初動対応の結果についての認識が違うようです

「初動不十分との指摘当たらない」…首相答弁

参院予算委員会は18日、菅首相と関係閣僚が出席して、東日本大震災に関する集中審議を行った。
首相は政府の初動が遅れたとの見方を否定した。参考人として出席した東京電力の清水正孝社長は、東電福島第一原子力発電所の事故について、改めて陳謝した。

首相は福島第一原発の事故を受けての今後の原子力政策について「従来の先入観をすべて白紙に戻し、なぜ事故が起きたのか根本から検証する必要がある。一定の段階がきたら、徹底した検証を行っていきたい」との考えを示した。
検証すべき具体例としては「核燃料サイクル、最終処分地の問題も含め、システムとしてしっかりした体制が取れていない中で、使用済み燃料が原子炉(建屋内のプール)にそのまま保管されていたこと」を挙げた。
震災や福島第一原発の事故に対する初動が遅れたとの批判や、首相の指導力に対する疑問が出ているとの指摘には「初動が不十分だという指摘は当たっていない。十分な対応ができていると認識している」と反論した。

【YOMIURI ONLINE】


検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その1)
 ◇福島第1原発、津波…燃料棒溶融…爆発
 ◇3.11から2日間、官邸・保安院・東電は
 東日本大震災は国内未曽有の原発事故を引き起こした。首相官邸や東電、防衛省・自衛隊はどう対処したのか。米国の動きは。発生直後からの2日間を追った。【震災検証取材班】

■発生 11日14:46

◇暗闇の建屋脱出30分 「はぐれるな、手をつなごう」
◇「全員官邸に集合」 閣僚右往左往
その時、東電の下請け会社に勤めるベテラン従業員は福島第1原発4号機タービン建屋の地下1階で鉄材の切断作業をしていた。11日午後2時46分、激しい揺れに必死で配管にしがみつく。
「足場が倒れたら危ない」。3人の同僚と声をかけ合っていると突然、照明が消えた。暗闇の中、危険箇所を示す電池式の警告灯だけが赤く点滅している。
頭が混乱して方向感覚がない。「はぐれたら大変だぞ。手をつないで行こう」。警告灯を懐中電灯代わりに、4人は一列になって1階に向かった。外に出られたのは30分後だった。
1号機の「廃棄物処理建屋」で下請け会社の社員、菅波秀夫さん(60)は足場材の搬出作業をしていた。作業場の監督が中央制御室に連絡して急いで扉のロックを解除させ、仲間6人で出口に通じる隣の建屋に入った。だが、ほこりが立ちこめ視界がきかない。仕方なく作業場に戻ると照明が切れ、鉄骨が揺れる音だけが響く。どこからか声がした。「おれらについて来い」。それを頼りに出口をめざした。
下請け会社を経営する小川喜弘さん(53)は放射性廃棄物を処理する「集中環境施設」の建屋4階で非常用バッテリーの点検をしていた。揺れが収まって階段を下りると、すぐに大津波警報が出た。4号機で定期点検中の作業員100人以上と高台に向かって逃げた。1号機の建屋の壁が崩れているのが見えた。
避難所から自宅のある浪江町に戻った時、その光景にがくぜんとした。「人っ子一人いない。これは死の町だ」
築50年を超す福島県庁舎が強い揺れに襲われた時、佐藤雄平知事は2階会議室で地元新聞社のインタビューを受けていた。5階建ての本庁舎は倒壊のおそれがあり、県は隣の県自治会館に災害対策本部を設置する。救助を求める声が対策本部を飛び交う。原発は後回しだ。3時10分すぎ、本庁舎で受けた第1、第2原発からのファクスには「全原子炉が自動停止」とあった。

福島第1原発から約200キロにある東京の国会議事堂。菅直人首相は、全閣僚とともに参院決算委員会に出席し、新聞報道で表面化した外国人献金問題を巡って集中砲火を浴びていた。
激しい振動に天井のシャンデリアが大きく横に揺れ、立ち上がる首相のそばに松本龍防災担当相が駆け寄った。4分後には鶴保庸介委員長が「暫時ちょっと休憩」と宣言したが、委員会が再開されることはなかった。
首相側近の江田五月法相は「全員官邸に集合」という大声に押されて首相官邸へと公用車で駆けつけた。官邸内の危機管理センターへと向かうためエレベーターで地下に下りたが、物置のような場所に出てしまった。
中野寛成国家公安委員長らと出くわし、地上に上がるため乗ろうとしたエレベーターがストップ。じきに「防災相を除いて各省待機」の連絡が伝わったが、官邸は早くも混乱を極めていた。

「最初は人命救助、次は避難民対策だ」。参院第1委員会室を飛び出した北沢俊美防衛相は防衛省にいた小川勝也副防衛相に自衛隊出動に備えるよう指示を出したが、水面下では救命とは別の情報収集が始まった。
福島第1原発から約60キロにある陸上自衛隊福島駐屯地(福島市)。原子炉が自動停止した原発の情報収集に乗り出した。防災訓練など日ごろから原発側との情報交換を欠かさず、作業はスムーズだった。
「自動停止しており、今のところ問題はない」。東京・市ケ谷の防衛省メーンビルA棟地下3階にある中央指揮所(CCP)に駐屯地からの現地情報が伝わったのは地震発生から約1時間後の午後3時55分。その約20分後には「放射能漏れもない」との現地情報が新たに加わった。
すでに自衛隊は被災地派遣の準備が始まっていた。部隊配置や移動状況などが大きなスクリーンに映し出される中央指揮所の作戦本部・オペレーションルームに姿を見せた折木良一統合幕僚長は号令をかけた。
「全国の部隊を東北方面に集中して救援に当たるように」

東京都千代田区の東電本店。出張で不在の勝俣恒久会長らに代わって対策本部の指揮を執る藤本孝副社長は、補助電源で薄明かりがともる第1原発の中央制御室から、第1、第2原発の全基停止を知らされた。
「電力需要が少ない週末はなんとかできても、週明けは大混乱するかもしれんな」。藤本副社長はつぶやいた。この時、原発事故が放射能漏れまで引き起こすとは予想もしていなかった。

■異変 11日16:36
◇冷却系ダウン 会見場に駆け込み「15条事態」
◇保安院幹部「悪夢じゃないのか」 「大丈夫」一転、首相に一報
大津波で状況は一変した。13台ある非常用ディーゼル発電機のうち、12台が使用不能に陥った。さらに官邸を震撼(しんかん)させる緊急事態が起きたのは地震発生から約2時間後の午後4時36分。「炉心溶融」を防ぐための冷却システムがダウンした。このままでは、核燃料の損傷や放射性物質の外部漏えいにつながる。
東京・霞が関の経産省で原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官が記者会見していた最中だった。「蒸気タービンで駆動する冷却系が働いている。バッテリー(蓄電池)は7、8時間は保持される」
会見を終えて中村審議官が席を立とうとした午後5時前。血相を変えた保安院職員が「東京電力から15条事態と判断したと連絡がありました」と会見室に飛び込んだ。「15条とは何だ」と騒然とする報道陣に「詳細は後ほど」と繰り返すばかりだった。
原子力災害対策特別措置法(原災法)に基づく15条通報は、原子炉内に注水できず冷却機能を失うことに代表される重大な緊急事態の発生に適用される。1、2号機は注水が確認できなくなっていた。
これに先立つ午後3時42分には、全交流電源が失われ、冷却機能の喪失につながりかねない事態になった。東電は15条の一つ手前のトラブルとして10条通報した。「10条でさえ通報が来るなんて考えもしなかったのに、より深刻な15条なんて。悪夢じゃないのか」。保安院幹部がうめいた。

東電の武藤栄副社長が「発電所を見てきます」と言い残してヘリコプターで福島原発へと飛んだのは午後3時半。まだ冷却系統は作動していたが、東電内でも危機感が広がり始めた。原子力部門の幹部は「15条も適用した方がいい」と考えていた。
東電本店2階の対策本部はすべての電源を失ったことに困惑の度を深めた。こうした事態を想定した「シビアアクシデントマニュアル」に沿って管内の事務所などから電源車をかき集める作業を始めた。
「6台は確保できそうだ」。だが、東電から報告を受けた保安院幹部に疑念がよぎる。「仮に電源が復旧しても地震や津波で計器類だって損傷しているはず。簡単に事が進むだろうか」

原発事故を巡る行政機関の情報伝達ルートは「東電→経産省原子力安全・保安院→首相官邸」という流れで、通常は官邸が直接、民間企業の東電に指示・命令することはない。「原発有事」に発展するまで首相はもっぱら保安院から「原発は大丈夫です」との報告を受けていた、と複数の政府高官は指摘する。
首相が「冷却機能不全」という事態急変を知ったのは、東日本大震災発生後、首相官邸で初めての記者会見に臨む直前だった。だが、午後4時54分からの会見では「日本の総力を挙げる」と表明し、原発事故には「一部の原子力発電所が自動停止したが、外部への放射性物質の影響は確認されていない」と触れただけだった。
首相はこのころから原発事故対応へとのめりこんでいく。公邸の伸子夫人に電話した際、「東工大の名簿」を求めた。母校の専門家からアドバイスを受けようとしたためだった。
「私は原子力に詳しい」との自負を後に漏らす首相。そこからは「原子力村」と呼ばれる電力業界、経産省、東大研究者が原子力政策を支配するシステムへの対抗意識がうかがえる。伸子夫人は東工大時代の首相の友人を通じて名簿を官邸に届けた。首相はその後東工大出身の日比野靖・北陸先端科学技術大学院大副学長ら3人を内閣官房参与に迎えることになる。

「え、本当に大丈夫なのか」。午後5時前、各駐屯地などからの電話で「パンク状態」だった防衛省・中央指揮所内が一瞬、ざわめいた。それまでの「安全」とは異なり、首相官邸に詰めている統幕の連絡要員から「放射能が漏れている模様。ただし、大きな被害にはならないだろう」と異常事態の情報が伝わったためだ。
原災法に基づき、首相が「原子力緊急事態宣言」を発令するのは時間の問題だとの情報も駆け巡った。
官邸から原子力災害対策本部設置と「午後6時半から会議」との連絡があり、防衛省は午後6時過ぎ、「首相が原子力緊急事態宣言を発令する」との情報を漏らしたが、会議がずれ込みいったんは先送りされた。
しかし、これを織り込み「原子力災害派遣実施部隊の長はただちに派遣準備を実施する」と定める防災業務計画に基づき、午後6時35分に陸自朝霞駐屯地(埼玉県など)の中央即応集団110人、化学防護車4台を待機させ、準備態勢を整えた。

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■ことば
◇10条通報、15条通報
原子力災害対策特別措置法に基づく。10条は、原子力事業所の原子力防災管理者(福島第1原発では発電所長)は、敷地境界付近で基準以上の放射線量を検知するなどした場合に主務大臣(東電の場合は経済産業相)などへの通報が義務付けられている。15条は、さらに厳しい事態の場合、主務大臣は首相に報告し、首相は原子力緊急事態を宣言する。


■厳戒 11日19:03
◇「国の指示待てぬ」 福島県が避難要請
◇非常用電源切れ 電源車、適合ケーブルなし
原発の異常事態は時間とともに深刻さを増していった。「安全神話」を揺るがし、「原発震災」に直面した。「現行法ギリギリであらゆる措置を取るという考えだ」。周辺は菅直人首相の決意をこう表現した。
午後7時3分、首相は冷却系が機能不全に陥る危険性を指摘し、初めて原子力緊急事態宣言を発令。午後9時23分、半径3キロ圏内の住民に避難指示を出した。12日早朝には10キロ、同夕には20キロと範囲が拡大していく。
発令に当たっては秘書官らが六法全書と首っ引きで首相権限を調べた。原災法に基づき15条事態になれば自動的に同宣言が出され、政治判断をはさむ余地はないが、ある閣僚は「かなり強力な権限が首相に与えられる」と語った。

福島県も原発事故の恐怖に振り回された。原発崩壊の真偽が定かでない情報が飛び交った。
国の指示に先立つ午後8時45分の県災害対策本部会議で原子力災害担当の荒竹宏之生活環境部次長が「2号機で炉心溶融の可能性」と報告。5分後に県は、半径2キロの住民に権限も前例もない避難要請を出した。佐藤雄平知事は「未曽有の被害。人命を最優先に、速やかに避難をお願いしたい」と災対本部前でテレビカメラに呼びかけた。
3キロ以内の住民は約5800人だが、10キロでは約5万人、20キロでは約8万人に膨れ上がる。国に先立つ避難要請を荒竹次長は「細かい点を確認している余裕などなく、国の指示を待てる状況ではなかった」と振り返る。

原子炉の暴走を事前に食い止める「冷却作戦」が官邸、経済産業省原子力安全・保安院、東電のもとで進められた。
対処方針は冷却システムを再起動させるための電源車をバッテリーが切れる7~8時間以内に福島第1原発に集めることだった。電源喪失が午後3時42分。タイムリミットは午後11時前後から12日午前0時前後。時間との闘いだった。ひとまず東電が集めた6台が福島に向かったが、陸路の輸送は困難を極めた。
「福島まで緊急車両は通れるのか」。首相は大畠章宏国土交通相に電話で交通状況を確認。執務室にはホワイトボードが運び込まれ、電源車の現在地が刻々と書き込まれていった。しかし、思わぬ誤算が生じた。
電源を失った1~3号機のうち、最初に危機に陥ったのは2号機だった。当初、原子炉の余熱でタービンを回し、冷却に必要な水を炉内に引き込む「隔離時冷却系」が作動し、炉内の水位を保っていた。
だが、隔離時冷却系が午後8時半に突然止まり、炉心の冷却ができなくなった。このままだと核燃料が出す熱で炉内の水が蒸発し、燃料棒が水面から露出する恐れがあった。水面から出た燃料棒はさらに高温になり、いずれは破損し、核燃料が溶け出してしまう危険があった。
待望の電源車が福島第1原発から約5キロ離れた、国の対応拠点「福島オフサイトセンター」(福島県大熊町)に到着したのは午後9時過ぎ。東北電力から提供された電源車2台だったが、ここでトラブルが発生する。
電源車が高電圧だったため接続に必要な低圧ケーブルが用意されていなかったのだ。つなぎ口も津波で浸水していた。午後9時20分には福島オフサイトセンターの非常用電源が切れた。東電社員を含む職員ら15人は隣接する福島県原子力センターに移動したが、ファクス1台。パソコンはなかった。
電源車の到着から2時間以上たった午後11時20分からの保安院の記者会見で山田知穂原子力発電安全審査課長は「電源車は接続されず、電源は回復していない」と作業難航を認めざるを得なかった。
1、3号機はともにタイムリミットの12日午前0時を過ぎてもバッテリーは働いていた。問題の低圧ケーブルはようやく調達できたが、「関東から空輸準備中」(原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官)で作業員も足りないというありさまだった。
2号機の水位は安定し、このころはほかにも低電圧を含む2台の電源車が到着していたが、山田課長は午前0時50分過ぎの記者会見で心もとなげに語った。「今来ている電源車では、多分足りないと思う」
政府高官は「東電のオペレーションは準備不足で、行き当たりばったりのようだった」と振り返る。

原子力緊急事態宣言を受けて午後7時半、北沢俊美防衛相が自衛隊始まって以来初の原子力災害派遣命令を発令。核・生物・化学(NBC)兵器に対処する「中央特殊武器防護隊」(中特防)が出動した。
だが、もともとの防護隊の任務はNBCで攻撃された時に放射性物質を検知し、安全な場所に部隊を誘導すること。原子炉の知識はなく、防護服や化学防護車などの装備も「防護服は外部被ばくには十分対応できない。化学防護車に中性子を遮る防護板がついたのもJCO事故以降」(陸自幹部)というのが実情だった。


混乱 12日未明
◇「ベント」放射性物質放出へ ためらう東電
◇ヘリで現地視察の首相「早くやれ」
「22時50分 炉心露出」「23時50分 燃料被覆管破損」「24時50分 燃料溶融」--
11日午後10時、原子力安全・保安院は、原子炉内の水位が下がった2号機で何が起こるのかを予測、官邸に報告した。12日午前3時20分には格納容器内の圧力上昇が予測されていたため、弁を操作して高温の水蒸気を外部に逃がす「ベント」作業が必要と分析した。格納容器の破損を防ぐためとはいえ、意図的に放射性物質を外界に放出する「最後の手段」とも言える荒業だ。

事態は、冷却機能が働いていたはずの1号機でも深刻化していた。徐々に水位が下がり、燃料棒が最大90センチ露出し、原子炉格納容器の圧力が上昇。損傷の危険性が高まった。
断続的に保安院で開かれた会見で「この事態を想定していなかったのか」と質問が記者から相次ぐ。保安院は「あらかじめ準備されているということではない」と苦しい弁明に終始した。
一方、首相官邸では11日午後11時過ぎ、地下の危機管理センターで首相や海江田万里経産相、班目(まだらめ)春樹・原子力安全委員長、原子力安全・保安院幹部を交えて対応を協議。「早くベントをやるべきだ」との意見で一致し、東電側と連絡を取った。
12日午前1時半には海江田経産相を通じて東電にベントで圧力を下げるよう指示。しかし、東電側からは、できるかどうか明確な返答はなく、いらだつ官邸が「何なら、総理指示を出すぞ」と威圧する場面もあった。
それでも保安院の中村審議官は午前2時20分過ぎの会見で「最終的に開ける(ベントする)と判断したわけではない。過去にベントの経験はない。一義的には事業者判断だ」と説明した。

午前3時、東電は官邸に「2号機は冷却装置が働いている」と報告した。それでも、官邸にいた班目委員長は「これからベントですね」と語った。
ほどなく、海江田経産相と小森明生・東電常務が会見した。海江田経産相は「ベントを開いて圧力を下げる措置を取る旨、東電から報告を受けた」と説明し、すぐに小森常務にバトンを渡した。これに対し、小森常務は「国、保安院の判断を仰ぎ、(ベント実施の)判断で進めるべしというような国の意見もありまして」と述べる。「東電の判断」という海江田経産相の説明と微妙な違いを見せた。
方法は、水蒸気を直接大気に出す「ドライベント」ではなく、いったん水にさらして放射性物質を100分の1程度に減らす「ウエットベント」だった。いずれにしても前例がない。
会見で、小森常務は当初、2号機でベントを実施すると表明したが、代わった東電の担当者は「今入った情報では、2号機は冷却機能が働いていると確認できた。1号機になるかもしれない」と説明した。記者を混乱させた。
原発敷地内では放射線量が上昇し、保安院は午前6時、1号機の中央制御室で通常の約1000倍の放射線量が計測されたと発表した。原発正門付近でも通常の約8倍を記録した。今回の東日本大震災で初めて放射性物質の漏えいが確認された。
政府は原子炉等規制法に基づき、東電にベントをするよう命令した。午前6時50分だった。

午前6時過ぎ、首相は班目委員長らと官邸ヘリポートから陸上自衛隊の要人輸送ヘリ・スーパーピューマで福島第1原発へ飛び立った。首相は線量計を携帯していた。午前7時過ぎ、同原発に着いた首相は大地震に耐えられる免震重要棟に移った。
「そんな悠長な話か。早くベントをやれ」
首相の怒声が響く。未明に指示したベントはまだ実施されていなかったからだ。現場を熟知する吉田昌郎福島第1原発所長は実施を約束。この後、官邸は東電本店よりも吉田所長に信頼を置くようになる。


■崩壊 12日15:36
◇指示から9時間、ようやく開始
◇東電「ガスボンベ爆発では」 首相「東電つぶれる」
官邸からの再三の要請を受けて、東電では福島第1原発で現地の作業員らが冷却機能を失った原子炉の圧力を下げるため、炉内から水蒸気を外部に出すベントの準備に取りかかっていた。当初は2号機のベントが想定されたが、途中から1号機の原子炉格納容器の圧力が上昇していることが分かり、こちらを優先することになった。
東電の原発事故時のマニュアルには手順も書かれているが、放射性物質を含んだ水蒸気を原発の外部に出すという初の事態に「福島の現場も東京の東電本店も緊張した」(保安院幹部)。しかも、停電で原子炉から水蒸気を放出するための圧力弁は自動では作動せず、放射線量が高い格納容器周辺に作業員が行き、手で弁を開く必要があった。停電で真っ暗な中での準備作業は難航。首相の視察後もなお現場は「ベントを開始できるまで、どれだけ時間がかかるか分からない」という状況だった。
1号機の格納容器内の圧力は午前4時半には、通常の2倍超の8・4気圧に達し、核燃料が溶ける「炉心溶融」がいつ起きてもおかしくなかったが、ようやくベントが開始できたのは午前10時17分だった。

「ドーン」。震災対応をめぐる与野党党首会談が行われていた午後3時36分、福島第1原発1号機の原子炉建屋がごう音を立て、白い煙を噴き上げた。圧力が上昇した格納容器から漏れた水素が建屋の上部にたまり、空気と反応して水素爆発を起こしたのだ。テレビ画面では福島中央テレビが撮影した煙を上げる1号機の様子が生中継され、アナウンサーが興奮した声で爆発のニュースを伝えていた。
与野党党首会談を終えた菅首相は執務室に戻ったが、東電からも保安院からも情報は入っておらず、問い合わせにも東電は「建屋から煙が出ている」というだけだった。首相は「なぜ官邸にすぐに報告できない。こんなことをしていたら東電はつぶれる」と、東電から派遣された幹部を怒鳴りつけた。幹部は「タービン建屋に保管しているガスボンベが爆発した可能性もあります」と説明したが、テレビ映像を見た首相には、小さなトラブルには思えなかった。約1時間後、東電からの連絡で水素爆発らしいと分かり、厚いコンクリートで覆われた建屋の上部が吹き飛ばされたことが判明する。
「重要な情報がすぐに上がるように、東電の原発担当者を官邸に常駐させろ」。しびれを切らした首相は執務室横の特別応接室に「私設本部」を設け、東電幹部と保安院を所管する海江田経産相をそこに詰めさせた。ある政府高官は「首相は海江田さんや東電幹部を質問攻めにする一方、実務にたけている官僚とは話すらしなかった。『政治主導』にとらわれ過ぎているのではないか」と危惧した。
一方、東電本店では、詰め掛けた取材陣に広報担当者が「建物の被害はテレビでしか確認できていない。作業員を今、現場に向かわせているところ」と繰り返すばかりだった。午後6時ごろから会見した保安院も爆発の状況や被害など正確な情報を把握していなかった。
首相周辺は「東電も保安院も原子力安全委も(深刻な事態から目を背けようと)ぐるになっていたとしか思えない」と批判。一方、保安院を傘下に持つ経産省幹部は「事態が最悪の方向に動いたため、官邸は東電や保安院をスケープゴートに仕立てようとしている」と漏らした。

「これから一体、何が起こるんだ」。防衛省では、1号機の爆発をテレビで知った北沢防衛相が経産省や保安院から情報が入らないことにいら立った。「事実が分からないと、どういう対応ができるか戦略が立てられない。自衛隊として何ができるんだ」--。語気を強める防衛相に、同省の緊張感は一気に高まった。
自衛隊は、陸自の隊員4人が1号機の爆発直前まで消防ポンプ車2台で原子炉を冷やすため、水を注入していた。爆発当時は、原発から約5キロ離れた地点に下がっており、危うく負傷や被ばくを免れた。ある防衛省幹部は「非常用電源まで落ちているとは知らなかった。ベントももっと早くから行われていたと思っていた」と、東電や保安院への不信感をにじませた。

東電は原発の「安全神話」が崩れていく現実を直視できず、初動の対応を誤った。官邸は政治主導にこだわりながら東電や保安院との緊密な連携を図れず、結束して危機に立ち向かえなかった。それは「想定外」という言葉でけっして片づけられるものではない。

【毎日jp】




初動対応の結果に対して、菅首相と報道がみる認識が違うようです。
by kura0412 | 2011-04-18 16:40 | 政治 | Comments(0)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言


by kura0412

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ミラー片手に歯科医師の本音

『口腔健康管理とかかりつけ歯科医』

今回の改定を医療全体的にみると三つの注目すべき特徴がありました。一つは伸び続けていた調剤には厳しい結果となったこと。7対1の入院基本料の要件の厳格化。そして改定の中で「かかりつけ」という概念が明確に組みこまれまれました。
「かかりつけ」に関しては医師、薬剤師に加え歯科でも導入されていますが、「かかりつけ歯科医」はあくまでも「保険用語に一つ」というイメージがあります。しかしながら医科、薬科ではこの「かかりつけ」を軸に医療体制の新しいイメージを描きつつ、今後の政策を積み重ねる意気込みを感じます。そこにあるのは、地域包括ケアの推進がベースにあっての考えです。例えば、今回の改定では紹介状のない大病院の初診・再診料自己負担は大幅なアップとなりました。また、調剤の方ではかかりつけ薬剤師指導料算定をきっかけに、患者とのコミニュケーションを密に図ろうとする試みを目指します。
一方、医療政策として改定と対をなす基金は、歯科医療の環境整備にも益々重要な意味を持ちます。ただ、今回改定の中でも可能性の秘めた項目としていくつか点数化は見られましたが、基金が改定とリンクすることなく、独立しての事業になっている印象は拭えません。限られた予算の中でのやり繰りです。W改定に向けての改定と基金との相乗効果を目指す為の戦略と、それに沿った事業の立案が必要となってきます。
包括ケアを視野に入れての「かかりつけ歯科医」でポイントとなるのが口腔ケアです。その有用性は医科からも視線が注がれています。然るに、口腔ケアという言葉が、ブラッシングのみの狭義に捉えられている現状があり、本来の口腔ケアの意味する嚥下機能も含めた口腔全体を管理する視点の広がりが不足しています。その観点からみると、今回日本歯科医学会が「口腔健康管理」と称した新たな口腔ケアの概念の提唱は機知を得た提案です。摂食機能療法などを加えた従来の歯科治療を「口腔機能管理」、歯石除去、PTCなど歯科衛生士の実施するエリアを「口腔衛生管理」、そして一般の方が実施する口腔清拭、食事介助などを「口腔ケア(狭義)」として、この三点を総じて「口腔健康管理」としました。
広義の口腔ケアとして定義する考えは、真の意味での「かかりつけ歯科医」が目指す所です。既にW改定に向けての作業が進む中で、この概念を一日も早く歯科界内部で意見の確認をしながら、国民への認知を広めなければなりません。
日医はかかりつけ医機能研修制度を創設し、独自の「かかりつけ医」というものを推し進めようしています。そしてその講習の中に「かかりつけ医の摂食嚥下障害」のメニューも組み込まれています。また、地域包括ケアに向けた「かかりつけ連携手帳」の作成に着手し、そのスピードは目を見張るものがあります。『かかりつけ歯科医』、『口腔健康管理』、『摂食嚥下障害』のキーワードは、地域包括ケアの中で育ちそうな芽であることは間違いありません。残す課題は、地域包括ケアを主導する日医、地区医師会との更なる連携の強化と事業実現に向けてのスピードを加速させることです。




『食べる=生きる』

地方消滅で日本の少子化高齢化に対して大きな警笛を鳴らした日本創成会議が「高齢者の終末医療を考える」と称したシンポジュウムを先日開催しました。その議論を聞くに、地方消滅と終末医療?そんな一見結びつかない二つが、これからの日本の大きな課題となっています。それと共に、改めて人の死という死生観を医療分野の一角に位置する歯科医師として、見つめ直す時期が今あるものと感じます。
高齢化になって、いわゆる寝たきり老人に対していろいろな考え方が示され、特に胃瘻の是非については大きな意見が分かれるところです。欧米においては日本で常習化している高齢者、寝たきり老人への適応が少ないとのこと。この点に関しては中医協でも前回の改定では、嚥下検査の有無によって評価を変えるという対応がなされ、また今回の改定での議論では、その経過の調査結果も示されています。しかしその一方、この問題が話題になって、胃瘻によって日常生活が暮らせるレベルになる患者さんまで拒否するような実例があり、医療現場その対応に苦慮する場面が多々見られる話も聞きます。
この問題は、医療、介護費増大から語られることが多かったのですが、タブー視されていた死に対する考え方が社会問題の遡上に挙がっていることは、大きな時代の変化として捉えられます。そして、食べることは従来から歯科界も提唱するように、単に延命だけが目的ではありません。生きていることの喜びを感じる、人間としての尊厳に係わる重要な日常生活の一つなのです。
医療関係者以外でも「食べる=生きる」を唱える人がいます。「食べることは、呼吸と等しく、いのちの仕組みに組み込まれているもの。」とは、料理研究家・辰巳芳子氏が唱えている私の好きな一文です。そして欧米での判断基準となる「食べる」ことの有無が延命治療の是非判断の基準となる考え方は、経済問題を抜きにしてもその専門家集団である歯科界の属するものが改めて真摯に議論し、一つの考え方を社会に示す責務があると考えます。
然るに、だかからといって歯科界が社会の先頭に立って、自らが死生観の変更を訴える必要はありません。これは社会全体で既にうごめく潮流であり、歯科界はあくまでもこの分野に特化した専門家として食べることの重要性、必要性を改めて世に唱え、それを臨床の場で実践を積み重ねれば良いのです。果たしてこれをも医科が歯科から奪い取り、領域拡大を目指すのでしょうか。
この死生観の議論の推移を見守ると共に、食べることへの支援を更に強める為に、摂食嚥下への歯科領域からの積極的なアプローチが必要となってきています。何故ならば、咀嚼と嚥下は対となって多くの結果を導き出すことが立証され、食べることを特化した専門家としての医療人としては、現状のままでは取り組みが不十分だからです。歯科医療は新たなる視点をもって社会に貢献する時代の到来です。あとはそれを導き、フォローする具体的な政策を積みかさねることです。歯科医療は真の意味での生きる喜びを支援する世界を導きます。



『飲み込みは大丈夫ですか』

基金における事業が一つのきっかけとなって、在宅診療、医療連携が新たな展開に進み始めています。それぞれの医療環境の実情を踏まえて、地域独自の取り組むこの基金を利しての新たな事業は、診療報酬と対になるこれからの歯科医療全体へ大きく波及する政策です。そしてこの基金は、来年度において今年度予算規模に介護関係が上乗せされる計画となっており、医療介護の垣根を越えた地域包括ケアシステム構築としての発想が必要となっています。
歯科における在宅診療の中心は、従来の診療所における診療の延長としての義歯調整から始まり、口腔ケアの対応へと進んでいます。口腔ケアの効果は、既に誤嚥性肺炎予防という観点から医科の関係者は元より介護関係者にも認知されています。それに加えてここきてスポットライトが浴びているのが、今回の基金でもいくつかの地域で事業が計画される摂食嚥下の分野です。
しかしながら、介護保険の認定審査項目にも「えん下」という項目がありながら、実際に摂食嚥下の対応は、一部の大学病院、リハビリテーション、耳鼻科があって積極に取り組んでいる病院以外、殆ど対応出来ていないのが介護、医療の世界の現状です。その理由は簡単です。採算が合わないからです。特に歯科においては無報酬に等しい状態です。
 嚥下の対応は、適応が少ない耳鼻科領域の手術以外その改善方法の中心は訓練、姿勢の改善、食形態変更のアドバイスなどで薬の処方もありません。検査も歯科では保険算定が認められていない内視鏡・造影検査と問診を中心としたスクーリングテストです。近年、摂食機能療法が歯科でも算定可能となりましたが、それは鼻腔栄養、胃瘻増設患者に限定されており、重度になる前の本来対応が必要な患者さんには算定出来ません。
そしてもう一つこの分野を歯科が推し進めるハードルとなるのが、隣接する医科の反応です。現在、摂食嚥下リハビリテーションは歯科医師を中心としたアプローチと耳鼻科、あるいはリハビリテーション科の医師を中心としたアプローチの二つがあります。本来ならば他の疾患でもあるように医科が歯科は口腔内のみと突っぱねるところですが、儲からない中で耳鼻科医の成り手が減少し忙しく手が回りません。それと共に、「摂食・嚥下リハビリテーション学会」の「・」がなくなり「摂食嚥下リハビリテーション学会」に名称を変えたように、嚥下と摂食、咀嚼は一連の動作であり、咀嚼のプロである歯科医師を係わりから排除することは出来ません。咀嚼して嚥下することによって食べることが出来るのです。
もし、嚥下を歯科の領域と社会から認知されれば、歯科診療所が「食べる」ことの社会ステーションと成り得ます。口から食べることへの支援が生きる為、生活を支える源であることが歯科診療所から発信が可能と成ります。したがって報酬的評価は低くても、嚥下に問題ある人が歯科診療所に相談することへの広がり目指し、その実現に向かっての政策を積み重ねる必要があります。先ずは先生方が診療所で「飲み込みは大丈夫ですか」の一言を問える環境作りがその第一歩です。




『この道しかなかった中で』

この原稿を書いている今、衆議院選挙の結果は分かっていません。しかし事前の各マスコミみれば自民党圧勝予測です。選挙は投票箱が閉められるまで何が起こるか分かりませんが、少なくても安倍退陣はなく、任期2年を残しての安倍首相の解散の決断は見事成功となりそうです。
メディアは大義ない解散と騒ぎましたが、今回の安倍首相の解散目的は明確です。日本の経済再生を目指し、自らが提唱したアベノミクスの敢行の為の長期政権への道を切り開くことです。無論、長期政権となってもアベノミクス成功の確定はありません。しかし野党からは、アベノミクスに代わって日本経済再生を可能とする具体的な対案は示されませんでした。マニフェストに踊らされて政権交代を選択したことを悔やむ多くの有権者は、その提示なしで現在の野党にもう投票することは出来ません。また第三極への期待感も、離れたりよりを戻したりの腰の落ち着きのなさを感じ、一時のブームに終わりそうです。となると自民党のキャッチフレーズ「この道しかない」、安倍政権に託すしか今回の選挙では有権者に選択肢がなかったことになります。では長期政権となるこれからの政治情勢を踏まえて、歯科界はどう安倍政権と向き合わなければいけないのでしょうか。
今回の総選挙でのマスコミの世論調査では、有権者は社会保障に対しては経済再生と並び非常に関心をもっていましたが、その政策論戦は殆ど成されませんでした。特に自民党が示した政策は、医療に関してはないも等しいような扱いです。唯一あったのが、既にスタートしている社会保障改革のプログラム法案のスケジュールに則って進めるということです。但しこのプログラム法案の対となす消費税増税が延期となったわけですので、そのスケジュールの変更は必要になってきました。恐らく16年度改定に対しては、これを理由に財務省から厳しい対応を迫られるのは必至です。
この現実の意味するものは、現行の医療制度、水準を是とする考え方がベースにあります。消費税増税、経済再生となって税収が増えたとしても、けっして医療の大幅な拡充が成されるわけではありません。それどころか、もし経済再生と成らなければ医療費はそぎ落とされる可能性もあります。これからは少子高齢化、財政再建を踏まえて、いかにレベルを落とすことなく現行の医療を保つことへの模索が始まります。しかしながら理不尽な政策に対して、責任ある医療人として対応することは当然であり、大きな改善が必要な歯科と、既に一定の医療経営環境を維持している医科とでは立ち位置が異なります。先ずはこの点への内外の理解を求めることがスタートとなります。
選挙終わるのを待って各種医療政策への対応が加速的に進みます。幸いにして政治の世界では現在の歯科医療の現状は理解されつつあり、一つ一つの政策毎の対応スタンスが求められています。果たしてこの道しかなかった中で、歯科界はどう歩みを進めるべきなのでしょうか。歯科界の政策対応能力と政治力の真価が問われています。




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