コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
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ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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厚労関係の当落は

民主厚労議員惨敗、自民は復活- 三井厚労相が落選、小宮山、細川両氏も

16日投開票の第46回衆院議員総選挙は、民主党が政権交代を実現させた3年前から一変し、自民党が圧勝。厚生労働関係議員は、東京13区で鴨下一郎・元厚労副大臣が圧勝したほか、茨城6区の丹羽雄哉・元厚相も3年ぶりに返り咲いた。
一方、民主党は議席を大きく減らし、現職の閣僚や閣僚経験者らが小選挙区で相次いで敗れた。厚労相経験者では、現職の三井辨雄氏(北海道2区)をはじめ、細川律夫氏(埼玉3区)、小宮山洋子氏(東京6区)も敗北。議席を守ったのは長妻昭氏(同7区)だけだった。

自民党の石破茂幹事長は同日深夜、党本部での記者会見で、「分裂を回避するため、必ずしも適材ではない方を要職に据えてきたのが、(民主党敗北の)大きな要因」と分析した。石破氏はまた、来年度の予算編成で、各省庁から概算要求の再提出を求め、税制改正の議論と並行して作業を進める考えを示した。
一方、野田佳彦首相は、都内のホテルに設置した民主党開票センターで会見し、「敗北に至った最大の責任は、党代表である私にございます」と語り、代表を辞任する意向を表明した。

■鴨下氏、7回目の当選
16日夜、鴨下氏の選挙事務所(足立区)には、日本医師会の政治団体「日本医師連盟」の横倉義武委員長ら支持者が集まり、午後8時すぎに当選確実とテレビが伝えると、大きな拍手が起こった。8時半すぎ、事務所に姿を現した鴨下氏は、支持者たちと笑顔であいさつを交わした。
横倉氏は、支持者を代表して「医療、保険、介護に理解がある先生が、国会の中心に行く。こんなにうれしいことはない」とあいさつ。鴨下氏は、消費税率引き上げに伴う「控除対象外消費税」への対応を記者団に問われ、今後1年程度をかけて議論して結論を出す考えを表明した。
鴨下氏は、2009年の衆院選では民主党の新人に敗れ、比例代表で復活した。今回は、小選挙区で11万5797票を獲得。民主党を離党し、日本維新の会から出馬した前職の川口浩氏を7万票近い大差で破り、7回目の当選を果たした。当確と報じられた後、鴨下氏は報道陣に感想を聞かれ、「状況としては、こういうことだと思っていた」などと終始冷静な様子だった。事務所で万歳を三唱し終えると早速、車で党本部に向かった。

■茨城6区、雪辱の丹羽氏「もっと接戦かと」
一方、茨城6区では、自民党の丹羽雄哉・元厚相と、元厚生省キャリアで民主前職の大泉博子氏が争い、丹羽氏が9万1121票を獲得して3年ぶりに返り咲いた。大泉氏の得票数は3万9161票にとどまった。
開票が始まった直後の午後8時すぎ、テレビの選挙報道が当選確実と報じた。その瞬間、石岡市内の丹羽氏の選挙事務所では「おおっ」というどよめきと、歓声が上がった。支持者らと笑顔で握手を交わしていた丹羽氏自身、「もっと接戦になると思った」と驚いた様子だった。
丹羽氏は「経済や外交で難問が続いております。私の責任は大変に重いもの」などとあいさつ。社会保障・税一体改革について、記者団の問い掛けに対し、「常に次の世代のことを考えながら、持続可能な制度を考えていきたい」と意気込みを語った。

■大泉陣営、開票後に原中氏は姿見せず
一方、大泉氏の選挙事務所(土浦市)では、支持者らが肩を落とした。大泉氏は敗戦の弁で、「非常に危うい状況に日本がいくのかなと思う」と、自民党の圧勝に危機感を示すのがやっとだった。
3年前の衆院選で大泉氏は、県医師会の政治団体である「茨城県医師連盟」の推薦を取り付けて丹羽氏を破り、民主党による政権交代を強く印象付けた。医師連盟は今回も大泉氏の推薦に回った。16日の開票開始後、選対本部長を務めた原中勝征・前日医会長は、事務所に姿を見せなかった。
駆け付けた齋藤浩・県医師会長は、医師連盟顧問としての立場で、「(医師会の)一般会員が、日本の政治をどう考えるかという、最も根本的で大事なところを忘れてしまったのではないか」などと疲れた様子で語った。

【キャリアブレイン】



4人の厚労大臣経験者が落選というのはある意味象徴的な結果です。
新政権となって医療関係はこの二人が中心に動くのでしょうか。
by kura0412 | 2012-12-18 14:43 | 政治 | Comments(0)