?」レベルの生存だろうか?
次回は、別府市の「生活保護ならパチンコ禁止」に対するペナルティに関する続報を予定している。別府市で起こったことは、別府市の立場からの見方・日本の生活困窮者支援制度が「困った人々」「感心しない人々」をどう扱ってきたかの歴史的経緯などとともに、より詳細に検証してみる必要があるだろう。

【DIAMOND online】




歯科の場合、この1部負担金が来院を拒む理由となります。
by kura0412 | 2016-02-12 16:03 | 医療政策全般 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412

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ミラー片手に歯科医師の本音

『口腔健康管理とかかりつけ歯科医』

今回の改定を医療全体的にみると三つの注目すべき特徴がありました。一つは伸び続けていた調剤には厳しい結果となったこと。7対1の入院基本料の要件の厳格化。そして改定の中で「かかりつけ」という概念が明確に組みこまれまれました。
「かかりつけ」に関しては医師、薬剤師に加え歯科でも導入されていますが、「かかりつけ歯科医」はあくまでも「保険用語に一つ」というイメージがあります。しかしながら医科、薬科ではこの「かかりつけ」を軸に医療体制の新しいイメージを描きつつ、今後の政策を積み重ねる意気込みを感じます。そこにあるのは、地域包括ケアの推進がベースにあっての考えです。例えば、今回の改定では紹介状のない大病院の初診・再診料自己負担は大幅なアップとなりました。また、調剤の方ではかかりつけ薬剤師指導料算定をきっかけに、患者とのコミニュケーションを密に図ろうとする試みを目指します。
一方、医療政策として改定と対をなす基金は、歯科医療の環境整備にも益々重要な意味を持ちます。ただ、今回改定の中でも可能性の秘めた項目としていくつか点数化は見られましたが、基金が改定とリンクすることなく、独立しての事業になっている印象は拭えません。限られた予算の中でのやり繰りです。W改定に向けての改定と基金との相乗効果を目指す為の戦略と、それに沿った事業の立案が必要となってきます。
包括ケアを視野に入れての「かかりつけ歯科医」でポイントとなるのが口腔ケアです。その有用性は医科からも視線が注がれています。然るに、口腔ケアという言葉が、ブラッシングのみの狭義に捉えられている現状があり、本来の口腔ケアの意味する嚥下機能も含めた口腔全体を管理する視点の広がりが不足しています。その観点からみると、今回日本歯科医学会が「口腔健康管理」と称した新たな口腔ケアの概念の提唱は機知を得た提案です。摂食機能療法などを加えた従来の歯科治療を「口腔機能管理」、歯石除去、PTCなど歯科衛生士の実施するエリアを「口腔衛生管理」、そして一般の方が実施する口腔清拭、食事介助などを「口腔ケア(狭義)」として、この三点を総じて「口腔健康管理」としました。
広義の口腔ケアとして定義する考えは、真の意味での「かかりつけ歯科医」が目指す所です。既にW改定に向けての作業が進む中で、この概念を一日も早く歯科界内部で意見の確認をしながら、国民への認知を広めなければなりません。
日医はかかりつけ医機能研修制度を創設し、独自の「かかりつけ医」というものを推し進めようしています。そしてその講習の中に「かかりつけ医の摂食嚥下障害」のメニューも組み込まれています。また、地域包括ケアに向けた「かかりつけ連携手帳」の作成に着手し、そのスピードは目を見張るものがあります。『かかりつけ歯科医』、『口腔健康管理』、『摂食嚥下障害』のキーワードは、地域包括ケアの中で育ちそうな芽であることは間違いありません。残す課題は、地域包括ケアを主導する日医、地区医師会との更なる連携の強化と事業実現に向けてのスピードを加速させることです。




『食べる=生きる』

地方消滅で日本の少子化高齢化に対して大きな警笛を鳴らした日本創成会議が「高齢者の終末医療を考える」と称したシンポジュウムを先日開催しました。その議論を聞くに、地方消滅と終末医療?そんな一見結びつかない二つが、これからの日本の大きな課題となっています。それと共に、改めて人の死という死生観を医療分野の一角に位置する歯科医師として、見つめ直す時期が今あるものと感じます。
高齢化になって、いわゆる寝たきり老人に対していろいろな考え方が示され、特に胃瘻の是非については大きな意見が分かれるところです。欧米においては日本で常習化している高齢者、寝たきり老人への適応が少ないとのこと。この点に関しては中医協でも前回の改定では、嚥下検査の有無によって評価を変えるという対応がなされ、また今回の改定での議論では、その経過の調査結果も示されています。しかしその一方、この問題が話題になって、胃瘻によって日常生活が暮らせるレベルになる患者さんまで拒否するような実例があり、医療現場その対応に苦慮する場面が多々見られる話も聞きます。
この問題は、医療、介護費増大から語られることが多かったのですが、タブー視されていた死に対する考え方が社会問題の遡上に挙がっていることは、大きな時代の変化として捉えられます。そして、食べることは従来から歯科界も提唱するように、単に延命だけが目的ではありません。生きていることの喜びを感じる、人間としての尊厳に係わる重要な日常生活の一つなのです。
医療関係者以外でも「食べる=生きる」を唱える人がいます。「食べることは、呼吸と等しく、いのちの仕組みに組み込まれているもの。」とは、料理研究家・辰巳芳子氏が唱えている私の好きな一文です。そして欧米での判断基準となる「食べる」ことの有無が延命治療の是非判断の基準となる考え方は、経済問題を抜きにしてもその専門家集団である歯科界の属するものが改めて真摯に議論し、一つの考え方を社会に示す責務があると考えます。
然るに、だかからといって歯科界が社会の先頭に立って、自らが死生観の変更を訴える必要はありません。これは社会全体で既にうごめく潮流であり、歯科界はあくまでもこの分野に特化した専門家として食べることの重要性、必要性を改めて世に唱え、それを臨床の場で実践を積み重ねれば良いのです。果たしてこれをも医科が歯科から奪い取り、領域拡大を目指すのでしょうか。
この死生観の議論の推移を見守ると共に、食べることへの支援を更に強める為に、摂食嚥下への歯科領域からの積極的なアプローチが必要となってきています。何故ならば、咀嚼と嚥下は対となって多くの結果を導き出すことが立証され、食べることを特化した専門家としての医療人としては、現状のままでは取り組みが不十分だからです。歯科医療は新たなる視点をもって社会に貢献する時代の到来です。あとはそれを導き、フォローする具体的な政策を積みかさねることです。歯科医療は真の意味での生きる喜びを支援する世界を導きます。



『飲み込みは大丈夫ですか』

基金における事業が一つのきっかけとなって、在宅診療、医療連携が新たな展開に進み始めています。それぞれの医療環境の実情を踏まえて、地域独自の取り組むこの基金を利しての新たな事業は、診療報酬と対になるこれからの歯科医療全体へ大きく波及する政策です。そしてこの基金は、来年度において今年度予算規模に介護関係が上乗せされる計画となっており、医療介護の垣根を越えた地域包括ケアシステム構築としての発想が必要となっています。
歯科における在宅診療の中心は、従来の診療所における診療の延長としての義歯調整から始まり、口腔ケアの対応へと進んでいます。口腔ケアの効果は、既に誤嚥性肺炎予防という観点から医科の関係者は元より介護関係者にも認知されています。それに加えてここきてスポットライトが浴びているのが、今回の基金でもいくつかの地域で事業が計画される摂食嚥下の分野です。
しかしながら、介護保険の認定審査項目にも「えん下」という項目がありながら、実際に摂食嚥下の対応は、一部の大学病院、リハビリテーション、耳鼻科があって積極に取り組んでいる病院以外、殆ど対応出来ていないのが介護、医療の世界の現状です。その理由は簡単です。採算が合わないからです。特に歯科においては無報酬に等しい状態です。
 嚥下の対応は、適応が少ない耳鼻科領域の手術以外その改善方法の中心は訓練、姿勢の改善、食形態変更のアドバイスなどで薬の処方もありません。検査も歯科では保険算定が認められていない内視鏡・造影検査と問診を中心としたスクーリングテストです。近年、摂食機能療法が歯科でも算定可能となりましたが、それは鼻腔栄養、胃瘻増設患者に限定されており、重度になる前の本来対応が必要な患者さんには算定出来ません。
そしてもう一つこの分野を歯科が推し進めるハードルとなるのが、隣接する医科の反応です。現在、摂食嚥下リハビリテーションは歯科医師を中心としたアプローチと耳鼻科、あるいはリハビリテーション科の医師を中心としたアプローチの二つがあります。本来ならば他の疾患でもあるように医科が歯科は口腔内のみと突っぱねるところですが、儲からない中で耳鼻科医の成り手が減少し忙しく手が回りません。それと共に、「摂食・嚥下リハビリテーション学会」の「・」がなくなり「摂食嚥下リハビリテーション学会」に名称を変えたように、嚥下と摂食、咀嚼は一連の動作であり、咀嚼のプロである歯科医師を係わりから排除することは出来ません。咀嚼して嚥下することによって食べることが出来るのです。
もし、嚥下を歯科の領域と社会から認知されれば、歯科診療所が「食べる」ことの社会ステーションと成り得ます。口から食べることへの支援が生きる為、生活を支える源であることが歯科診療所から発信が可能と成ります。したがって報酬的評価は低くても、嚥下に問題ある人が歯科診療所に相談することへの広がり目指し、その実現に向かっての政策を積み重ねる必要があります。先ずは先生方が診療所で「飲み込みは大丈夫ですか」の一言を問える環境作りがその第一歩です。




『この道しかなかった中で』

この原稿を書いている今、衆議院選挙の結果は分かっていません。しかし事前の各マスコミみれば自民党圧勝予測です。選挙は投票箱が閉められるまで何が起こるか分かりませんが、少なくても安倍退陣はなく、任期2年を残しての安倍首相の解散の決断は見事成功となりそうです。
メディアは大義ない解散と騒ぎましたが、今回の安倍首相の解散目的は明確です。日本の経済再生を目指し、自らが提唱したアベノミクスの敢行の為の長期政権への道を切り開くことです。無論、長期政権となってもアベノミクス成功の確定はありません。しかし野党からは、アベノミクスに代わって日本経済再生を可能とする具体的な対案は示されませんでした。マニフェストに踊らされて政権交代を選択したことを悔やむ多くの有権者は、その提示なしで現在の野党にもう投票することは出来ません。また第三極への期待感も、離れたりよりを戻したりの腰の落ち着きのなさを感じ、一時のブームに終わりそうです。となると自民党のキャッチフレーズ「この道しかない」、安倍政権に託すしか今回の選挙では有権者に選択肢がなかったことになります。では長期政権となるこれからの政治情勢を踏まえて、歯科界はどう安倍政権と向き合わなければいけないのでしょうか。
今回の総選挙でのマスコミの世論調査では、有権者は社会保障に対しては経済再生と並び非常に関心をもっていましたが、その政策論戦は殆ど成されませんでした。特に自民党が示した政策は、医療に関してはないも等しいような扱いです。唯一あったのが、既にスタートしている社会保障改革のプログラム法案のスケジュールに則って進めるということです。但しこのプログラム法案の対となす消費税増税が延期となったわけですので、そのスケジュールの変更は必要になってきました。恐らく16年度改定に対しては、これを理由に財務省から厳しい対応を迫られるのは必至です。
この現実の意味するものは、現行の医療制度、水準を是とする考え方がベースにあります。消費税増税、経済再生となって税収が増えたとしても、けっして医療の大幅な拡充が成されるわけではありません。それどころか、もし経済再生と成らなければ医療費はそぎ落とされる可能性もあります。これからは少子高齢化、財政再建を踏まえて、いかにレベルを落とすことなく現行の医療を保つことへの模索が始まります。しかしながら理不尽な政策に対して、責任ある医療人として対応することは当然であり、大きな改善が必要な歯科と、既に一定の医療経営環境を維持している医科とでは立ち位置が異なります。先ずはこの点への内外の理解を求めることがスタートとなります。
選挙終わるのを待って各種医療政策への対応が加速的に進みます。幸いにして政治の世界では現在の歯科医療の現状は理解されつつあり、一つ一つの政策毎の対応スタンスが求められています。果たしてこの道しかなかった中で、歯科界はどう歩みを進めるべきなのでしょうか。歯科界の政策対応能力と政治力の真価が問われています。




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