日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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日中首脳会談実現までのプロセスは

日中首脳会談、パイプつなぎ直した政治家のワザ

2012年12月の第2次安倍政権発足以来、初となる日中首脳会談が実現した。
お膳立てを買って出たのは首相、安倍晋三との関係があまり良くないとされてきた元首相の福田康夫だった。首脳会談に先立ち日中両政府が7日に発表した合意は、福田と国家主席の習近平による7月末の極秘会談を受けて文書づくりが始まっていた。

■2つのルートで探り合い
「そろそろ時期だと思っています」。安倍が福田に電話口で首脳会談についてこう語ったのは1年ほど前。中国が沖縄県の尖閣諸島を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定し、米国も巻き込んで一気に緊張が高まっていたころとみられる。首脳会談の実現に向けた動きが静かに始まった。
中国や韓国の政府間のチャネルが機能しなくなると、これまでも議員外交がそのパイプをつなぎ直す役割を担ってきた。自民党幹部によると、今回も中国側は旧来からの2つのルートを通じて日本の出方をうかがったという。
一つは1972年9月に北京を訪問し、日中国交正常化を果たした元首相、田中角栄の流れをくむ「経世会(現・平成研)ルート」だ。最近では大規模な訪中団を毎年のように率いた自民党元幹事長の小沢一郎や野中広務らに代表される。もう一つは78年12月に日中平和友好条約を結んだ福田の父、元首相の福田赳夫につながる「清和会ルート」だ。安倍もその系譜だ。いずれも中国側は日中関係の構築に汗を流した人を「井戸を掘った人」といって、一目置く。
今回、「経世会ルート」では、かつて平成研(額賀派)に所属していた自民党幹事長(当時)、石破茂が動いた。この夏には中国共産党との政党間交流の再開をきっかけに、石破・習会談に向けた調整が進んでいた。「清和会ルート」、福田の動きがこれに待ったをかける形となった。

■懸念払拭した「谷内」カード
中国側にとっての懸念は、福田も石破も肝心の安倍との関係が決して良くない、ということだったようだ。重要なのは、安倍に直接つながるルートなのかどうか。「福田さんと安倍首相との関係は本当に大丈夫なのか」。自民党幹部のもとには中国側からの探りが繰り返し入ったという。
福田はまず議員外交を通じてパイプをつなぎ直し、それを政府間のチャネルにしっかりと戻すことを考えた。そのためには安倍の信頼が厚く、政権の外交・安全保障政策を任されている事務方の存在が欠かせなかった。国家安全保障局長、谷内正太郎だ。
7月下旬、福田は人目につかないように首相官邸で安倍と会った。谷内を伴って首脳会談の地ならしに北京を訪れることへの了解を取り付けるためだった。関係者によると、福田もまだこの時点では北京で習と会えるかどうか分からず、そのため官邸内では谷内の同行に反対する声もあったという。官邸にとっても谷内の北京訪問は切り札だ。北京へ行ったはいいが、習と会えなければ逆効果になりかねない。
しかし、安倍は福田の案に乗った。官邸内の反対論にも配慮し、谷内は念のため福田とは別行動で北京入りした。福田には関係改善の意向を伝える親書も持たせた。これで中国側の懸念は払拭できた。石破は訪中計画の取りやめを党内に指示し、中国側は日本との交渉ルートを福田に一本化した。

■5人の会談
7月28日、谷内を連れ立って北京を訪れた福田を待っていたのは外相の王毅、国務委員の楊潔篪だった。
とりわけ王毅は福田との仲が深い。北京で日本語を学び、駐日大使を務めた「知日派」。福田とは在日中国大使館で参事官や公使を務めていたころからの20年来の仲だ。
福田は小泉政権の官房長官だった03年、小泉の靖国神社参拝問題で首脳レベルの交流が途絶えていたときに訪中し、当時、外務次官だった王毅と「歴史認識の問題ですべてが停滞するのは良くない」などと打開策を話し合った。その後、駐日大使になった王毅は06年、首相就任直後の安倍の電撃訪中に一役買い、冷え切っていた日中関係を改善させた経緯がある。
福田、谷内、王、楊の4人の会談に、習が姿を現した。福田が習と会うのは昨年4月以来だ。日中関係者によると、福田はここで踏み込んだ発言をした。安倍の靖国参拝の可能性について、否定的な認識を示したのだという。安倍とどこまで擦り合わせていたかは不明だが、同席していた谷内が「そんなことまでは……」と慌てたとされる。第2のカードだ。
実は昨年4月に福田が習と会談したときも、首脳会談が実現する直前までいっていた。福田に先立ち、自民党と連立を組む公明党代表の山口那津男も習と会談し、地ならしをした。
だが、福田・習会談の直後、副総理の麻生太郎が靖国神社を参拝、首脳会談の機運が急速にしぼんだ経緯がある。習が国内の統制を強めるなか、中国側は習のメンツをつぶされることを最も警戒していることの現れだ。

■「歴史」曖昧にした合意文書
福田と習は首脳会談を前提にした合意文書づくりを進めていくことで一致。双方の外務当局にバトンを引き継いだ。
谷内と楊が最終的に合意した文書では、沖縄県の尖閣諸島を巡っては「異なる見解を有している」と問題の先送りを明確にする一方、歴史問題については曖昧な記述にとどめた。靖国参拝という文言をあえて使わず「両国間に影響する政治的困難を克服することで若干の一致をみた」という分かりにくい表現としたことに、ここが最も両国が気を使った部分であることがうかがえる。
中国では今年に入ってから日本からの直接投資が前年に比べて4割以上も減少するなど、経済への影響が深刻化しはじめていた。関係改善のきっかけを探していた中国側にとって、北京で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)は、首脳会談実現のタイミングとしてまたとない機会だった。
10月29日、「博鰲(ボーアオ)アジアフォーラム」の理事長である福田が北京を訪問すると聞いた習は、福田に再会談を持ちかけた。「再会できてうれしい」と語った習に、福田も「中国の存在感は大きい」と返した。

【日経新聞】



日中首脳会談を実現させたことも安倍首相の衆議院解散への決断の布石となるのかもしれません、
しかし安倍首相との習主席の握手時のにがにがしい顔は、会談実現となって安倍首相が判定勝ちの印象をもちます。
by kura0412 | 2014-11-11 09:30 | 政治 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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