『肺炎で「とりあえず禁食」はもうやめよう』

肺炎で「とりあえず禁食」はもうやめよう
NHCAP診療ガイドラインが明らかにした現実

肺炎治療において薬物治療の標準化が進み、肺炎そのものの治療成績は向上している。しかし、誤嚥性肺炎の高齢者など、肺炎が治っても退院できない患者が増えている。高齢肺炎患者の予後を改善するにはどうしたらよいのだろうか。

「なかなか退院できない肺炎患者の対応に全国の医療機関が苦慮している状況を明らかにできたこと。そして、誤嚥性肺炎では、普通の肺炎と異なり、肺炎が治ることと最終的に退院できるかどうかの間にギャップがあることを示したのが、ガイドラインのインパクトだったと思う」──。
東北薬科大学病院呼吸器内科・感染管理対策室の関雅文氏は、自身がとりまとめに関わったNHCAP診療ガイドラインをこう評する。NHCAP診療ガイドラインとは、日本呼吸器学会が2011年に発行した医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia:NHCAP、エヌエイチキャップと読む)を対象としたガイドライン。院内肺炎(HAP)ではないが、市中肺炎(CAP)とも異なる、介護施設に入所している高齢者や在宅介護、長期療養型病床に入院している患者などの肺炎を指す。「多くの臨床医が漠然と感じていた、市中肺炎とも院内肺炎とも異なる患者像にNHCAPは合致し、ガイドラインは歓迎された」と関氏は振り返る。
さらに「NHCAP診療ガイドラインでは、抗菌薬の選択をはじめとして治療については非常に良いものを提案できた」と関氏は語る。しかし、その後、検証が進み、「ガイドラインで推奨された強力な抗菌薬レジメンを選択した場合、炎症反応は改善する、つまり肺炎そのものは治療できる。しかし、30日後の生存率を評価すると、少し弱めの抗菌薬レジメンを選択した場合に差がないといった報告が学会などで発表されるようになった」(関氏)。そして、その原因の1つが低栄養とみられている。
「これがガイドラインを発行したことの“成果”であり、浮かび上がってきた次の課題だ」と関氏は語る。

「とりあえず禁食」が予後を悪化させる
従来、高齢肺炎患者の診療においては、治療開始から10日間ほど肺炎を治すことに専念するため、禁食にして、できるだけ肺の炎症を抑える処置を行うのが一般的だった。抗菌薬を投与している一方で、誤嚥を繰り返して炎症の改善が遅れがちになるのは避けたいし、経口摂取で窒息が起こるリスクを懸念するからだ。そのために、「とりあえず禁食」を選択するわけだ。
しかし今では、「やや極端な言い方だが、誤嚥してでも食べて、栄養を摂取しないと最終的な予後の改善にはつながらないという考え方が広がり始めた」(関氏)。

熊本県玉名地域保健医療センター摂食嚥下栄養療法科でNSTチェアマン、内科医長を務める前田圭介氏も「とりあえず禁食」に疑問を感じていた一人だ。前田氏は、自施設の誤嚥性肺炎患者を対象に、入院時に「とりあえず禁食」した患者群と、入院時から経口摂取(もしくは経口摂取を念頭に置いて入院初日から嚥下機能評価などを行った)患者群に分けて、予後への影響を後ろ向きに評価した結果を、2015年に報告した(Clin Nutr. 2015 Oct 9. pii: S0261-5614(15)00245-9.)。
こうした研究を手がけたのは、消化器外科や一般内科として診療をしている中で、「(患者が)食べると元気になるのに…」「食べていない患者はどんどん嚥下機能が低下している」という指摘を看護師などから聞いていたからだ。外科医として胃瘻造設の経験は豊富にあったのに、嚥下機能や栄養についてほとんど知らなかったことに、自身の親族が摂食嚥下障害を起こして気がついたという経緯もある。
研究の対象としたのは、2011年2月から2014年5月までに同施設に入院した65歳以上の誤嚥性肺炎患者331例。高度の嚥下障害で経口摂取が制限されていたり、入院直前に嘔吐していたり、3L/分以上の酸素療法を受けていたりする患者は除外した。後ろ向き研究であるため、患者背景の影響をできるだけ排除して2群間を比較できるIPTW法という解析法を用いている。
解析対象となった患者は平均85.7歳。「とりあえず禁食」した群は、入院時から経口摂取をした(もしくは経口摂取を念頭に置いて入院初日から嚥下機能評価などを行った)患者群と比べて、入院から1週間の栄養摂取量が有意に少なく、治療期間が有意に長かった(治療期間中央値が経口摂取群8日間に対し13日)。嚥下機能も治療期間中に有意に低下していることが示された。

前田氏は、「近年、サルコペニアと誤嚥性肺炎の関係が注目されている」と紹介する。
寝たきりや要介護など筋力の低下(サルコペニア)が認められる高齢者が、肺炎罹患前は経口摂取ができていたのに、肺炎になって禁食したのをきっかけに栄養不足になり、その影響でサルコペニアが進んで嚥下機能も一気に低下し、二度と経口摂取に戻れなくなる──という悪循環に陥っているのではないか、というわけだ。
「大切なことは、嚥下“障害”を引き起こすのは加齢ではないということ。嚥下機能が低下している患者が経口摂取する機会を奪われてはじめて嚥下障害になるということだ」(前田氏)。元気な患者であれば入院時に食事をやめても問題なく食べられるようになるが、寝たきりや要介護者の禁食はその後、食べられなくなる可能性が高い。さらに「経口摂取に勝る栄養療法はない。我々の検討でも、経口摂取した方が摂取できる栄養量が多かった」と指摘する。

1回の誤嚥だけで禁食にしない
食べることができれば、嚥下機能を維持し、栄養も十分に摂取できるため、自ずと肺炎の予後も改善する。それは理解できても、やはり誤嚥による肺炎の繰り返しや窒息リスクに対する懸念は残る。

では、高齢肺炎患者の経口摂取の可否をどう判断するのか。耳鼻咽喉科専門医として嚥下リハビリテーションに精力的に取り組む浜松市リハビリテーション病院「えんげと声のセンター」副センター長の金沢英哲氏は、「経口摂取ができていない患者で、栄養状態も悪化しており、それが1カ月間以上継続していて、その結果として肺炎を発症したような場合、経口摂取は慎重に判断するべき」と指摘する。こうした場合、焦らずにまずは肺炎の治療と状態の安定に尽力し、その後、リハビリテーションや経管栄養などで全身状態を回復させてから食事を開始するという姿勢で取り組むと良いという。

もっとも、金沢氏も「高齢肺炎患者でも、肺炎発症直後から経口摂取はできるだけ止めずに食べた方がいい」というのが基本スタンス。中でも、一度に大量の誤嚥が起きて肺炎を発症した場合、いわば、「“あのときの1回の誤嚥”で肺炎になった患者では禁食は不要」と強調する。また、唾液や逆流した胃液の誤嚥で肺炎になったケースでも、食事を止めても状況に変わりはないし、食事を止めてしまうとかえって口腔内細菌が増えてしまうので、禁食はデメリットでしかない。
慢性的に誤嚥が起こっていて、炎症と軽快を繰り返しているような場合、炎症の積み重ねによって末梢気道にダメージが蓄積し、感染に対する抵抗力が低下していることがある。このようなケースでも、肺炎による体力の低下が著しいものの、食べることで体力を立て直していく方が良い場合が少なくない。「嚥下機能検査をして、ただ誤嚥が認められるからというだけで禁食にすることは避けるべきだ」と金沢氏は話している。
NHCAP診療ガイドラインの作成に関わり、誤嚥性肺炎に詳しいひたちなか総合病院呼吸器内科の寺本信嗣氏も、「誤嚥は健康人でも起こり得る、いわば普通のこと。気管にものが入り込むということはそんなに珍しいことではない」と語る。

肺炎は誤嚥で起こるのではなく、細菌が繁殖して起こる。例えば、胃食道逆流により胃液を誤嚥しても一過性の上皮障害は起こるが、ほとんどの場合、肺炎は起こらない。細菌が入り込み、繁殖してしまう環境が存在することが肺炎発症につながる。
85歳の肺炎予後が改善しないのは、その肺炎が老化の過程で起こっているから。老化の最たるものの1つが嚥下機能の低下で、嚥下機能は栄養不足でさらに低下する。こうした結果として肺炎を発症していると寺本氏はいう。
寺本氏によれば、発声ができて、嚥下反射が確認できて、座位がとれる患者であれば、ある程度、経口摂取は可能ではないかと指摘する。そして、患者を一日中、寝かせっぱなしにするのではなく、起きるべき時間には起こしていく取り組みが重要だという。
また、経口摂取を開始し、多少誤嚥していても、2日後に胸部X線をチェックして、誤嚥が肺炎に結びついていないことが確認できれば、経口摂取をステップアップしていくという考え方を寺本氏は勧める。あるいは、食事をすると熱を発生するため、食事当日だけ発熱する“なんちゃって誤嚥性肺炎”では、すぐに熱は下がるので抗菌薬投与は不要だ。こうした患者の状態や変化を評価し、経口摂取にGOサインを出せるのは肺炎に詳しい医師しかできない。「肺炎に詳しい医師が、経口摂取可能な患者にはできる限り経口摂取を進める方針を持ち、看護師をはじめとするチームを引っ張っていく姿勢が大事」と寺本氏は語っている

患者の嚥下機能の「トレンド」をつかむ
東京医科歯科大学老化制御学系口腔老化制御学講座高齢者歯科学分野の戸原玄氏も「1回の誤嚥を過度に気にするべきではない」と訴える。戸原氏は、厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業「高齢者の摂食嚥下・栄養に関する地域包括的ケアについての研究」の一環として、摂食・嚥下機能の評価に訪問歯科が貢献できるという考えで、「摂食嚥下関連医療資源マップ」の作成などに取り組んでいる。

戸原氏は、「これまで訪問歯科は歯を治して終わりだった。しかし、主治医が求めているのは、患者が問題なく経口摂取ができることだ。そこで、人数が多い歯科医が摂食嚥下に関わり、主治医と情報共有していけば患者の予後改善に貢献できると考えた」と嚥下研究との出会いを振り返る。
その戸原氏も1回の誤嚥で判断するのは過ちだと主張する。
「往診したときの一時点だけを見て、『誤嚥がありますから禁食』とコメントしていてはいけない。大切なのは、誤嚥が認められても、それが数カ月前は問題なかったのに徐々に悪化している誤嚥なのか、最近ずっと誤嚥はしているが悪くなっていないか、といった傾向をとらえるスタンス」と戸原氏は指摘する。誤嚥はしているが食事はとれているし、体重減少もないならば、「誤嚥です。禁食では?」と主治医に伝える必要はないというわけだ。逆に、体重減少が進んでいて、食事量も減ってきているならば、「誤嚥が肺炎につながる可能性がある」と主治医に伝えるという、変化を評価する視点が重要だ。
訪問歯科医がこうした視点で患者の嚥下機能の評価に参加すれば、患者の様子を観察し、アドバイスできる医療職が増える。「学生に教えるとすんなりと受け入れてくれる。前向きに取り組む歯科医がもっと増えてほしい」と戸原氏は語っている。

【日経メディカル】
by kura0412 | 2016-02-05 10:09 | 嚥下摂食 | Comments(0)