『日本の終末期の実態』

「好きなように死なせてくれない」日本の終末期の実態

〇「日常の延長線上で自然に死を迎えたい」

「死ぬときぐらい、好きにさせてよ」――。
1月5日の全国紙朝刊を開くと大きな文字が目に飛び込んできた。青いドレス姿の女優、樹木希林さんが「ハムレット」のオフィーリアと同じように、小川の中で目を開けて横たわっている。穏やかな表情で手には花束。
言葉は、さらに続く。
「人は必ず死ぬというのに。長生きを叶える技術ばかりが進化してなんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。死を疎むことなく、死を焦ることもなく。ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです。人は死ねば宇宙の塵埃。せめて美しく輝く塵になりたい。それが、私の最後の欲なのです」
出版社「宝島社」が、朝日、読売、毎日の各紙と日刊ゲンダイの紙面に載せた企業広告である。19世紀の英国の画家で、ラファエル前派の創設者であるジョン・エヴァレット・ミレイの有名な作品「オフィーリア」をモチーフにした。森の中で溺死したオフィーリアの神々しい名画の姿をそのまま拝借。
正月早々の見開きのカラー広告。「全身ガン」を宣言している樹木希林さんということもあって話題を集め、ネット上で投稿が相次いだ。
樹木さんは、この企画について「生きているのも日常。死んでいくのも日常。死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。そういうことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」と思いを語っている。
「長生きを叶える技術」である延命治療を疎ましく感じ、「日常」の延長線上で自然に死を迎えたい、という熱いメッセージである。
宝島社の企業広告はこれまでも注目されてきた。1998年に詩人の田村隆一を登場させて「おじいちゃんにもセックスを」と言わせたのを皮切りに、2002年に「国会議事堂は、解体」、2012年に「ヒトは、本を読まねばサルである」と衝撃的なコピーを放っている。時代の空気を2、3歩先取りする鮮やかな提言と言えるだろう、
そして今年は「好きに死なせて」である。テーマは死。
100歳以上の老人が約6万人にも上る時代となった。看取りの場や方法についての議論が次第に高まり、尊厳死や安楽死の話が身近になりつつある。3年前に社会保障の長期展望を示した国の「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、「死の質」即ちQOD(Quality of Death)を議論しましょう、と述べた。QODを国の文書として初めて採りあげ、「よくぞ踏み込んだ」と拍手を送られた。

〇世界各国の終末期の実態

そのQODを問いただし、延命治療に疑問を持つ医師の切実な思いを聞いた。各国の事例を次々上げて、「終末期は点滴や経管栄養は行っていません」と話したのは、北海道中央労災病院院長の宮本顕二さんと桜台明日佳病院(札幌市)の宮本礼子さんの医師夫妻。
1ヵ月ほど前の12月17日に日本創生会議と日本生産性本部が東京都内で開いた公開シンポジウム、「高齢者の終末期医療を考える」の場である。
夫妻は終末期の実態を探ろうと、8年前のスウェーデンを振り出しに、オランダやオーストリア、米国、豪州などの諸国を回ってきた。

「スウェーデンでは、肺炎は高齢者の友達なので抗生剤を使わない。
おしっこが出なくても利尿剤に手を出さない。看護師が血圧や尿量を調べることもない」と話す。行わない医療として、このほか昇圧剤、点滴、経管栄養、血液透析、人工呼吸器装着を挙げた。いずれも日本のほとんどの病院では当たり前に行われている。
翌年訪問した豪州のナーシングホーム(特別養護老人ホーム)では「口から食べるだけ、飲むだけです。食べなくなれば約2週間で亡くなるので、寝たきり老人はいない」と報告する。
確かに、豪州政府発行の「緩和医療ガイドライン」(2006年版)を読むと、「無理に食事をさせてはいけない」「栄養状態改善のための積極的介入は倫理的に問題」「経管栄養や点滴は有害と考える」とある。延命治療からの離脱を国が率先して指導している。
オランダの施設で「なぜ、点滴や経管栄養をしないのか」と宮本夫妻が尋ねると「倫理です」と当然のような言葉が返ってきた。オーストリアでも「食べないのも患者の権利です」と断言された。
さらに衝撃的な事実も報告する。米国西海岸の2つの施設では「スプーンを口元に近づけない」、つまり食事介助をしない方針を聞いたと言う。
欧米で点滴や経管栄養をしない理由として(1)尊厳の尊重、即ち倫理であり(2)本人の意思(3)医療費の抑制の3点を宮本顕二さんは挙げる。日本では、医療保険で緩和医療がガンとエイズに限定されている制約が大きい、と指摘した。
宮本医師の話を聞いた「認知症の人と家族の会」京都府支部の荒牧敦子さんは、「点滴を拒絶した実母を看取り、自然死させて良かったと胸にすとんと落ちた」と壇上で話した。だが、「後から孫に餓死したと言われ、落ち込んだ」と続けると、隣席の宮本礼子医師が「いいえ餓死ではありません。体が受けつけなかったのです。食べたくても食べられないのが餓死です」と、良い判断へのエールを送る一幕もあった。

〇「死は医療の敗北」だから「好きなように死なせてくれない」日本

終末期の食事や栄養補給については、2010年に石飛幸三医師が「自然の摂理を忘れた行為」と否定し、自然死を「平穏死」と著書で唱えた。このネーミングに尼崎市の在宅医、長尾和宏医師が賛同し「平穏死10の条件」を著す。京都市の中村仁一医師は、無理やり食べさせる食事介助は「拷問」と2012年発行の著書「大往生したけりゃ医療とかかわるな」で記している。
こうした医師たちの指摘が「海外では常識」であることを、宮本夫妻は多くの事例で示したことになる。
樹木希林さんの望む「好きなように死なせて」くれないのが日本の病院の実情だろう。「死は医療の敗北」と教えられてきた医師は、命をできるだけ長らえさせる延命治療を医療者の義務とみなしてきた。樹木希林さんと違って、「死は悪いこと」と教育された。
たとえ患者本人から「医療はここまでにしてください」と懇願されても、家族から「医療放棄」と訴えられかねないため、とことん治療する姿勢になりがちだ。だが、本人の意思を尊重し、その尊厳を守ろうとする医師が増えつつあるのも事実である。
とりわけ在宅医療に熱心な診療所の医師は、患者の自宅(長期入居の施設も第二の自宅)に通ううちに、本人本位の考えに近付いていく。命の「量」よりも「質」を尊ぶ。
日々の暮らしの生活の質(QOL)を高める診療の先に、死の質(QOD)を見据えるようになるからだ。

こうした「病院から在宅へ」の流れを実証するデータが12月17日に厚労省から発表された。3年に一度実施される患者調査の2014年の結果だ。
歯科診療と併せた在宅患者がこれまでの最多の15万6000人に達したという。在宅医療には、往診と訪問診療、それに看護師ら医師以外の訪問の3種類あるが、このうち、訪問診療を受けた患者が前回の6万7200人から11万4800人に7割も増えた。逆に、往診は3万5700人から3万4000人へと減少している。
これによって医療保険の制度である在宅療養支援診療所による訪問診療が急速に浸透しているという事実が裏付けられた。患者や家族の要請で医師が飛んでいく往診ではなく、あらかじめ月2回以上の診察日を決めて計画的に赴く訪問診療が増えている。
世間では、往診と訪問診療との区別がなく話されることが多いが、仕組みは異なる。看取りにつながるのは訪問診療が圧倒的に多い。この3年の間に、終末期をきちんと受け止める訪問診療の態勢が広がってきたということだ。

患者調査は、在宅医療の施設別内訳も出ている。病院が1万4400人、歯科診療所が4万600人、一般診療所が10万1500人だ。歯科診療所が全体の4分の1にも達している。嚥下障害を防ぐ口腔ケアなど歯科の重要性が指摘されているなかで、現実に出番が増えていることもよく分かる。

訪問診療の7割増は、人間の自然な死に方である老衰死の急増という事実と呼応するものだろう。老衰死の推移については、この連載の第42回で指摘した。2014年には7万5000人に達し、57年前にやっと戻った。浸透しつつある訪問診療医の医療観、死生観が大きく影響していることは間違いないだろう。

〇在宅医療を手掛ける診療所増加への流れも

死のあり方に対して、時代の流れは明らかに過渡期に入った。それでも、自然死、平穏死つまり老衰死はまだまだ多数派ではない。看取りに真正面からきちんと向き合う医療態勢が不十分ともいわれる。
在宅療養支援診療所には、患者への24時間の対応が義務づけられている。だが、医師一人だけの多くの診療所では、週末や休日、休暇中も含めての24時間対応が高いハードルになっている。在宅医療の報酬は高めに設定されているが、それでも「全国どこでも在宅医」という状況ではない。
そこで、ハードルを下げようと、夜間と休日に稼働する専門医師を地域の診療所に送り出す斬新な医療機関が現れ、注目されている。佐々木淳医師が率いる医療法人社団「悠翔会」(東京)である。
東京23区と川崎市や千葉、埼玉両県で9ヵ所の診療所を持つ。夜間と休日に、他の診療所と連携してその診療所の医師に代わって出向く。患者の診療情報を電子カルテで共有しており、連携先の医師や患者からの緊急の要請を受ければ、当直拠点の診療所から訪問に出る。

患者は、一旦決めたかかりつけ医を変えることなく、外来から在宅医療に移ったり、緊急時の訪問診療も同じ診療所から受けることができる。
訪問診療医にとっては、夜間や休日の診療負担が軽くなり、看取りまで長期的に患者に関わることができる。これによって、在宅医療を手掛ける診療所が増えていく可能性が高まりそうだ。
悠翔会では現在の連携先の14の診療所を年内には30ヵ所に増やしていく。

〇「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」を実現する制度変更へ

「病院から在宅へ」の流れを加速させる制度変更も進んでいる。
厚労省は、地域の診療所などからの紹介状を持たないで大病院を受診した患者に、別料金として5000円以上を請求する方針を決めた。再診時にも1000~2500円の追加負担を検討している。
高度医療を提供する84ヵ所の「特定機能病院」やベッド数が500以上の164ヵ所の「地域医療支援病院」の大病院を対象とする。
昨年5月に成立した医療保険制度改革の関連法に導入が盛り込まれていた。近く開かれる中央社会保険医療協議会(中医協)に厚労省案を示して、この4月から実施する。
現在でも、ベッド数200以上の病院では同様の追加料金を請求できる。5000円以下を徴収している都心部の病院もあるが、地方では全く徴収していない病院も多い。これをきちんとした制度に仕立てる。
大病院が専門治療に専念できるように医療機関の役割分担を推進するのが狙いだが、同時に、地域の診療所への診療を増やすことにつながる。軽い症状であれば、できるだけ身近な診療所への受診を促す。
診療所との関係が深まれば、重度になって外来受診が出来なくなっても、訪問診療に移行することがたやすい。大病院での「医師任せ」でなく、自宅や近隣の集合住宅などで過ごせば、本人の意思、判断を尊重した医療や介護を受けやすい。
「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」のほうが落ち着くのはサッカーだけではない。病院は暮らしの場ではない。本人が望む死に方を実現できる可能性も高まる。
「ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたい」(樹木希林)という願いも達せられそうだ。

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by kura0412 | 2016-01-21 11:56 | 医療全般 | Comments(0)