コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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ミラー片手に歯科医師の本音
『口腔健康管理とかかりつけ歯科医』

今回の改定を医療全体的にみると三つの注目すべき特徴がありました。一つは伸び続けていた調剤には厳しい結果となったこと。7対1の入院基本料の要件の厳格化。そして改定の中で「かかりつけ」という概念が明確に組みこまれまれました。
「かかりつけ」に関しては医師、薬剤師に加え歯科でも導入されていますが、「かかりつけ歯科医」はあくまでも「保険用語に一つ」というイメージがあります。しかしながら医科、薬科ではこの「かかりつけ」を軸に医療体制の新しいイメージを描きつつ、今後の政策を積み重ねる意気込みを感じます。そこにあるのは、地域包括ケアの推進がベースにあっての考えです。例えば、今回の改定では紹介状のない大病院の初診・再診料自己負担は大幅なアップとなりました。また、調剤の方ではかかりつけ薬剤師指導料算定をきっかけに、患者とのコミニュケーションを密に図ろうとする試みを目指します。
一方、医療政策として改定と対をなす基金は、歯科医療の環境整備にも益々重要な意味を持ちます。ただ、今回改定の中でも可能性の秘めた項目としていくつか点数化は見られましたが、基金が改定とリンクすることなく、独立しての事業になっている印象は拭えません。限られた予算の中でのやり繰りです。W改定に向けての改定と基金との相乗効果を目指す為の戦略と、それに沿った事業の立案が必要となってきます。
包括ケアを視野に入れての「かかりつけ歯科医」でポイントとなるのが口腔ケアです。その有用性は医科からも視線が注がれています。然るに、口腔ケアという言葉が、ブラッシングのみの狭義に捉えられている現状があり、本来の口腔ケアの意味する嚥下機能も含めた口腔全体を管理する視点の広がりが不足しています。その観点からみると、今回日本歯科医学会が「口腔健康管理」と称した新たな口腔ケアの概念の提唱は機知を得た提案です。摂食機能療法などを加えた従来の歯科治療を「口腔機能管理」、歯石除去、PTCなど歯科衛生士の実施するエリアを「口腔衛生管理」、そして一般の方が実施する口腔清拭、食事介助などを「口腔ケア(狭義)」として、この三点を総じて「口腔健康管理」としました。
広義の口腔ケアとして定義する考えは、真の意味での「かかりつけ歯科医」が目指す所です。既にW改定に向けての作業が進む中で、この概念を一日も早く歯科界内部で意見の確認をしながら、国民への認知を広めなければなりません。
日医はかかりつけ医機能研修制度を創設し、独自の「かかりつけ医」というものを推し進めようしています。そしてその講習の中に「かかりつけ医の摂食嚥下障害」のメニューも組み込まれています。また、地域包括ケアに向けた「かかりつけ連携手帳」の作成に着手し、そのスピードは目を見張るものがあります。『かかりつけ歯科医』、『口腔健康管理』、『摂食嚥下障害』のキーワードは、地域包括ケアの中で育ちそうな芽であることは間違いありません。残す課題は、地域包括ケアを主導する日医、地区医師会との更なる連携の強化と事業実現に向けてのスピードを加速させることです。




『食べる=生きる』

地方消滅で日本の少子化高齢化に対して大きな警笛を鳴らした日本創成会議が「高齢者の終末医療を考える」と称したシンポジュウムを先日開催しました。その議論を聞くに、地方消滅と終末医療?そんな一見結びつかない二つが、これからの日本の大きな課題となっています。それと共に、改めて人の死という死生観を医療分野の一角に位置する歯科医師として、見つめ直す時期が今あるものと感じます。
高齢化になって、いわゆる寝たきり老人に対していろいろな考え方が示され、特に胃瘻の是非については大きな意見が分かれるところです。欧米においては日本で常習化している高齢者、寝たきり老人への適応が少ないとのこと。この点に関しては中医協でも前回の改定では、嚥下検査の有無によって評価を変えるという対応がなされ、また今回の改定での議論では、その経過の調査結果も示されています。しかしその一方、この問題が話題になって、胃瘻によって日常生活が暮らせるレベルになる患者さんまで拒否するような実例があり、医療現場その対応に苦慮する場面が多々見られる話も聞きます。
この問題は、医療、介護費増大から語られることが多かったのですが、タブー視されていた死に対する考え方が社会問題の遡上に挙がっていることは、大きな時代の変化として捉えられます。そして、食べることは従来から歯科界も提唱するように、単に延命だけが目的ではありません。生きていることの喜びを感じる、人間としての尊厳に係わる重要な日常生活の一つなのです。
医療関係者以外でも「食べる=生きる」を唱える人がいます。「食べることは、呼吸と等しく、いのちの仕組みに組み込まれているもの。」とは、料理研究家・辰巳芳子氏が唱えている私の好きな一文です。そして欧米での判断基準となる「食べる」ことの有無が延命治療の是非判断の基準となる考え方は、経済問題を抜きにしてもその専門家集団である歯科界の属するものが改めて真摯に議論し、一つの考え方を社会に示す責務があると考えます。
然るに、だかからといって歯科界が社会の先頭に立って、自らが死生観の変更を訴える必要はありません。これは社会全体で既にうごめく潮流であり、歯科界はあくまでもこの分野に特化した専門家として食べることの重要性、必要性を改めて世に唱え、それを臨床の場で実践を積み重ねれば良いのです。果たしてこれをも医科が歯科から奪い取り、領域拡大を目指すのでしょうか。
この死生観の議論の推移を見守ると共に、食べることへの支援を更に強める為に、摂食嚥下への歯科領域からの積極的なアプローチが必要となってきています。何故ならば、咀嚼と嚥下は対となって多くの結果を導き出すことが立証され、食べることを特化した専門家としての医療人としては、現状のままでは取り組みが不十分だからです。歯科医療は新たなる視点をもって社会に貢献する時代の到来です。あとはそれを導き、フォローする具体的な政策を積みかさねることです。歯科医療は真の意味での生きる喜びを支援する世界を導きます。



『飲み込みは大丈夫ですか』

基金における事業が一つのきっかけとなって、在宅診療、医療連携が新たな展開に進み始めています。それぞれの医療環境の実情を踏まえて、地域独自の取り組むこの基金を利しての新たな事業は、診療報酬と対になるこれからの歯科医療全体へ大きく波及する政策です。そしてこの基金は、来年度において今年度予算規模に介護関係が上乗せされる計画となっており、医療介護の垣根を越えた地域包括ケアシステム構築としての発想が必要となっています。
歯科における在宅診療の中心は、従来の診療所における診療の延長としての義歯調整から始まり、口腔ケアの対応へと進んでいます。口腔ケアの効果は、既に誤嚥性肺炎予防という観点から医科の関係者は元より介護関係者にも認知されています。それに加えてここきてスポットライトが浴びているのが、今回の基金でもいくつかの地域で事業が計画される摂食嚥下の分野です。
しかしながら、介護保険の認定審査項目にも「えん下」という項目がありながら、実際に摂食嚥下の対応は、一部の大学病院、リハビリテーション、耳鼻科があって積極に取り組んでいる病院以外、殆ど対応出来ていないのが介護、医療の世界の現状です。その理由は簡単です。採算が合わないからです。特に歯科においては無報酬に等しい状態です。
 嚥下の対応は、適応が少ない耳鼻科領域の手術以外その改善方法の中心は訓練、姿勢の改善、食形態変更のアドバイスなどで薬の処方もありません。検査も歯科では保険算定が認められていない内視鏡・造影検査と問診を中心としたスクーリングテストです。近年、摂食機能療法が歯科でも算定可能となりましたが、それは鼻腔栄養、胃瘻増設患者に限定されており、重度になる前の本来対応が必要な患者さんには算定出来ません。
そしてもう一つこの分野を歯科が推し進めるハードルとなるのが、隣接する医科の反応です。現在、摂食嚥下リハビリテーションは歯科医師を中心としたアプローチと耳鼻科、あるいはリハビリテーション科の医師を中心としたアプローチの二つがあります。本来ならば他の疾患でもあるように医科が歯科は口腔内のみと突っぱねるところですが、儲からない中で耳鼻科医の成り手が減少し忙しく手が回りません。それと共に、「摂食・嚥下リハビリテーション学会」の「・」がなくなり「摂食嚥下リハビリテーション学会」に名称を変えたように、嚥下と摂食、咀嚼は一連の動作であり、咀嚼のプロである歯科医師を係わりから排除することは出来ません。咀嚼して嚥下することによって食べることが出来るのです。
もし、嚥下を歯科の領域と社会から認知されれば、歯科診療所が「食べる」ことの社会ステーションと成り得ます。口から食べることへの支援が生きる為、生活を支える源であることが歯科診療所から発信が可能と成ります。したがって報酬的評価は低くても、嚥下に問題ある人が歯科診療所に相談することへの広がり目指し、その実現に向かっての政策を積み重ねる必要があります。先ずは先生方が診療所で「飲み込みは大丈夫ですか」の一言を問える環境作りがその第一歩です。




『この道しかなかった中で』

この原稿を書いている今、衆議院選挙の結果は分かっていません。しかし事前の各マスコミみれば自民党圧勝予測です。選挙は投票箱が閉められるまで何が起こるか分かりませんが、少なくても安倍退陣はなく、任期2年を残しての安倍首相の解散の決断は見事成功となりそうです。
メディアは大義ない解散と騒ぎましたが、今回の安倍首相の解散目的は明確です。日本の経済再生を目指し、自らが提唱したアベノミクスの敢行の為の長期政権への道を切り開くことです。無論、長期政権となってもアベノミクス成功の確定はありません。しかし野党からは、アベノミクスに代わって日本経済再生を可能とする具体的な対案は示されませんでした。マニフェストに踊らされて政権交代を選択したことを悔やむ多くの有権者は、その提示なしで現在の野党にもう投票することは出来ません。また第三極への期待感も、離れたりよりを戻したりの腰の落ち着きのなさを感じ、一時のブームに終わりそうです。となると自民党のキャッチフレーズ「この道しかない」、安倍政権に託すしか今回の選挙では有権者に選択肢がなかったことになります。では長期政権となるこれからの政治情勢を踏まえて、歯科界はどう安倍政権と向き合わなければいけないのでしょうか。
今回の総選挙でのマスコミの世論調査では、有権者は社会保障に対しては経済再生と並び非常に関心をもっていましたが、その政策論戦は殆ど成されませんでした。特に自民党が示した政策は、医療に関してはないも等しいような扱いです。唯一あったのが、既にスタートしている社会保障改革のプログラム法案のスケジュールに則って進めるということです。但しこのプログラム法案の対となす消費税増税が延期となったわけですので、そのスケジュールの変更は必要になってきました。恐らく16年度改定に対しては、これを理由に財務省から厳しい対応を迫られるのは必至です。
この現実の意味するものは、現行の医療制度、水準を是とする考え方がベースにあります。消費税増税、経済再生となって税収が増えたとしても、けっして医療の大幅な拡充が成されるわけではありません。それどころか、もし経済再生と成らなければ医療費はそぎ落とされる可能性もあります。これからは少子高齢化、財政再建を踏まえて、いかにレベルを落とすことなく現行の医療を保つことへの模索が始まります。しかしながら理不尽な政策に対して、責任ある医療人として対応することは当然であり、大きな改善が必要な歯科と、既に一定の医療経営環境を維持している医科とでは立ち位置が異なります。先ずはこの点への内外の理解を求めることがスタートとなります。
選挙終わるのを待って各種医療政策への対応が加速的に進みます。幸いにして政治の世界では現在の歯科医療の現状は理解されつつあり、一つ一つの政策毎の対応スタンスが求められています。果たしてこの道しかなかった中で、歯科界はどう歩みを進めるべきなのでしょうか。歯科界の政策対応能力と政治力の真価が問われています。




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もっと歯科も認知症に取り組む必要が

認知症800万人の衝撃
欧米に遅れた日本の認知症ケアの現実

高齢者の4人に1人は認知症
これまでこの連載では、医療と介護の制度改革を論じてきた。その医療と介護のサービスの主な対象が高齢者となったのは日本だけではない。OECD各国も同様で、これらの国に共通するのは最大の課題が認知症ケアということだ。
アルツハイマー病を始め多くの病から発症する認知症には、根治薬がなくケアのあり方が焦点になっている。そのケア手法で、「病院モデル」から「生活モデル」への転換を進めてきた欧米諸国。だが一方、日本の認知症ケアは最先端を行く「生活モデル」と最も遅れた「病院モデル」を共に抱えており、先進諸国の中では特異な状況だ。
病気の治療を最優先し部屋の環境や食事、入浴などが二の次になるのが「病院モデル」。だが、認知症は症状を遅らせることはあっても完全な治療はできない。そこで、日々の日常生活を充実させようというのが「生活モデル」。QOL(生活の質)を重視する考えは、障害や疾病を複数抱えがちな高齢者への一般的な処遇法としても広がりつつある。
認知症が国民的な関心事となったのは、昨年6月に厚労省が発表した衝撃的な人数だ。2012年時点で462万人に上り、前年に発表した305万人より実際は160万人近くも多いことが判明した。茨城県つくば市や愛知県大府市など10市町で、4年間に計9000人の高齢者を追跡調査した結果による。認知症有病率が15%となり、全国の高齢者3080万人に照らし合わせると462万人となる。

一方、正常でもなく認知症でもない、予備軍的な中間状態の軽度認知障害(MCI)の高齢者が約400万人いることも推計された。合わせると862万人となり、「認知症800万人時代」「高齢者の4人に1人は認知症」とその後のマスコミが使い出し、一躍、認知症の議論が盛んになった。
今回の改革では、認知症への踏み込んだ新サービスはない。改革の土台となり、道筋を示したのは昨年8月に提言された社会保障制度改革国民会議の報告書である。その報告書では、残念ながら認知症についての記述はほんの少しで、国際的な危機感とはかなり乖離している。
報告書では、「今後、認知症高齢者の数が増大するとともに、高齢の単身世帯や夫婦のみ世帯が増加していくことを踏まえれば、地域で暮らしていくために必要な様々な生活支援サービスや住まいが、家族介護者を支援しつつ、本人の意向と生活実感に合わせて切れ目なく継続的に提供されることも必要であり、地域ごとの医療・介護・予防・生活支援・住まいの継続的で包括的なネットワーク、すなわち地域包括ケアシステムづくりを推進していくことも求められている」とある。読みにくい長文の結語として、「医療・介護・予防・生活支援・住まい」の連携、即ち地域包括ケアの確立こそが重要な対策になるとする。
その具体的な介護保険のサービスとして「24時時間の随時対応サービスや小規模多機能型サービスの普及を図る」という。前者は2013年から、後者は2006年からそれぞれ導入されている。とりたてて新しい提言ではない。
実は、日本の認知症ケアは介護保険が始まって以来のわずか15年間で長足の進展を遂げた。BPSD(徘徊や不潔行為、帰宅願望など以前は「迷惑行為」「問題行動」と呼ばれていたが、今はその症状から「行動・心理症状」という)と言われる周囲に及ぼすあらゆる「迷惑行為」「問題行動」にはすべて原因があり、丁寧なケアで改善できることが分かってきた。認知症の人の心情を推測してその原因を理解することの重要性も浸透しつつある。

何が嬉しいことか、苦痛か
若い頃からの「生活歴」の把握が重要
ではどのように対処すればいいのか。認知症ケアとは何なのか。
できるだけその人にとって嬉しい、楽しい、心地よい状態や行為を引きだす対応法が最善と言われる。家族の一員としてのかつての暮らしそのものの再生を目指す。つまり日常生活の延長こそが認知症ケアに重なる。「病院モデル」でなく「生活モデル」こそ、認知症ケアの要諦と言われるのはこのためだ。習得してきた知識は失われつつあるが、生活感情は維持されているからだ。
高齢女性であれば、自身が調理した料理を家族皆が「美味しい」「楽しい」と思ってもらえることが、家族内での役割の確立であり、社会的な「仕事」に通じる。他の人に役立っていることの実感こそが、あらゆる人々の生きがいである。それが「食」を通じて成されてきたのが、日本の多くの高齢女性であった。認知症を発症しても変わらない。
そのためには、何が嬉しいことなのか、何が苦痛であったのかという生活歴を若いときに遡って介護者が把握することが重要である。認知症ケアの前提と言ってもいいだろう。小学校時代の運動会や結婚式、新婚旅行、家族旅行など人生の節目の体験は認知症で記憶障害になってもよく覚えている。「まだ朝食を摂ってない」と朝食後にすぐ言い出す認知症の人は多い。記憶障害は直近の出来事は忘れるが、若いときの印象的体験は良く覚えていることが多い。
例えば、若いときにケーキ作りが得意であったとか、チャイムやサイレンの音は戦時中の空襲警報を思い出すので苦痛に感じるなどだ。そのためには本人や家族などから昔話を聞き取らねばならない。1980年代から認知症ケアに本腰を入れてきたスウェーデンやデンマークの北欧諸国に視察研修に行くと、必ずとって言っていいほど「生活歴をきちんと把握していますか」と訊かれる。

認知症ケアの先駆者「宅老所」とは
こうした認知症ケアの「極意」を認知症の人と日々暮らしを共にする中で自然に獲得し、実際に活かしているのが「宅老所」である。日本特有のケアスタイルを紡ぎ出し、「生活モデル」の先駆者となった。介護保険が始まる前から佐賀、長野、栃木、岡山、広島などの各県で広がっていた。
普通の民家を改修して認知症高齢者を積極的に受け入れ、スタッフと一緒に買い物や掃除など、どこの家でもあるような家事を行う。利用者は昼食作りを手伝い、食器の後片づけにキッチンに入り、入浴もできる。夕方になれば自宅まで送っていくので、その後介護保険で制度化された「通所介護(デイサービス)」に近い支援活動である。
自宅から通って来るとき、夕方に帰宅する時、あるいは家族が一時的に自宅から離れる時などに、スタッフが自宅を訪問して介護にあたる宅老所もある。介護保険制度では「訪問介護」に位置づけられる。
宅老所の主宰者たちはいろいろの職種に及ぶ。看護師や薬剤師など医療関係者のほか、福祉用具や医療器材のメーカー出身者、学校の教師、さらに外食や専業主婦など実に様々だ。団塊世代の女性が多数派で、共通の思いがある。
「家族介護だけでは自宅生活が難しい人たちの手助けをしたい。大きな病院や施設で管理された生活は嫌という人の願いをかなえてあげたい」
要介護度が進むと、日中だけの支援では追い付かない。夜中に起きだしてトイレに行ったり、探し物をする老人に家族介護の限界が見えてくる。「2、3日でいいから泊めてほしい」と訴える家族。「昼間に過ごした部屋で寝られるなら気持ちが落ち着く」と本人も望む。そこで、自主事業としての「ショートステイ(泊まり)」が始まる。
さらに、重度化すると、もう自宅には帰れない。ずっと泊まっていく、泊まりが3ヵ月、半年、1年と長引き、最期まで暮らし続けることになる。実質的には「住まい」として活用される。

こうして宅老所は4つのサービス、「通所介護、訪問介護、ショートステイ、住まい」の機能を併せ持つ独特のケアスタイルを確立させた。宅老所の普及に取り組んできたNPO法人「コミュニティライフ・サポート・センター(CLC)」(池田昌弘理事長)は、宅老所の定義として「小規模、多機能、地域密着」を掲げた。
その3要素の中で根幹を成すのが「多機能」である。多機能とは、「通って、泊まって、来てくれて、住まいもある」という4サービスを指す。「小規模」とは普通の民家の活用であり、「地域密着」とは同じ地域内の住民が対象ということ。
この宅老所運動のスローガンを、厚労省がその後相次いで制度化する。まず、「住まい」の機能だけ取り出したのが認知症グループホームである。「認知症ケアの切り札」と謳って、厚労省が2000年4月の介護保険制度のスタートと同時に導入した。
グループホームとは、9人以下の認知症の入居者に4畳半以上の個室を設け、トイレやキッチン、リビングルームを共用とする「疑似家族」的なケアスタイルである。1990年代からスウェーデンでも同様のスタイルが始まり、その成果が知られるようになったことも、介護保険のメニューに加わった要因であった。
その2年後には、新設の特別養護老人ホーム(特養)は、全室個室とし10人単位のユニット構成という基準を設けた。ユニットごとに、トイレやキッチン、リビングルームを設け、ユニット内で生活が完結できるグループホームと同じ作りだ。定員100人の特養では、10人単位で10ユニットを設けねばならない。グループホームの集合体とし、従来の4人部屋、大食堂等の集団管理を否定した。新型特養、あるいは個室ユニット型特養と言われる。
グループホームと共に、集団ケアから個別ケアへの転換を目指し、同時に伝統的な「病院モデル」から暮らしそのものの「生活モデル」への転換を促すことになった。
次いで、2006年度には「通所介護、ショートステイ、訪問介護」を単独の事業として括った新サービス「小規模多機能型居宅介護」を介護保険に取り入れる。この「小規模多機能型」や認知症デイサービスなどは都道府県が事業者指定するのではなく、「地域密着サービス」として市町村にその権限を移した。
こうして、宅老所が打ち出していた認知症ケアの3要素を厚労省が全面的に取り込んだ。宅老所が実践していた認知症ケアの良さを理解し、政策に反映させたと見ていいだろう。草の根の住民活動が評価された。それほどのインパクトが宅老所にはある。

「住まい」の機能は切り捨て
特養待機者数増大など新たな問題も
だが、宅老所の4つの機能を丸ごと受け入れるサービスはない。小規模多機能型の3機能から「住まい」が欠けてしまった。なぜ「住まい」だけが切り離されたのか。厚労省の答えは理解し難い。「住まいを含めると、それだけを目的にされてしまう」。つまり、「住まい」だけに特化したグループホームの絶対数が不足していることを知りつつ、そのうえでの新サービスの新設なのだ。
グループホームが足りないのは、06年度から管轄を都道府県から市町村に移したため、介護保険料を増やしたくない市町村が新設を抑制し始めたからだ。介護保険のスタート時から順調に広がっていたのに、急に開業数が減少し、現在は入居者数が18万人と低迷している。
最期まで暮らし続けるために必要な「住まい」が不足しているのを承知しながら、切り捨ててしまった。小規模多機能を在宅サービスの柱と位置付けたのはいいが、多大な需要に応える方策を採らなかった。不可解としか言いようがない。
そのために、特養入所の待機者数が増大したり、「お泊りデイサービス」がじわじわと広がり出すなど制度内で解決できない新事態の出現を招いた。「お泊りデイサービス」については重大事なので今後の連載で触れていきたい。
それでも、こうした一連の認知症ケアを目的にした在宅サービスが登場し、宅老所に近い「寄り添うケア」を実現させた意義は大きい。入居者と一緒に調理したり、買い物に出向くなど「食」に拘りながらの素晴らしいケアは北欧諸国にも見られない。こうした前向きな「生活モデル」の認知症ケアがある一方で、従来の「病院モデル」を抱えた前時代的な病院でのケアがまだ残っている。

なぜ日本では精神科病院に
多くの認知症高齢者が入院しているのか
それは精神科病院に入院している認知症高齢者がなんと5万3000人もいることだ。欧米諸国では見られない膨大な人数だ。その事実を2003年1月29日に東京で開かれた国際会議で各国から突き付けられた。
「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」である。英、仏、オランダ、デンマーク、豪州の5ヵ国から招かれた認知症の政策担当者や支援団体の代表が、この数年の認知症施策の実態を誇らしげに報告した。
フランス代表が「アルツハイマー病患者のほとんどは在宅で暮らしています。精神科病院にいるアルツハイマー患者は1000人未満です。といっても、入院期間はわずか2ヵ月程度と短い」と述べ、豪州代表も「精神科病院に入院する人は非常に少なくなってきた」と発言した。
シンポジウムで各国が強調した認知症ケアの基本は「脱病院」と「脱抗精神病薬」。
「認知症は精神疾患ではない。(BPSDなどの)暴力行為はケアが不適切だから起こること。精神科病院での長期入院は止めることにした」と口をそろえた。数字を挙げて、その成果に胸を張った。
一方、ホスト国の日本の原勝則・厚労省老健局長は、「精神科病院で治療を終えても退院できない人が多い」と触れただけ。精神科病院にいる認知症者は年々増えており、欧米諸国とは雲泥の差である。
なぜ、日本だけが精神科病院に多くの認知症高齢者が入院しているのか。認知症ケアの最も遅れたところを底上げする方策はないのか。引き続き次回も、認知症をテーマにして、この問題を掘り下げていきたい。

【浅川澄一:医療大転換介護】



歯科も医療と介護のボーダレス化、融合を考える時代が来ています。もっと認知症に対して積極的な取り組みが必要です。
by kura0412 | 2014-09-17 10:21 | 医療政策全般 | Comments(0)