こんな動きもある可能性も頭の隅に

近聞遠見:タッチの差で遅れた=岩見隆夫

<過半数割れ>
という言葉には、底深い響きが伴う。そこから政界の地殻変動が起きそうな予感でもある。
大詰めの参院選、メディアによる序盤情勢の予測は、与党(民主党と国民新党)の過半数確保が微妙とした。微妙とは、過半数割れの可能性がかなり濃い、というニュアンスである。その時、何が起きるか。
すでに過半数割れを想定した動きが始まっている。投開票日の11日午後、出口調査の結果が判明するころから、画策が本格化する。いつもスピードが勝負だ。

過去の事例が参考になる。宇野政権の参院選(89年)、宮沢政権の衆院選(93年)、橋本政権の参院選(98年)、安倍政権の参院選(07年)、麻生政権の衆院選(09年)と、いずれも与党の過半数割れだ。
そのつど、首相の引責辞任か衆参ねじれで与党が苦しめられた。宮沢、麻生両政権では下野、政権交代となった。
特に55年体制が崩壊した93年政変のドラマ、自民党単独政権に代わって、非自民・非共産の細川連立政権が誕生した。舞台回しをしたのは、小沢一郎新生党代表幹事だった。だが、裏側がすべて解明されたわけではない。
主役の細川護熙元首相は先日、「内訟録--細川護熙総理大臣日記」(日本経済新聞出版社)を出版した。在任263日の記録である。
日記は細川が首相に指名される(93年8月6日)1週間前の7月31日から書き始めており、すでに就任が決まっていた。それ以前の細川擁立の内幕は記されていない。
だが、同書には当時の関係者の証言が数多く付記されている。なかでも、注目すべきは、山崎拓前自民党副総裁(当時、自民党渡辺派幹部)が明かす次の秘話だ。
「93年の衆院選の翌日、YKK(山崎、加藤紘一、小泉純一郎)で会って、『細川を担ぐ以外に数が足りないので、細川のところに行こう』という話でした。あの発想は小沢氏もしたけれど、YKKもしたんですよ。確か、小泉が言い出したと思います。
しかし、瞬間タッチの差で遅れた。愕然(がくぜん)としましたよ。細川さんの行動には想像を超えたところがありましてね。いつも面食らうことが多いんですが、その時も面食らった。我々の方が先に行ってたら、変わっていたでしょうね」

YKKが会合した投開票日の翌日は7月19日だ。その3日後の22日、小沢はホテルニューオータニの一室で日本新党代表の細川に会い、
「首班を受けてもらえますか」
と求め、細川は即座に、
「お引き受けしましょう」
と答えている。小沢の早業だ。
だが、この衆院選の結果は、自民223議席、社会70、新生55、公明51、日本新35……。過半数(256)割れといっても、自民党は圧倒的第1党だ。にもかかわらず、みすみす政権が奪われるのを傍観していたのか、というのが長年の謎だった。
山崎証言はその疑問を埋める一つの材料だ。自民党が先手を打ち、細川・武村正義(新党さきがけ・13議席)グループを抱き込めば、ゆうに半数は超えていた。しかし、モタモタしていて、後れをとってしまう。
38年間に及ぶ長期1党支配の惰性で、当時の宮沢喜一首相、梶山静六幹事長らも勘が鈍っていたのだろう。司令塔もあいまいだった。いい教訓になる。

逆に、いまの民主党政権は1年たらずの浅い経験だ。衆院が安定勢力だからといって、油断しないほうがいい。7月政局、角界ともども大揺れの予感がある。(敬称略)

【岩見隆夫HP】



こうゆう動きの可能性もあることも考えておかなければなりません。
by kura0412 | 2010-07-03 15:28 | 政治 | Comments(0)

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