日本の歯科界を診る(ブログ版)


コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
by kura0412
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民主党、政調会復活

政策調査会復活 政府と党の分離立て直しへ

自民党と民主党・菅政権下の政策調査会 菅直人首相の意向を受け、民主党は政策調査会を復活させた。政調会は鳩山前政権が発足した際に、政策決定の「政府への一元化」方針のもと廃止した経緯があり、その復活は「脱小沢」の象徴とされる。新執行部はなぜ政調会を復活させたのか。経緯と今後の展望を探る。

「みんなが参加できる民主党にする。そのためには政調を復活したい!」
4日に国会内で行われた民主党代表選。候補者として壇上に立った菅首相が政見演説でこう訴えると、会場は盛大な拍手で包まれた。それは「脱小沢」宣言でもあった。
政調復活を求める動きは小沢執行部のもとですでに始まっていた。本格化したのは3月4日。生方幸夫副幹事長(当時)を中心に約50人が「政調会の設置を目指す会」を立ち上げた。だが、小沢一郎前幹事長は冷ややかだった。
自民党は与党時代、事前審査制を敷き、政府が国会に法案を提出するには、党政務調査会の部会、政調審議会、総務会の決定という手続きを経る必要があった。党側が主導権を握ることになり、特定の業界と深く結びつく族議員を生む温床に部会がなっていった。
政策決定の政府への一元化は、こうした弊害をなくすメリットが期待された。だが、大臣、副大臣、政務官にならずに党側に残った議員は政策に関与できず、不満が鬱積(うっせき)していく。
小沢氏は政調廃止に伴い副大臣主催の各省政策会議や議員政策研究会を設置したが、組織は複雑になるばかり。政策会議は議員が政府案について意見を言うだけの場となっていった。政府と党は完全に分離され、党側にあるのは小沢氏の意思だけという事態を生んだ。政調復活の動きを主導したのが生方氏ら反小沢系勢力だったのは、こうしたことが背景にある。

民主党は今後、党側の関与を強める一方、政府一元化と矛盾しないような体制で参院選後から政調会を始動させる。具体的には政策会議と議員政策研究会を廃止し、野党時代にあった「部門会議」を復活させる。複数の省庁にまたがる課題に対応する「プロジェクトチーム」、中長期的課題に対応する「調査会」も設ける。
党側と政府の調整は玄葉光一郎政調会長(公務員制度改革担当相)らでつくる政調役員会が当たる方針だ。玄葉氏が閣僚も兼ねることで政府一元化を担保する。玄葉氏は「部門会議に決定権はない。政策決定は基本的には政府だ。政調役員会は意見調整を行う」と強調、事前審査制はとらないとしている。
政府方針と党側の意見が対立した場合、閣僚を兼ねる政調会長が板挟みになることは想像にかたくない。この仕組みが機能するかどうかは、ひとえに玄葉氏の調整力にかかっている。

政策権限も握っていた小沢氏
鳩山由紀夫前首相、小沢一郎前幹事長の体制下で政調会が不在だった当時、民主党内でその役割を担っていたのは小沢氏だった。

平成22年度の予算編成にあたり、小沢氏は昨年末、首相官邸に乗り込み、党の重点要望を突きつけた。政府がガソリン税などの暫定税率を維持すべきかどうか頭を悩ませているときだった。重点要望には衆院選マニフェスト(政権公約)で廃止としていた暫定税率の維持が明記されていた。この要望に沿って政府は決断を下す。
今年4月には前原誠司国土交通相が提示した高速道路の新上限料金制をめぐり、川内博史衆院国土交通委員長をはじめ党内から反発が噴出。この時も小沢氏が「無料どころか値上げになっている」と鶴の一声で政府案をひっくり返した。
その一方、米軍普天間飛行場移設問題で小沢氏は沈黙を貫き、党の見解はないという事態が生じた。小沢氏のご都合主義に政府が振り回され、政府・民主党内の不満を募らせる結果となった。

【産経ニュース】



他の報道では、会長、会長代理2名、筆頭副会長からなる政調会の幹部会が設置され、常任委員会毎に部門会議が設けられるようです。いすれにせよ、具体的な動きは選挙後になりそうです。
by kura0412 | 2010-06-17 16:07 | 政治 | Comments(0)
ミラーを片手に歯科医師の本音
回想

本紙閉刊に伴いこのコラムも今回で最後となります。平成10年9月から19年間、筆が進まない時もありましたが、締め切りを遅らせることもなく、また大きなトラブルもなく終えることにある意味安堵しております。ただその中で一度だけで校正まで終えながら書き直したことがありました。それはあの「日歯連事件」と称された事件が勃発した時でした。
あの時は一人の開業医でしかない私が、社会事件になるほどの大事件に対して実名で書くことに躊躇しましたが、事件に対していろいろな観点から憤りを感じ、もし問題となれば歯科医師を辞める覚悟をもって書きました。この事件によって日本の歯科界に大きな変化があったことは多くの先生方が感じられたことです。今思えばその内容は別として、あの時書き綴っておいたことが、その後連載を続けられた源になっていたかもしれません。
然るに風化しつつあるあの事件の本質は何だったのか。その手法に対しては司法判断が下った結果が示されていますが、事件の根本には、現在も続く歯科医療に対する公的評価の低さを何とか打開しようと考え方がありました。この点を誰もが分かっているのに言葉に出ていません。但し結果的には中医協委員が1名減員、事件後の懲罰的な18年度改定となり、歯科界の思いとは反対の流れを作ってしまいました。特に改定では、それまでの改定時で、技術料を引き下げながら作った僅かな財源を「かかりつけ歯科医」初再診料に振り分けながらも、「かかりつけ歯科医」を一気に消し去られたことによって、保険点数全体が縮小したと共に、時代の流れである「かかりつけ歯科医」という名称、概念をも否定されることになってしまいました。そして事件によって植え付けられた歯科界の負のイメージは現在も引きずっています。
日本の歯科界は今、大きな分岐点に差し掛かかり、新しい息吹が入る機運も高まっています。但し、この負のイメージを引きずったままでは大きな壁が存在します。あの事件は終わったのでなく、まだ背負っており、それを回顧することで歯科界の課題を改めて見出すことが必要です。
残念ながら現在、日歯、日歯連盟共に入会者、特に若い先生の入会が減少しています。事件の影響、また、入会することへの利点を見出せず、医療環境向上寄与への期待が薄らいでいるからです。個人で個々の臨床現場での対応出来ても、政策を変えるには一つの塊にでなければパワーが発揮できないだけに、この問題は歯科界発展の最大の課題です。その為には、過去の問題となった出来事を背景も含めて改めて見直し、そして新しい目標を示す。それも抽象的でなく、具体的な分かりやすい政策を提示することで歯科界の展望が分かることで推進力の働きとなります。
最後に、本コラムを続けなければ会うことの出来なかった全国の先生方と交流できたことは、私の歯科医師人生としての財産となりました。そして、好き気ままに綴ることを甘受して頂き、連載を許して頂いた歯科時報新社・吉田泰行社長に感謝を述べ終わります。ありがとうございました。
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