コラムニスト・鞍立常行が日本の歯科界に直言
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ミラー片手に歯科医師の本音
『口腔健康管理とかかりつけ歯科医』

今回の改定を医療全体的にみると三つの注目すべき特徴がありました。一つは伸び続けていた調剤には厳しい結果となったこと。7対1の入院基本料の要件の厳格化。そして改定の中で「かかりつけ」という概念が明確に組みこまれまれました。
「かかりつけ」に関しては医師、薬剤師に加え歯科でも導入されていますが、「かかりつけ歯科医」はあくまでも「保険用語に一つ」というイメージがあります。しかしながら医科、薬科ではこの「かかりつけ」を軸に医療体制の新しいイメージを描きつつ、今後の政策を積み重ねる意気込みを感じます。そこにあるのは、地域包括ケアの推進がベースにあっての考えです。例えば、今回の改定では紹介状のない大病院の初診・再診料自己負担は大幅なアップとなりました。また、調剤の方ではかかりつけ薬剤師指導料算定をきっかけに、患者とのコミニュケーションを密に図ろうとする試みを目指します。
一方、医療政策として改定と対をなす基金は、歯科医療の環境整備にも益々重要な意味を持ちます。ただ、今回改定の中でも可能性の秘めた項目としていくつか点数化は見られましたが、基金が改定とリンクすることなく、独立しての事業になっている印象は拭えません。限られた予算の中でのやり繰りです。W改定に向けての改定と基金との相乗効果を目指す為の戦略と、それに沿った事業の立案が必要となってきます。
包括ケアを視野に入れての「かかりつけ歯科医」でポイントとなるのが口腔ケアです。その有用性は医科からも視線が注がれています。然るに、口腔ケアという言葉が、ブラッシングのみの狭義に捉えられている現状があり、本来の口腔ケアの意味する嚥下機能も含めた口腔全体を管理する視点の広がりが不足しています。その観点からみると、今回日本歯科医学会が「口腔健康管理」と称した新たな口腔ケアの概念の提唱は機知を得た提案です。摂食機能療法などを加えた従来の歯科治療を「口腔機能管理」、歯石除去、PTCなど歯科衛生士の実施するエリアを「口腔衛生管理」、そして一般の方が実施する口腔清拭、食事介助などを「口腔ケア(狭義)」として、この三点を総じて「口腔健康管理」としました。
広義の口腔ケアとして定義する考えは、真の意味での「かかりつけ歯科医」が目指す所です。既にW改定に向けての作業が進む中で、この概念を一日も早く歯科界内部で意見の確認をしながら、国民への認知を広めなければなりません。
日医はかかりつけ医機能研修制度を創設し、独自の「かかりつけ医」というものを推し進めようしています。そしてその講習の中に「かかりつけ医の摂食嚥下障害」のメニューも組み込まれています。また、地域包括ケアに向けた「かかりつけ連携手帳」の作成に着手し、そのスピードは目を見張るものがあります。『かかりつけ歯科医』、『口腔健康管理』、『摂食嚥下障害』のキーワードは、地域包括ケアの中で育ちそうな芽であることは間違いありません。残す課題は、地域包括ケアを主導する日医、地区医師会との更なる連携の強化と事業実現に向けてのスピードを加速させることです。




『食べる=生きる』

地方消滅で日本の少子化高齢化に対して大きな警笛を鳴らした日本創成会議が「高齢者の終末医療を考える」と称したシンポジュウムを先日開催しました。その議論を聞くに、地方消滅と終末医療?そんな一見結びつかない二つが、これからの日本の大きな課題となっています。それと共に、改めて人の死という死生観を医療分野の一角に位置する歯科医師として、見つめ直す時期が今あるものと感じます。
高齢化になって、いわゆる寝たきり老人に対していろいろな考え方が示され、特に胃瘻の是非については大きな意見が分かれるところです。欧米においては日本で常習化している高齢者、寝たきり老人への適応が少ないとのこと。この点に関しては中医協でも前回の改定では、嚥下検査の有無によって評価を変えるという対応がなされ、また今回の改定での議論では、その経過の調査結果も示されています。しかしその一方、この問題が話題になって、胃瘻によって日常生活が暮らせるレベルになる患者さんまで拒否するような実例があり、医療現場その対応に苦慮する場面が多々見られる話も聞きます。
この問題は、医療、介護費増大から語られることが多かったのですが、タブー視されていた死に対する考え方が社会問題の遡上に挙がっていることは、大きな時代の変化として捉えられます。そして、食べることは従来から歯科界も提唱するように、単に延命だけが目的ではありません。生きていることの喜びを感じる、人間としての尊厳に係わる重要な日常生活の一つなのです。
医療関係者以外でも「食べる=生きる」を唱える人がいます。「食べることは、呼吸と等しく、いのちの仕組みに組み込まれているもの。」とは、料理研究家・辰巳芳子氏が唱えている私の好きな一文です。そして欧米での判断基準となる「食べる」ことの有無が延命治療の是非判断の基準となる考え方は、経済問題を抜きにしてもその専門家集団である歯科界の属するものが改めて真摯に議論し、一つの考え方を社会に示す責務があると考えます。
然るに、だかからといって歯科界が社会の先頭に立って、自らが死生観の変更を訴える必要はありません。これは社会全体で既にうごめく潮流であり、歯科界はあくまでもこの分野に特化した専門家として食べることの重要性、必要性を改めて世に唱え、それを臨床の場で実践を積み重ねれば良いのです。果たしてこれをも医科が歯科から奪い取り、領域拡大を目指すのでしょうか。
この死生観の議論の推移を見守ると共に、食べることへの支援を更に強める為に、摂食嚥下への歯科領域からの積極的なアプローチが必要となってきています。何故ならば、咀嚼と嚥下は対となって多くの結果を導き出すことが立証され、食べることを特化した専門家としての医療人としては、現状のままでは取り組みが不十分だからです。歯科医療は新たなる視点をもって社会に貢献する時代の到来です。あとはそれを導き、フォローする具体的な政策を積みかさねることです。歯科医療は真の意味での生きる喜びを支援する世界を導きます。



『飲み込みは大丈夫ですか』

基金における事業が一つのきっかけとなって、在宅診療、医療連携が新たな展開に進み始めています。それぞれの医療環境の実情を踏まえて、地域独自の取り組むこの基金を利しての新たな事業は、診療報酬と対になるこれからの歯科医療全体へ大きく波及する政策です。そしてこの基金は、来年度において今年度予算規模に介護関係が上乗せされる計画となっており、医療介護の垣根を越えた地域包括ケアシステム構築としての発想が必要となっています。
歯科における在宅診療の中心は、従来の診療所における診療の延長としての義歯調整から始まり、口腔ケアの対応へと進んでいます。口腔ケアの効果は、既に誤嚥性肺炎予防という観点から医科の関係者は元より介護関係者にも認知されています。それに加えてここきてスポットライトが浴びているのが、今回の基金でもいくつかの地域で事業が計画される摂食嚥下の分野です。
しかしながら、介護保険の認定審査項目にも「えん下」という項目がありながら、実際に摂食嚥下の対応は、一部の大学病院、リハビリテーション、耳鼻科があって積極に取り組んでいる病院以外、殆ど対応出来ていないのが介護、医療の世界の現状です。その理由は簡単です。採算が合わないからです。特に歯科においては無報酬に等しい状態です。
 嚥下の対応は、適応が少ない耳鼻科領域の手術以外その改善方法の中心は訓練、姿勢の改善、食形態変更のアドバイスなどで薬の処方もありません。検査も歯科では保険算定が認められていない内視鏡・造影検査と問診を中心としたスクーリングテストです。近年、摂食機能療法が歯科でも算定可能となりましたが、それは鼻腔栄養、胃瘻増設患者に限定されており、重度になる前の本来対応が必要な患者さんには算定出来ません。
そしてもう一つこの分野を歯科が推し進めるハードルとなるのが、隣接する医科の反応です。現在、摂食嚥下リハビリテーションは歯科医師を中心としたアプローチと耳鼻科、あるいはリハビリテーション科の医師を中心としたアプローチの二つがあります。本来ならば他の疾患でもあるように医科が歯科は口腔内のみと突っぱねるところですが、儲からない中で耳鼻科医の成り手が減少し忙しく手が回りません。それと共に、「摂食・嚥下リハビリテーション学会」の「・」がなくなり「摂食嚥下リハビリテーション学会」に名称を変えたように、嚥下と摂食、咀嚼は一連の動作であり、咀嚼のプロである歯科医師を係わりから排除することは出来ません。咀嚼して嚥下することによって食べることが出来るのです。
もし、嚥下を歯科の領域と社会から認知されれば、歯科診療所が「食べる」ことの社会ステーションと成り得ます。口から食べることへの支援が生きる為、生活を支える源であることが歯科診療所から発信が可能と成ります。したがって報酬的評価は低くても、嚥下に問題ある人が歯科診療所に相談することへの広がり目指し、その実現に向かっての政策を積み重ねる必要があります。先ずは先生方が診療所で「飲み込みは大丈夫ですか」の一言を問える環境作りがその第一歩です。




『この道しかなかった中で』

この原稿を書いている今、衆議院選挙の結果は分かっていません。しかし事前の各マスコミみれば自民党圧勝予測です。選挙は投票箱が閉められるまで何が起こるか分かりませんが、少なくても安倍退陣はなく、任期2年を残しての安倍首相の解散の決断は見事成功となりそうです。
メディアは大義ない解散と騒ぎましたが、今回の安倍首相の解散目的は明確です。日本の経済再生を目指し、自らが提唱したアベノミクスの敢行の為の長期政権への道を切り開くことです。無論、長期政権となってもアベノミクス成功の確定はありません。しかし野党からは、アベノミクスに代わって日本経済再生を可能とする具体的な対案は示されませんでした。マニフェストに踊らされて政権交代を選択したことを悔やむ多くの有権者は、その提示なしで現在の野党にもう投票することは出来ません。また第三極への期待感も、離れたりよりを戻したりの腰の落ち着きのなさを感じ、一時のブームに終わりそうです。となると自民党のキャッチフレーズ「この道しかない」、安倍政権に託すしか今回の選挙では有権者に選択肢がなかったことになります。では長期政権となるこれからの政治情勢を踏まえて、歯科界はどう安倍政権と向き合わなければいけないのでしょうか。
今回の総選挙でのマスコミの世論調査では、有権者は社会保障に対しては経済再生と並び非常に関心をもっていましたが、その政策論戦は殆ど成されませんでした。特に自民党が示した政策は、医療に関してはないも等しいような扱いです。唯一あったのが、既にスタートしている社会保障改革のプログラム法案のスケジュールに則って進めるということです。但しこのプログラム法案の対となす消費税増税が延期となったわけですので、そのスケジュールの変更は必要になってきました。恐らく16年度改定に対しては、これを理由に財務省から厳しい対応を迫られるのは必至です。
この現実の意味するものは、現行の医療制度、水準を是とする考え方がベースにあります。消費税増税、経済再生となって税収が増えたとしても、けっして医療の大幅な拡充が成されるわけではありません。それどころか、もし経済再生と成らなければ医療費はそぎ落とされる可能性もあります。これからは少子高齢化、財政再建を踏まえて、いかにレベルを落とすことなく現行の医療を保つことへの模索が始まります。しかしながら理不尽な政策に対して、責任ある医療人として対応することは当然であり、大きな改善が必要な歯科と、既に一定の医療経営環境を維持している医科とでは立ち位置が異なります。先ずはこの点への内外の理解を求めることがスタートとなります。
選挙終わるのを待って各種医療政策への対応が加速的に進みます。幸いにして政治の世界では現在の歯科医療の現状は理解されつつあり、一つ一つの政策毎の対応スタンスが求められています。果たしてこの道しかなかった中で、歯科界はどう歩みを進めるべきなのでしょうか。歯科界の政策対応能力と政治力の真価が問われています。




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「活かせぬ国家資格に」

活かせぬ国家資格に、歯科“空洞化”の予兆・歯科技工士の25歳女性のケース

「友人の知り合いの中には、過労死した人がいたと聞いた。仲間は皆、半年足らずで辞めていく」
歯科技工士の神戸由紀さん(仮名、25歳)は、深いため息をつく。手に職をつけ、一生働くことができる職業に就きたいと、高校を卒業後、都内の歯科技工の専門学校に入学した。歯科補てつ物(虫歯などを削った跡にはめる詰め物や被せ物)などの製作は、国家試験に合格した歯科医師と歯科技工士のみに認められている。
由紀さんは専門学校を卒業後、より専門技術を深めようと大学の専攻科で1年学んだ。期待を膨らまし就職活動したが、技工業界は厳しい環境にあった。
由紀さんが採用試験を受けるためラボ(ラボラトリー、技工所)を見学に行くと「週休2日あるラボなんて滅多にない。社会保険もなくボーナスもない」と話し、有給休暇という制度は、夢のまた夢のような感触だったという。そうした中でも一番に条件の良かったラボに就職した。月給23万円の正社員。

「離職したい」が4割以上
歯科技工業界では、歯科診療報酬の保険点数の範囲内で作る補てつ物を中心に請け負う“保険技工士”と自費診療の補てつ物などを中心にする“自費技工士”に大きくタイプが分かれ、由紀さんは自費をメーンにしたラボで自費技工士に当たり、周囲の技工士仲間と比べれば月給は高い。ただ、正社員採用ではあるのだが、「社会保険は未加入、ボーナスはなし」という、正社員とは名ばかりの条件だった。
実家から2時間かけて通勤していた由紀さんは朝6時に起きて出勤し、夜は終電で深夜1時頃に帰宅。残業代は支払われない。睡眠時間は4時間程度の生活を送るようになった。補てつ物や義歯1つ当たりの単価が安く、作っても作っても仕事が終わらない。由紀さんには恋人がいるが、休みが合わず月に2回程度しか会うことができない。
このままの状態で、結婚生活や子育てができるとは想像できない。夜8時に仕事が終わる日は「今日はなんてラッキーなんだ」と飛び上がりたくなるくらい嬉しくなってしまう。残業が多く休みが不規則で、飲み会もドタキャンすることが多くなり、友人から遊びに誘われることも減っていった。
それでも、由紀さんのラボはまだ良いほうだという。由紀さんの技工士仲間の中でも男性の場合、3日間も帰宅できず、寝袋を常備してラボに寝泊りしているケースは珍しくない。3カ月間、1日も休暇がなかった友人もいる。労働時間が長いうえ、小さな補てつ物を削っていくような細かい作業は集中力が必要で神経を使う。金属やプラスチックを削るため粉塵が飛び、どうしてもそれを吸ってしまうこともある。肌荒れも避けられない。専門学校の友人は次々と辞めていった。

日本歯科技工士会の「歯科技工士実態調査」(2009年)によれば、技工士の平均年収は432万円。週労働時間の平均は53.5時間。男女別では、男性の平均年収は449万円(年齢46.1歳)で週労働時間は平均54.6時間に対し、女性の平均年収は263万円(33.4歳)で週労働時間は45.5時間と差がある。全体で週に51時間以上就業する人は半数強(52.5%)を占めている。4割以上が離職したいと感じており、その理由を「給与」と挙げる人は5割を超え、「将来性」を挙げるケースも多く見られるという。初任給の平均は16万8000円、基本給の平均は13万8000円だった。
また、休日が決まっている人は勤務者でも半数にとどまる。年間休日が決まっている人の平均休日日数は全体で91.5日。「休日は決まっていない」とする人は16.4%であるが、その多くは自営者となっている。「完全週休2日」「何らかの週休2日」を合わせても週休2日制は4割程度にとどまる。「週休1日制」なども多くなっている。

冒頭のように、由紀さんの友人の同僚は20代という若さで過労死したという。お昼になってもその技工士はラボに姿を見せず、夕方になっても出勤してこなかった。同僚が「おかしいな」と話していたら、一人暮らしの部屋で亡くなっていたという。由紀さんも、あまりの長時間労働やストレスから、仕事帰りに嘔吐するようになり、2年半あまりで転職を決めた。

価格競争に歯止めがかからない
「普通の仕事がしてみたい・・・」
アパレルや販売員の職を考えたが、ラボでひたすら椅子に座って作業を続け、外部の人と接することがほとんどなかった由紀さんは、接客業に就く自信がなかったため、歯科医院の歯科助手に転じた。歯科助手はもともと資格を要さない職種がゆえに、技工士は重宝される。周囲の女性の技工士仲間も、過重労働に疲れ切ると歯科助手に転職するケースが多かった。
歯科医院で助手を始めると、残業代がきちんと支払われ、アルバイトでも月収は22万円になった。院長から正社員にならないかとも誘われたが、数カ月もしないうちに、技工士に戻りたいと思うようになった。由紀さんにとって、技工士はやりがいのある仕事だったことが、離れてみて身にしみて分かったのだ。由紀さんは、ラボに再就職し、徒歩で通えるところに部屋を借りた。
現在は、仕事で夜遅くなっても家が近い分、負担が減った由紀さん。同僚にも恵まれ、技工技術に磨きをかけることに邁進(まいしん)している。

ただ、結婚を考えると、「この職業でやっていけるだろうか」という疑問は拭えないでいる。まず、仕事と家庭が両立するか。“正社員”である以上、夜遅くまでの作業は免れない。家庭と両立させるためには、パートになるしかない。しかし、由紀さんは、「パートの技工士になる方法もあるけれど、パートの仕事は完全に分業体制のラボで、同じ部分の作業を繰り返すだけになってしまう。それでは自分の技術が劣化してしまうから、最初から仕上がりまできちんと作り上げられる正社員で働きたい」と思っている。
まだ20代半ばの由紀さんの恋愛や結婚に関する悩みは尽きない。「もし、今の恋人と別れてしまうようなことがあれば、きっと、もう恋愛に結びつくような出会いがなくなると思う。長時間労働が続いて外にも出られない。ラボの中で出会うのは技工士しかいない。そうなると、給与が安すぎて結婚の対象にはなりくい」。そう、苦笑する。

歯科技工士が厳しい労働環境に置かれているのは、そもそも発注元となる歯科医師自身が供給過剰で苦しい立場にあるからだ。厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」によれば、1982年に5万8362人(人口10万人当たり49人)だった歯科医師数は、2008年には9万9426人(同77.9人)まで増加。歯科診療所数は、厚労省の「医療施設動態調査」から2009年1月末で6万8155施設で、コンビニエンスストアの4万4391店舗(日本フランチャイズチェーンストア協会の2008年度の調査結果)の約1.6倍となっているほどの飽和状態だ。

その中で歯科診療報酬は2002年度にマイナス1.3%、2004年度はマイナス1.5%と続き、2008年度は0.42%引き上げられたが、2度のマイナス改定のダメージは大きかった。歯科医師が増える一方で、歯科医療費は約2兆5000億円とこの10年ほど横ばいだった。
歯科医師自身の生計も脅かされている中で、下請けとなる技工士にしわ寄せがいく。歯科業界の惨状を受け、2010年度の診療報酬改定は、全体で0.19%(約700億円)と10年ぶりのプラス改定した。歯科診療については2.09%(約600億円)引き上げられたが、歯科技工士に対し独立した点数がないため、いつまで経っても歯科医師の下請けとなり、価格競争に巻き込まれ労働条件は良くならない問題が残っている。

療報酬制度の中では歯科技工製作料金が明確に分離されていないため、料金設定は自由競争となっており、価格競争に巻き込まれている。もともとは医師が補てつ物を作っていた背景もあり、技工士が補てつ物を作る場合、医師からの「歯科技工指示書」によって発注されている。橋本龍太郎内閣時代、厚労省の大臣告示によって治療に関する保険点数内の3割が医師による指示料、7割が技工料と示されたが、あくまで目安で、実際は逆転現象も起きているのが現状だ。

品質維持に不安も出てきた
2010年度の診療報酬の改定では、主に障がい者向けや在宅診療が拡充された。そして、歯科技工加算が新設されたものの、それは歯科医療機関内に歯科技工士を配置している場合の加算で、歯科診療所の雇用規模は小さく、技工士全体の労働条件を改善するにはほど遠い。
こうした実態から20代の離職率は75%にも上るという。超長時間労働や超過密労働の中で、現場からは「品質を維持できない」という心配の声も聞こえてくる。技工士が歯科医師の下請けである以上、最低基準も守られないような労働環境に置かれ続け、若手は姿を消していき、技術の継承が絶たれてしまう。

技工士が収入を安定させるには自費を専門にしていくしかなくなる。不況の最中、高額な自費診療を選択する患者の数は限られており、自費にシフトしたくても限界があり、技工士の免許を持ちながら、アクセサリーの製作スタッフになるケースも増えているという。となれば、保険の範囲内の補てつ物は誰が作ることになるのか。
コスト削減のため、中国など海外で義歯などの製作をアウトソーシングする傾向が強くなってきており、歯科業界ではその安全性が危惧されている。国内に国家免許を持つ人材がいながら、労働条件や労働環境があまりにも悪く、その資格が活かされないのは、本連載でこれまでに指摘した看護師や保育士、介護職だけではない。
歯科技工士も同じように潜在化してしまい、その代わりにと国外の安い労働力にもたれかかろうとしている。生活の根源を守る医療現場の労働者や、患者の視点抜きで制度設計をしてしまえば、医療は富裕層だけのものとなる。そうした現象は既に歯科業界で起こっており、その広がりが懸念される。

一方で忘れてならないのは、日本が後進国と思っている国々は、あっという間に日本に追いつき、追い越していくことだ。
20~30代の労働者が弱体化するということは、既に、国際競争力を失ったに等しい。国際競争とは、コスト面だけの話ではないはずだ。現在の日本のような他力本願の姿勢が、世界の中でいつまで通用するのだろうか。普段は見えにくいが、歯科業界も健康を支えており、そのフロントに歯科技工士がいるはずなのに、その過酷な現状が見過ごされている。

【日経ビジネスオンライン】



歯科界の現状を、技工士の就業実態を切り口に如実に表わしています。
私立大学歯学部の定員割れも根源はここです。
by kura0412 | 2010-05-10 17:41 | 歯科医療政策 | Comments(1)
Commented by G3 at 2010-05-13 18:09 x
他人事みたいに紹介するんじゃなくて、ご自身が、この実態を一言でも世間に伝えてきたのか、ぜひ振り返っていただきたい。鞍立先生も傍観者、加害者と同じですよ。