政権の経験がプラスとなるか

ロケットスタートから長期政権の軌道に乗れるか?!第2次安倍政権が教訓とする「失敗学」

首相・安倍晋三と1月10日夜、食事を取りながら2時間、じっくりと話した。こういう席で聞いた内容をすぐに話したり書いたりするのは、取材対象との信頼関係を壊すことになるので触れない。会食した印象だけを記すなら、気力、体力とも非常に充実していること、政権運営についてかなり幅広く考え、熟慮の末に実行に移していることを強く感じた。
この時の話とはかかわりなく、首相に返り咲いた安倍の政治手法を解明したい。

第1次内閣の反省を踏まえた人事
第2次安倍内閣の特徴は第1次内閣の失敗をしっかりと総括し、過ちを繰り返さないように細心の注意を払っていることだ。
失敗とは何か。まず、気心の知れた仲間を重用しないことだ。「お友達内閣」と揶揄(やゆ)されたことを深く反省している。昨年12月26日、安倍は新内閣発足直後の記者会見でこうわびた。
「6年前、私は、まだ52歳になったばかりで今よりも若く、そして、理想に燃えておりましたが、肩に力が入り過ぎていたのも事実であります。私と考えを同じくする、同じ方向を見つめている、志を同じくする人々を集めようということで、力が入り過ぎた結果、そういう批判を受けたことは事実であります」
政権の陣容を見ると確かに、お友達内閣のシンボルだった元官房長官・塩崎恭久を4人いる政調会長代理の一人にとどめた。気心が知れた、という点でははるかに塩崎の上を行く副総理兼財務相の麻生太郎、官房長官・菅義偉は要職に起用した。にもかかわらず、麻生、菅がお友達と呼ばれないのは安倍に対して直言しているからだ。

組閣当日になって入閣が報道された総務相・新藤義孝、行政改革担当相・稲田朋美は安倍が言うところの「私と考えを同じくする、志を同じくする人々」に当たる。2人は2011年8月、韓国のウルルン島に入ろうとして韓国から拒否されたこともある。
それでも、「お友達」と書かれなかったのは、安倍が最初に決めた人事が幹事長・石破茂の続投だったからだ。自民党総裁選で争ったライバルを起用したため、人事全般がお友達重用とみなされなくなった。

危機管理を担う飯島、丹呉
第1次の教訓の2つ目は課題解決を急がず、優先順位を決めて取り組んでいることだ。
1年ほど前、安倍は「07年の参院選で負けた原因の1つは参院選の前に教育基本法改正や憲法改正のための国民投票法を成立させたことだった。選挙は『これをやります』と言って戦った方が支持が得られやすい」と語っていた。だから、集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の変更や憲法96条改正という、安倍が最も手掛けたいことを参院選後に先送りしている。
3つ目は危機管理だ。
以前の安倍内閣は支持率が回復しそうになると予期しない閣僚の不祥事、失言が起き、かつその処理が遅れたために支持率が再び下がるという悪循環を繰り返した。その危機管理を首相官邸で担うのが小泉内閣で政務秘書官を務めた飯島勲、事務の秘書官だった元財務事務次官・丹呉泰健だ。2人は内閣参与に起用され首相官邸に部屋を持ち、首相動静には表れていないが、一緒に安倍と会っている。

地獄を見た経験が生きる
失敗の教訓として最も生かされているのは安倍自身の人物識別眼だろう。安倍は07年9月、所信表明演説と代表質問の間に退陣したことによって厳しい批判にさらされた。
当時、安倍は政治生命を失いかねないような地獄を見た。その時、安倍は親しく付き合っていた人の中で、それでも付いてきて支えてくれる人と、さっさと離れていく人を目の当たりにした。
考えてみれば、これほど貴重な経験はない。どの政治家、官僚を本当に信頼できるか、分かったのだから。麻生や菅は信頼できる政治家の筆頭格と言える。
安倍政権はまさに「ロケットスタート」を切り、順調すぎるほど順調だが、いずれ厳しい逆風にあえぐときが訪れるだろう。それでも、第1次内閣の教訓を胸に秘めているならば、長期政権も夢ではない。(敬称略)

【田崎史郎・ニュースの深層】



一度政権の経験があることの意味は大きいようです。しかし、長期政権になる為ににも7月の参議院選挙のハードルを越えなければなりません。
by kura0412 | 2013-01-15 17:00 | 政治 | Comments(0)

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